第20話:遠方のSOSと、西武園プラザの危機
「――繰り返す! こちら『都立西武園プラザ』臨時避難所! 外部の防衛隔壁が突破された! もう予備の弾薬もない……っ! どなたか救助を――キャアアアッ!?」
校内スピーカーから発せられた悲鳴の後、ノイズ混じりの重厚な打撃音と巨大な咆哮が響き渡り、通信はプツリと途絶えた。
教室内に重苦しい静寂が広がる。
「西武園プラザ……か」
桐島蓮が難しい表情で腕を組んだ。
西武園プラザといえば、数千人を収容できる巨大なショッピングモールを改造した大規模避難所だ。
そこが突破されたということは、襲撃してきた魔物の規模も群れをなした巨大なものである可能性が高い。
「北条高校から十キロ以上……さすがに徒歩や自転車ですぐに駆けつけられる距離じゃないな」
「それに、うちの警戒班を行かせるとなると、この学校の防衛力が一気に落ちてしまう……」
クラスの男子生徒たちが口々に意見を交わす中、佐伯葵は窓際で静かに座っている悠人に目を向けた。
「悠人くん……どう思う?」
「ん? どうって言われてもなぁ……」
悠人は机に頬杖をつきながら、どこかのんびりとした調子で答えた。
「十キロ先じゃ、ここからじゃ手も届かないし。救助隊でも何でもない俺たちが行く筋合いもないだろ?」
悠人にとって、一番大切なのは自分の「平穏な日常」と、手の届く範囲の安全だ。
見知らぬ遠くの避難所のために命を張るような熱血漢ではない。
しかし――悠人はトートバッグの中身を整理しながら、ふと思い出したように呟いた。
「そういえば……西武園プラザって、一階に大きな輸入お菓子専門店が入ってたよな」
「えっ? ええ……確かに、あそこは食料品店や専門店がたくさん入っていたけれど……」
葵が予想外の単語に目を丸くする。
「あそこ、海外のチョコとかポテトチップスとか、珍しい駄菓子がたくさん売ってたんだよな。崩壊前によく買いに行ったんだ」
悠人の目が、ほんの少しだけ輝いた。
(もしあのモールが魔物に占拠されて完全に押し潰されたら……あの美味しい海外製ポテチの在庫も全部踏み荒らされて灰になっちゃうな……)
悠人の行動原理は、いつだって単純でマイペースだ。
世界を救うためでも、英雄になるためでもない。
自分が「食べたいもの」「残しておきたい日常の一片」を守るため。
「ちょっと様子見がてら、買い出しに行ってくるわ」
「ええっ!?? 買い出しって……十キロ先の戦場に!?」
教室中に驚愕の叫びが上がった。
「おい天羽! 十キロ先だぞ!? 移動だけでも時間がかかるし、途中の街道は魔物の巣窟になっているはずだ!」
桐島が焦って止めようとするが、悠人は「大丈夫だって」と軽く手を振った。
「自転車で行くのは流石に面倒だからな……ちょっと新しい乗り方を試してみるよ」
悠人は教室を出ると、屋上へと続く階段を上っていった。
ゾロゾロと後を追ってくるクラスメイトたちが屋上のドアを開けると、秋の爽やかな風が吹き抜ける屋上の中央で、悠人が地面の小さなコンクリート片――縦横三センチほどの「ただの瓦礫(石ころ)」の前に立っていた。
【石ころを1ミリだけ浮かせることができる】
悠人が片足をその小さな石ころの上にそっと乗せる。
――超高周波上下微振動・反重力擬似浮上法。
シュババババババッ……!!
一秒間に数万回という超高周波で微細に浮降動する石ころは、悠人の体重を完全に支え伸ばしながら、空気抵抗をゼロにしてゆっくりと浮上し始めた。
「な……なにぃぃぃっ!?? 石ころに乗って浮いている……っ!?」
「空中浮遊……!? いや、足元の小さな石ころ一つで身体を支えているのか!?」
桐島たちが目を剥いて絶叫する。
悠人は足元のコンクリート片に全体重を預けたまま、まるでスケートボードにでも乗っているかのような軽い身のこなしで空中に留まっていた。
「よし、バランスも問題なさそうだな。じゃ、ちょっと西武園プラザまで行ってくるから」
悠人が思考を巡らせると、足元の石ころが指向性音速振動波を後方へ噴射した。
ドドォォォンッ――!!
ソニックブームの衝撃波が屋上に吹き荒れ、悠人の姿は一瞬にして音速の壁を突き破り、北西の空へと消え去っていった。
「飛んで行ったぁぁぁぁぁっ!???」
屋上に残された生徒たちの叫び声が、秋空に虚しく響き渡るのだった。




