第14話:一撃の微振動と、あんこ玉の平穏
「グオオオオオオンッ!!」
体長四メートルを超える災厄級モンスター、【オーガ・キング】が放つ咆哮が、北条第一中学校のグラウンドを激しく揺らした。
振り下ろされるのは、大木を削り出した巨大な丸太棍棒。
空気を重く切り裂く音だけで、周囲の土のうが吹き飛び、自警団の隊員たちが爆風に煽られて倒れ伏す。
「ひ……ひぃぃぃっ!!」
「だめだ、逃げろーッ!! 巻き込まれるぞ!!」
自警団の隊員たちが悲痛な叫びをあげる。
彼らの目には、直撃すれば骨すら残らず擦り潰される大質量の質量兵器が、華奢な高校生の頭上へと容赦なく襲いかかっているようにしか見えなかった。
だが。
当の悠人は、ただ冷めた目で、頭上から迫る巨大な丸太を見上げているだけだった。
(……うるさいな。そんなデカい音出したら、駄菓子屋のばあちゃんが驚くだろ)
悠人はポケットから右手を引き抜くと、振り下ろされる丸太棍棒に向けて、軽く右手をかざした。
【石ころを1ミリだけ浮かせることができる】
――秒間、五十万回におよぶ超極小高密度微振動波。
物理法則を根底から無視した、絶対的な破壊の波動。
――ズドォォンッ……!!
衝撃音すら途中で掻き消えるほどの超密度の振動が、オーガ・キングの丸太棍棒に接触した。
「ガ……ギ……!?」
丸太棍棒が一瞬でミクロの木片へと粉砕され、そのまま風に舞う茶色い塵となって空中に消散する。
それだけでは終わらない。
衝撃波はそのまま、丸太を握りしめていたオーガ・キングの巨大な腕、肩、胸部、そして四メートルを超える巨体そのものへと瞬時に伝散していった。
ズザザザザザザザザザザザッ!!
悲鳴をあげる暇すら与えられない。
地域最悪の災厄と恐れられたオーガ・キングは、自身の振り下ろした攻撃の勢いまま、全身がミクロの単位で破砕され、無数の黒い粉じんへと還元されていった。
コンマ一秒の出来事。
オーガ・キングの背後に控えていた数十匹の【ハイ・オーガ】や【オーク】の群れも、余波として広がった微振動の波に巻き込まれ、まとめて空中で爆散して消えた。
――静寂。
先ほどまで地響きと絶望が支配していたグラウンドに、心地よい秋の風だけが吹き抜けていく。
体育館の物陰から恐る恐る顔を出していた自警団の指揮官も、泥に塗れて横たわっていた隊員たちも、全員が呼吸することすら忘れて固まっていた。
「お……オーガ・キングが……群れごと……消えた……!?」
「あ……あの男……ただ手をかざしただけで……災厄級の化け物を塵に変えたというのか……!?」
絶望の淵から救われた自警団たちから、堰を切ったように歓喜と驚愕の悲鳴が湧き上がった。
「天羽様……! 神だ……天羽様が俺たちを救ってくださったぞーっ!!」
体育館の扉が押し開かれ、中に閉じ込められていた避難民たちが涙を流しながら外へと溢れ出してくる。
しかし、悠人は歓声の渦を完璧に無視し、グラウンドの脇に立てかけた自分のクロスバイクに歩み寄った。
(よし、店にも被害はいってないな)
悠人は校舎裏の「竹内駄菓子店」の引き戸をガラガラと開けた。
店内に漂う、甘酸っぱい駄菓子と醤油の懐かしい匂い。
レジの奥では、小さなおばあちゃん――竹内 シズ(たけうち しず)が、いつもと変わらない穏やかな笑顔で座っていた。
「おや、悠人ちゃん。こんな大変な日に買い出しかい? 珍しいねぇ」
「うす、ばあちゃん。外がちょっと騒がしかったけど、無事そうでよかったわ。あんこ玉とブタメン、まだある?」
「あるよぉ。悠人ちゃんの分はちゃんと取ってあるからねぇ」
おばあちゃんは愛想よく笑うと、透明なケースからきな粉のまぶされた『あんこ玉』と、ミニカップの『ブタメン(とんこつ味)』を取り出してくれた。
「サンキュー、ばあちゃん。いくら?」
「百二十円だよ」
悠人は百円玉と十円玉二枚をレジの横に置き、大切な駄菓子をトートバッグへ丁寧に収めた。
「よし、任務完了だな」
外に出ると、グラウンドでは自警団の隊員たちと避難民たちが、まるで神でも拝むかのように悠人に向かって一斉に深々と頭を下げていた。
「天羽様! この御恩は一生忘れません!!」
「……? おう、気をつけてな」
何事もなかったかのようにクロスバイクに跨がり、ペダルを漕ぎ出す悠人。
(あんこ玉も無事だったし、お湯のある2年B組に戻ってブタメン食べるとするか)
秋晴れの空の下、天羽悠人のマイペースすぎる平穏な日常は、世界がどう変わろうとも続いていくのだった。




