第13話:出撃のクロスバイク、そして駄菓子屋の危機
校舎の昇降口を出た悠人は、朝日を浴びて輝く愛車――青い変速ギア付きクロスバイクに歩み寄った。
鍵を解錠し、昨日拭き上げたばかりのサドルに跨がる。
ペダルに足をかけ、静かに踏み出すと、ギアが軽快な音を立てて噛み合った。
「よし、チェーンの調子もバッチリだな」
悠人が校門に向かってスーッと走り出すと、正門前に張られていた重苦しい空気が一瞬で吹き飛んだ。
血と泥に塗れて伏していた「市ヶ谷駐屯自警団」の使者と、それを制していた「東町サバイバーズ」の武藤剛造たちが、一斉に目を見開いて悠人を見上げる。
「あ……あの方が出陣される……ッ!?」
「天羽様……! お救いくださるのですか……! 北条第一中学校の生存者たちを……ッ!」
使者の男が涙を流して叫ぶ。
武藤は凄まじい威圧感と神々しさを感じ取り、即座に正門を大きく開き、全員で直立不動の最敬礼を捧げた。
「天羽様のご出陣だーッ!! 道を開けろッ!!」
武藤の大号令が響き渡る中、悠人は風を切って正門を通り抜けた。
(なんかめちゃくちゃ道開けてくれるな……。やっぱり自転車は爽快でいいわ)
悠人としては、ただ「竹内駄菓子店」が潰される前に急いで向かっているだけだった。
舗装の剥がれた道路を、変速ギアをカチカチと切り替えながら軽快に走り抜ける。
途中で瓦礫の中から飛び出してきた【シャドウ・ウルフ】や【ゴブリン】の群れがいたが、悠人は視線すら向けなかった。
(邪魔だな……スピード落ちるだろ)
脳裏に浮かぶステータス画面。
【石ころを1ミリだけ浮かせることができる】
――自転車を漕ぎながらの、周囲一〇メートル微細衝撃波自動展開。
ズザザザザザッ!!
悠人が通り過ぎるだけで、沿道の魔物たちは接近することすら許されず、次々と不可視の弾幕に叩き潰されて黒い塵へと還元されていく。
まさに「移動する絶対不可侵領域」。
わずか三分ほどで、悠人は「北条市立第一中学校」の周辺エリアへと到達した。
そこは、悲惨な戦場と化していた。
中学校を取り囲むフェンスはあちこちがなぎ倒され、壊れかけた防衛用土のうのあちこちから黒煙が上がっている。
市ヶ谷駐屯自警団の隊員たちが、ボロボロになりながら剣や銃を構え、必死に食い止めようとしていた。
そして――中学校のグラウンド中央に、その圧倒的な破壊の象徴が君臨していた。
「グオオオオオオオオオオオンッ!!」
地響きのような咆哮。
体長四メートルを超す紅い皮膚の巨体。
頭部には捩れた二本の巨大な角が生え、右手には大木を削り出したかのような巨大な丸太棍棒を握りしめている。
地域最悪の災厄級モンスター――【オーガ・キング】。
その背後には、数十匹の【ハイ・オーガ】や【オーク】の群れが控えており、今まさに体育館の重い鉄扉を破ろうと群がっていた。
体育館の内部からは、閉じ込められた子供や避難民たちの悲鳴と泣き声が漏れ聞こえてくる。
自警団の指揮官と思われる男が、血を吐きながら叫んでいた。
「だめだ……っ! 持ちこたえられん! 体育館が破られるぞ……っ!」
絶望が戦場全体を支配しかけた、その時。
キィィィ……と、軽やかな自転車のブレーキ音がグラウンドに響き渡った。
「うわ、めっちゃ荒らされてるな……」
クロスバイクをスタンドで立て、呑気に降り立った悠人。
その視線は、グラウンドの奥――中学校の敷地裏にある小さな木造店舗へと向けられた。
そこには、看板が少し傾いているものの、奇跡的にまだ無事で立っている「竹内駄菓子店」の姿があった。
「よかった……店はまだ潰れてないな」
悠人は胸を撫で下ろすと、駄菓子屋の真横で大暴れしているオーガ・キングに向かって、冷ややかな視線を向けた。
(……おいおい。あんなデカいのが暴れ回ったら、一発で衝撃で駄菓子屋のガラスが割れるだろ。あんこ玉のケースにヒビが入ったらどうすんだよ)
悠人の中で、静かで確実な不快感が最高潮に達した。
「グガ……? 人間……一匹……?」
オーガ・キングが悠人の存在に気づき、血走った目で巨大な丸太棍棒を持ち上げた。
一振りで家屋すら粉砕する質量攻撃が、悠人に向かって振り下ろされようとした――。




