第12話:朝の訪れと、届いた救助要請
カーテンの隙間から差し込む朝焼けの光が、教室の床を淡く染めていた。
悠人はゆっくりと目を覚ますと、机の上で小さく背伸びをした。
「んーー……ふぅ。意外と学校の机でも寝られるもんだな」
首をゴリゴリと鳴らしながら窓の外を見やると、澄み切った秋の空が広がっている。
昨夜の不気味な紫色の歪みも、怪鳥たちの甲高い鳴き声も綺麗に消え去っていた。
「おはよう、天羽……! ぐっすり眠れたか……!?」
目の下にうっすらと隈を作った桐島蓮が、パンパンに張った缶コーヒーを片手に声をかけてきた。
教室を見渡すと、桐島をはじめとする警戒班のメンバーたちが、交代で夜警をやり遂げた疲労感と、無事に朝を迎えた達成感で晴れやかな表情を浮かべている。
「おう、おはよう桐島。めっちゃ熟睡できたわ。みんなも夜遅くまで起きてたみたいだけど、大丈夫か?」
「ああ……ッ! お前がぐっすり眠れる環境を守り抜くこと……それが俺たちの夜の任務だったからな……ッ!」
桐島は感極まった様子で熱く語りかけてくる。
(……? 教室の掃除でもしてたのかな。真面目だな、桐島)
悠人が能天気にそんなことを考えていると、校舎の外――正門の方から、慌ただしい足音と怒鳴り声が響き渡った。
「頼む……! 誰か……誰か天羽様に取り次いでくれ……ッ!!」
教室の窓から身を乗り出して覗き込んでみると、正門前で泥と血に汚れた一人の男が、東町サバイバーズの武藤剛造に縋り付いていた。
男の背中には、ボロボロになった革の防具と、半ばから折れた剣。
その胸元には、近隣の警察署を拠点に結成された広域生存者組織――「市ヶ谷駐屯自警団」の紋章が刻まれていた。
「落ち着け! 天羽様は現在、朝のご歓談中だ! 騒ぎ立てるな!」
武藤が強面をさらに厳しくして男を制している。
「落ち着いていられるかよ……ッ! 隣の『北条市立第一中学校』の体育館に、数百人の避難民が閉じ込められてるんだ……! そこに……『大鬼』率いる群れが押し寄せて……もう防衛線が突破されそうなんだよ……!!」
「何……!? オーガ・キングだと……!?」
武藤の顔から一気に血の気が引いた。
オーガ・キング――。
体長四メートルを超え、鉄をも容易に噛み砕く巨大な角と圧倒的な怪力を誇る、この地域最悪の災厄級モンスターだ。
「市ヶ谷の自警団本隊も全滅寸前だ……! この近隣で、あの化け物を倒せるのは……『歩く不可侵領域』と呼ばれる天羽様しかいないんだ……っ!! お願いだ、助けてくれ……ッ!!」
男はアスファルトに頭を擦り付け、必死に涙を流しながら叫んでいた。
その叫び声は、早朝の澄んだ空気を伝って、2年B組の窓辺にいた悠人の耳にもしっかりと届いていた。
「……北条市立第一中学校?」
悠人は片眉をひょいと上げた。
隣で話を聞いていた佐伯葵が、不安そうに顔を曇らせる。
「第一中学校って……ここから自転車で十分くらいのところよね? そんなところに巨大な魔物が……」
「いや、魔物はどうでもいいんだけどさ」
悠人は腕を組み、真面目な顔で呟いた。
「あそこの中学の裏手って……俺がいつも買いに行ってる『竹内駄菓子店』がある場所じゃん。あそこ、ばあちゃんが一人でやってるのに、巨大な鬼なんて暴れたら店が潰れるぞ」
悠人にとっての最優先事項。
それは世界の存亡でも、避難民の命でもなく――昔ながらの味わいを残す「竹内駄菓子店のブタメンとあんこ玉」を守ることにあった。
「ちょっと行ってくるわ」
悠人はトートバッグを肩にかけると、昨日磨き上げた愛車――青い変速ギア付きクロスバイクの鍵をポケットから取り出し、教室を後にするのだった。




