第11話:夜の帳と、勝手な崇拝
校舎裏から2年B組へと戻ってきた悠人は、愛車が無事だった安堵からか、小さく欠伸を噛み殺した。
教室の扉を開けると、そこには固唾をのんで待機していたクラスメイトたちの姿があった。
「おかえり、天羽……っ! 外の状況はどうだった……!?」
桐島蓮が真っ先に駆け寄ってくる。その目には、屋上でのあの不気味な現象を速やかに消去してみせた悠人に対する、隠しきれない畏怖と信頼が宿っていた。
「ああ、駐輪場も問題なかったよ。ちょっと散らばってた小石を退けておいたから、明日も普通にチャリ使えそうだわ」
「ち、駐輪場……!? 明日の登校……!?」
桐島は息をのんだ。
(そうか……天羽の中では『明日も当たり前に学校が存続していること』が前提なんだ……! 天井を破るほどの巨大な空間の歪みすら、彼にとっては『登校の足を邪魔する小石』程度でしかないというのか……ッ!)
桐島は大きく頷くと、教室の後ろで控えていた数人の男子生徒に向かって指示を出した。
「みんな、聞いたな! 天羽が明日も問題なく登校できるよう、俺たちもこの教室と校舎の防衛を完璧に固めるぞ! 夜間の見張り体制をシフト制で組む!」
「「「おおっ!!」」」
クラスメイトたちが一斉に活気立ち、黒板に夜間警備のスケジュールを書き始め出した。
悠人はその光景を横目で見ながら、自分の席の机にポツンと置かれていたトートバッグを抱え直した。
(なんかみんな、急にやる気出してるな……。まあ、学校で泊まり込みってちょっと修学旅行感あって楽しいのかもしれないけど)
そんな呑気な感想を抱きながら、悠人は窓際の席に腰を下ろした。
夕闇は完全に沈み、外は漆黒の闇に包まれつつある。
校舎の電気がところどころ消えているため、教室内の明かりは生徒たちが持ち寄ったスマートフォンのライトや、懐中電灯のぼんやりとした光だけだった。
その時、窓の外――学校の正門付近で、小さな光の束が明滅した。
「……ん? なんだあれ」
悠人が窓の外を覗き込むと、正門前には「東町サバイバーズ」の武藤たちが、整然と陣形を組んで周囲を警戒している姿が見えた。
彼らは手に持ったランタンや懐中電灯で周囲を照らしながら、校舎へ近づこうとする小柄な魔物――【シャドウ・ウルフ】などを、必死の連携で追い払っている。
「おい! 正門前に一匹近づいてるぞ! 天羽様のお休みを妨げるな! 絶対に敷地内へ入れるなよ!!」
「了解! 武藤さん、右から挟み撃ちにします!!」
遠くから風に乗って届く、武藤たちの悲壮感すら漂う決死の叫び声。
悠人はそれを眺めながら、首をかしげた。
(……あの人たち、まだあんなところで何やってんだろ。夜の運動かな? 風邪引かなきゃいいけど)
まさか彼らが「自分への忠誠」と「領域防衛」のために命がけで夜警を行っているとは夢にも思わず、悠人は窓を静かに閉めた。
隣の席の佐伯葵が、毛布を肩にかけた状態で歩み寄ってくる。
「悠人くん……外、静かになったね。東町サバイバーズの人たち……本当に校舎の周りを守ってくれてるみたい」
「へえ、物好きな人もいるもんだね。まあ、静かになったのは助かるわ。俺、そろそろ寝るし」
「えっ……睡眠……!? こんな状況で……!?」
「だって夜だし。寝ないと明日の朝起きられないじゃん」
机の上に腕を組み、頭を乗せる悠人。
葵はあ然とした表情でその姿を見つめていたが、やがてくすりと小さな苦笑を漏らした。
(……やっぱり、この人は凄いや。世界がいくら狂っても、自分の日常を何ひとつ手放さない……)
周囲の人間が恐怖と不安で一狂いしそうな夜の中、悠人はごく普通に、規則正しく目をつむった。
脳裏に浮かぶステータスウィンドウが、静かに優しく揺らめいていた。
【石ころを1ミリだけ浮かせることができる】
世界の理を軽々と踏みにじる不可解な力が、今はただ、一人の高校生の心地よい睡眠を守るためだけに静寂を保っていた。




