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「どうぞ」
入って来たのは、学園長だった。
「やぁ、ダイアナ君。少し時間を貰ってもいいかね?」
「はい、学園長」
私は立ち上がり、カーテシーで出迎えた。
「君に謝罪したい事がある、席に座っても?」
「はい、どうぞ」
お互い執務机を挟んで向かい合う。
「まずは、レオン殿下に屈し、学園として君を犠牲にした事を詫びる」
「何がですか?」
まったく思いつかず、私は尋ねた。
私の言葉に、学園長は微笑んだ。
「君らしいな。無自覚で婚約者だからと、殿下の愚行の全てを引き受けてくれていた。君がここに隔離された途端に、この学園は大変な事になったよ」
「まあ、野放しですからね」
ギル様も対応に走り回っているらしいが、あくまで後処理であって、制止をする事は出来ない。
正面きって注意などしようものなら、ここぞとばかりにレオン様が暴走するだけでなく、レオン様の派閥の者たちも荒れるだろう。
(中間管理職のサラリーマンみたいだ)
「明日の卒業式にも、レオン殿下より横槍が入っている。君を最前列の正面に座らせ、卒業生女子生徒代表の役を、君から別の女性にせよとのお達しだ」
「別にいいですよ?レオン様と一緒に壇上に上がるのも嫌ですし、前列だと見学しやすいですから」
あっ、でも居眠りできないな。
私とは別の意味で、困った顔の学園長は、額の汗を拭く。
「卒業パーティーには、国王陛下も来られる。そこで、私や教員の意見をまとめたんだよ。今後一切、この学園内における生徒の平等を厳守し、教員の指示に従う事という一文の嘆願書を手渡そうと思っている」
「陛下なら、きっと受け入れて下さいますわ」
一応、今ですらその校則はあるのだが、国王陛下のお墨付きとなると、厳格化される事だろう。
つまり、レオン様のような権威を笠に着た悪さは、もう出来ないという事。
「ですが、陛下に直接など……一歩間違えれば、学園長の首が飛びますよ?きちんと国の機関を通された方が」
「いいや。私も我慢の限界だ。とうとう、レオン殿下は図書室を私物化しただけでなく、女生徒を連日連れ込み風紀を乱す日々」
あー静かだし、個室もあるから丁度良かったんだなと、遠い目になる。
「こちらの本気を伝える為に、私の首をかけてでも、陛下にご理解頂くよ」
「決意表明をしに、ここへ?」
「違う。君に感謝と謝罪だ」
学園長は、胸元から手帳を取り出し執務机に置いた。
「新しい手帳を買ってね。これは使いかけだが、もう不要なんだ」
「そうですか、ええっと」
「君にお詫びとしてあげよう。好きに使いたまえ。勿論、それは元々私の私物だったのだから、責任は全て私にある。君に託すよ」
「どういう意味でって……ちょっと待って下さい」
学園長は立ち上がり、一人スタスタと部屋を出て行った。
残ったのは、古ぼけた手帳と私だけ。
嫌な予感がしながらも、私はパラパラと貰った手帳を見て、すぐさま閉じた。
「だから、どうしてみんな……」
こめかみを揉みながら、私は最後の一組を待つ間、ひたすら考え込んでいた。
手元にあるのは、私のノートと一年生の感謝状と二年生のレポート。
そして、押し付けられた学園長の手帳が一冊。
「もしかして、私とんでもない爆弾抱えてしまってる?」
タラリと冷や汗が流れ、とりあえず紅茶をゴクゴクと飲んで落ち着いた。
扉がノックされる。
泣いても笑っても、これが最後だ。
一か月、お疲れ様ダイアナ。そう私は自分を褒めてあげた。
「どうぞ」
扉が開き、入ってきた姿に私は首を傾げた。
「あれ?ギル様」
「最後は俺だ。いいなダイアナ」
そう言って、こちらに向かってくる。
きちんと顔を認識するようになって思うのだけど、この人の顔は悪くないのよね。
有能だし、存在感が薄いわりに、地味な仕事もコツコツやるし、気配りも得意。
嫌われもしないし、じわじわと騎士の人望もある。
むしろ、兄がアレだから余計に良く見えるのもあるが。
向かいの椅子に腰かけて、豚の貯金箱の投入口のテープをピリリと外したギル様は、チャンリとコインを投入すると、再びテープで封をする。
「何してるんですか?」
「たまたま可愛い豚がいたので、たまたま余っていた10ディナールを投入した」
「律儀だなぁ」
私のボヤキに、優しく微笑み返してくれた。
「お代を払えば、ちゃんと話を聞いてくれるんだろ?」
つい、私はクスリと笑ってしまう。
ギル様の視線は、机に出しっぱなしだったノート類に目がいく。
「これは?」
「あ、何か貰っちゃって……てへ」
やばいと隠そうとしたが、一足遅かった。
ギル様は、その全てを一瞬で奪い取り、一つ一つを丁寧に確認していった。
「あの……あと五分です。読むばかりでなく、お話しませんか?」
「……」
「今後の事について、お話したいんですが。私やっぱり、一人で……」
「ダイアナ、少し待て」
「はい」
きっぱりと命令できるギル様は、間違いなく王族過ぎて、反射的に私も従ってしまう。
全てに目を通したギル様は、冷静な瞳で私を見つめた。
「これが何かわかるな?」
「……はい、全て告白として証拠になりえるものです」
「君は、彼らに兄上の怒りが飛ぶのを恐れていたが、むしろ俺は彼らこそ告発するに相応しいと思っている」
「レオン様に、道理や情は通じません」
「兄上には通じなくても、国に正道は通じる。何より、君にこれを託した者たちの気持ちを無視するのか?」
そう言われて、私は頭を殴られたようにショックを受けた。
固まる私の頬に、向こうからギル様の手が伸びる。
「俺が引き受ける……全て。だから守るよ」
「私……私だけが守られても……」
「わかってる。ちゃんとみんなを守る」
「ギル様……」
身を乗り出した彼の唇が、私に重なった。
何度も小鳥のように、ついばまれる。
「私は、あなたが心配なんですギル様」
「ありがとう。いざとなったら、ちゃんと追放されような?」
「ですから、あれは冗談で!」
慌てる私に、ハッキリと告げられた。
「このまま見過ごして我が身を守っても、ゆくゆくは兄上に邪魔者として処分されるよ」
「っ……」
「だろ?」
悲しそうに尋ねられた内容を、私は否定できなかった。
やるだろう、レオン様なら。
私は静かに唇を噛み、覚悟を決めた。
「これを使って下さい」
私は引き出しからも、残っていた資料を全て差し出した。
「私があなたに託します!あなたならきっと、この国の為に使って頂けるはず」
「ダイアナ」
彼の瞳に私が映る。ああ、それだけで幸せだ。
「次期国王の改心を、それがこの国の未来のためになります」
「俺に託して、いいんだな」
「もう、思いっきりやってしまって下さい!」
私は立ち上がって、拳をあげた。
「あなたは影なんかじゃないです!私の恋の太陽です!」
ポカンとしたギル様、部屋はすぐに笑い声に包まれた。
「あはははっ!頑張って前に出るよ!」
「だからそれは……、もういいです」
「愛しいダイアナがいれば、俺には何も必要ないかも」
「それは……」
王族として駄目だと告げようとした瞬間、唇に指が当てられ制止された。
「わかってる。大丈夫だから……そんな泣きそうな顔しないで」
自分でも気づかなかった。だって、レオン様と戦うという事は、何より彼を危険に晒す事。
だけど私は、彼こそが相応しいと思ってしまったのだ。
私だけでなく、彼が背負うべき重みを増やす道を、私は勧めてしまった。
「俺が決めた事だから……何も心配いらないって……参ったな」
彼が再び、私の唇を奪う。
このまま伝わる熱のまま、一つになってしまいたい。
私の頬を指でなぞり、彼は苦笑した。
「俺のダイアナは、泣き虫さんだな」
私はその日、初めて家族以外の人前で泣いた日だった。
***
その晩に、久しぶりに実家に帰る事になった。
「ただいま~元気だった?」
「おかえりなさーい」
相変わらずの家族の姿に、私はホッと息をつく。
やっぱり実家が一番だと、しみじみと夕食の時間は盛り上がった。
「それで、ハンナちゃんと一緒の国に行きたいのよ」
「えーっ、私は魚が食べたいから、あっちがいいわ」
「母さんがそう言うなら、子供たちとは別行動もいいかもなあ」
「父上、僕も長期休暇をとっていいですか?ちゃんと自習で学位はとりますから」
旅行先では意見が分裂しつつ、割と前向きに追放を受け入れていた。
「まあ明日は父親である私だけが、参加する」
母と弟は抗議したが、父は受け付けなかった。
こちらを見て、親指をたてサムズアップで頷く。
「ちゃんと卒業するといい」
「はい!」
頼もしく温かい家族、本当にこの家の娘で良かったと私は父に抱きついた。
そして、とうとう卒業の日を迎えた。
迎えに現れたギル様は、恭しく私の両親に軽く頭を下げた。
「おやめ下さい殿下!我々はどのようになろうと、王家の忠実なる臣下です」
父が取り繕うが、弟はサッと旅行雑誌を背後に隠す。
母も困ったわねと、首をかしげた。
「本当に、ダイアナを行かせてもいいのかしら?」
「はい、この身に代えても愛しい人は守ります」
「きゃーっ!」
私だけでなく、家族一同が黄色い声をあげる中、私は顔から湯気を出してギル様を馬車に促した。
家族の前で、羞恥で殺す気だろうか?
せかせかと乗り込むと、馬車はすぐに走り出す。
今日は午前中は講堂で卒業式。これは制服での参加になる。
その後、午後の部から卒業パーティーが始まるのだ。
卒業生は基本全員参加だが、それ以外の学年は任意となっている。
また、パーティーのみ保護者参加が許可されていた。
本来は、三年間の集大成としてパーティーに向けてドレスを用意するものだが、今回は私は辞退する事になる。
というか、罪人だし?浮かれて出たとか噛みつかれるし?
どうせ短気なレオン様の事だ。
陛下が現れる前に、とっとと式の最中に私に引導を渡すだろう。
「私は罪人(仮)ですから、陛下の御前に出る事は叶いませんね」
「いや、むしろ本気でパーティーに参加しないつもりか?」
「まあドレスは最悪、制服参加でいいとして、パートナーの準備もしてません」
「いるだろ?」
ん?どうして、ギル様はどや顔なの?
あーわかった!
「レオン様と別れたハンナちゃんがいました!」
「どうして、そうなるんだ」
ガクリとギル様は項垂れた。
まあ午前中に片が付かなければ仕方ない。気乗りしないが、パーティー参加だ。
それに……ちょっと、ギル様が心配だしね。
目が合うと、困った顔でニッコリと笑われた。
そして馬車がとうとう学園に到着した。
今まさに、最後の舞台が始まるのだ。
気合を入れて私は久しぶりに、クラスメイトたちと合流する。
懐かしさで、話は尽きなかったが、皆が私の心配をしてくれた。
「陛下がきたら、私たちが言ってやります!あの息子はどうなってるんですかって!」
「駄目よ、不敬罪よ。その気持ちを胸に、良い国になるように卒業後も頑張って頂戴」
私は国外追放されて、のんびりバカンスしながら推しを追いかけ回します。
落ち着いたら、時々ギル様に会いに来よう。やっぱり寂しいし。
そして卒業式が始まった。
学園長の挨拶の後、卒業生代表が男女並んで壇上に上がる。
案の定、レオン様とソーニャさんなので、新鮮味も何もなく。
最前列の、一番真ん中の私の正面で、なぜかイチャイチャする二人を、無の気持ちで観察した。
たまに二人でチラチラこっち見るの、辞めて欲しいなぁ。
背後から、ヒソヒソと声が聞こえる。
「ソーニャ様ったら、下から数えた方がいい成績よね?」
「主席のダイアナ様が本来壇上に……ああでも、レオン様の横は不似合いね」
「レオン様って、テストをいつも白紙で出すのに、王族だから代表なの?なら、もう一人いたような?」
おーい、影が薄すぎて存在忘れられてますよ!もう一人のギル様。
私は、レオン様が壇上での意味不明な演説が終わると同時に、私への断罪を今度こそ宣言してくれると信じていた。
ワクワクと目を輝かせ、ほら早くとレオン様を見つめる。
すると、マイクでキラキラと話していたレオン様が、ニヤリと目を合わせた。
よし、来た!とっとと終わらせて、私を追放しなさい。
「では、諸君!皆も待ちかねているダイアナ・パレス及び、パレス侯爵家の件だが」
よしきた、がんばれ馬鹿王子!私は、心の底からレオン様を応援した。
「まもなく我が父上も到着する。よって、卒業パーテイーにて、全ての罪を断罪する!」
私を指さして、レオン様と腰に抱きついたソーニャさんは高らかに笑った。
「逃げるなよ!ダイアナ!」
「そんなーっ!」
「あはははっ、せいぜい心から私を常日頃、小言や余計な進言で煩わした罪を反省するがいい!」
いやいや、とっとと終わらせてよ。結果によっては、急いで遠出の馬車や船の予約が必要なんだからさ。
ガックリと私は項垂れた。
あまりの落胆ぶりに、周囲も私に近づく事すら出来ず遠巻きにみている。
「ほらみんな、彼女は任せて、パーティーの準備に行ってくれ」
どこに馴染んで空気になっていたのか、ギル様が現れた。
それと……。
「ダイアナ様、大丈夫ですか?」
「ハンナちゃあぁぁーんっ!」
凄い勢いでハンナちゃんに飛びついた私は、クンカクンカと可愛さ推し成分を吸収した。
「おい……俺もいるんだが?」
「ああ、ハンナちゃん!とっとと終わらせてくれたらいいのに、何あれ、あの馬鹿!」
「ダイアナ様、落ち着いて?ほら、誰が聞いているか、わかりませんし」
「だから、俺の存在に気づいてるのか!」
「あ、いたんですねギル様」
なぜか落ち込むギル様を放置して、私は気のすむまでハンナちゃんに、ヨシヨシして貰った。
最高です、至高です、推し最高!
「生きていて良かったぁ」
「では行きましょうね」
「え?」
「ほら、行くぞ」




