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そして迎えた卒業式前日、迎えに来たギル様といつもの朝。
なのに変に意識してしまい、自分の情けなさに馬鹿馬鹿と心で罵っていた。
ガタガタと、馬車はいつも通り学園に向かう。
向かい合うギル様は、腕を組んでこちらを見ているのがわかる。だから見ないでってか、見るな。
「いつもと違う」
「いえ、イツモドオリデスヨー」
片言の異国人みたいになった。
だって、昨日いきなり告白されて、あげく両想いになったあげく、事故チュウだよ?
人生初の恋が、数時間で成立してしまった。
私の対応が気に入らなかったのか、ドスンとギル様は私の横に移動してきた。
って、レオン様が近づいた時は、どう撃退してやろうかワクワクしていたのに、まったく違う。
むしろ、ヘタすると私がやられそうだ。
「か……かかってこい。負けない」
「ああ、勝とうな」
私の手を横からギュッと握って、ギル様は呟いた。
「明日には父上が、卒業パーティーに来られるそうだ」
「陛下が?」
私は我に返り、ギル様の顔を見た。
途端にまた、顔を伏せてしまう。
だって、目が合った途端に優しく笑うとか、反則技よあれ。
「父上に状況報告を届けた。ただし返事は、戻って詳細を確認してからだそうだ」
「そうでしょうね。きっとレオン様が、ない事ない事を都合よく報告してるでしょうから、互いの報告の乖離がひどいのだと思います」
「こちらは、事実をきちんと伝えるだけだ。父上なら、正しさをわかってくれる」
私は、握られた手が持つ重みを知ってる。
「陛下は正しさを見極められても、王家の恥を晒すのはまた別の話です。権威が揺らぐ事こそ、避けねばなりません」
「……あれでも、一応王位継承者だからな。だが、そこもちゃんと対策済みだ」
「対策?」
流石の私にも、どのような対策かわからず、ギル様を見た。
「やっと、目を合わせてくれた」
「あっ、その、恥ずかしくて」
「それは、昨日キスしたからか?」
ギル様の顔が近づいて来る。
「昨日、後悔しないと言ったのは撤回する。事故で口づけした事を後悔している」
「えっ!」
ズキリと胸が痛む。
大きく目を見張って硬直した私の隙を見て、サッとギル様が顔を重ねた。
温かなのに、少し乾いた大きな唇が、私の震えた唇を塞ぐ。
驚きすぎて、私は目を瞑る事もできない。
彼の深い緑の瞳も、ジッとこちらを伺っている。
どれ程の時間だったのか。
名残惜しげに離れた瞬間に、私は止めいた息を紡ぐ。
「っはあ、はぁ」
「事故じゃなく、ちゃんと君に口づけしたかったんだ」
「待って、刺激が凄すぎる」
「あと、ダイアナ。君は完璧なマナーを身に着けているはずだが、一つだけ失格だ」
「失格?」
何が起こったのか混乱している私を、楽しそうにギル様は笑う。
「キスの時は、目を瞑るものだ。はい、やり直し」
「ひえっ、えっ?」
またもや顔が近づき、重なった唇。
私は言われるがままに、目を閉じた。
……それから、どうなったと思う?
馬車が学園に到着するまで、練習だ慣れだと何度もキスのレッスンが続きましたとさ。
お陰で、朝からフラフラです。はい。
朝からボーッとしたまま、私は待機時間を過ごしていた。
何度もキスを思い出しては、きゃーっ!と悶え苦しんだ。
これを体験したら、毎度色んな女にキスしまくってるレオン様って、実は凄いと錯覚してしまう。
いや、奴は下半身で生きているだけだ。
本能のままに自由に生きれるって、でも才能じゃない?
それに比べて、理性がある代わりに損な役回りなんだよな……ギル様。
思考はグルグルと回る。
「はっ!私気づいたら、ギル様の事ばかり考えてる」
これが恋なのかしら~と、また悶えていると、あっという間に拝聴の時間だ。
思えば、この一か月楽しかったなぁ……と感慨にふける。
旅行雑誌は読み込んで付箋だらけだし、漫画も小説も全巻読破した。
途中で暇すぎて、遠い異国語のビリビリ語講座もマスターしてしまったし、南国対策もバッチリだ。
「縄跳びも三重跳びを百回クリアしたし、一人あやとりも……ブツブツ」
そして最後の一日がスタート。扉がノックされた。
「はぁい、どうぞ」
入って来たのは、一年生の男女だった。
なぜか畏まって、執務机の前に並んで立つ。
「さあ今日で最後よ。思う存分、言いたい事を言って頂戴」
私の促しと同時に、二人は礼をした。
「一年生を代表して、お別れのご挨拶と、感謝を伝えに参りした」
「ほへ?」
何が起こるんだろうと、私は目を丸くする。
二人は、ガサガサと書状のように紙を取り出して語り出した。
「私たち一年生が、道に迷い目標に挫けそうになる中、ダイアナ・パレス侯爵令嬢ことダイアナ様は、時にはさりげなく、時には大胆に私たちを支えて下さいました」
それは誤解だ。そんなつもりはなかったと訂正しようとしたが、ふと思い出す。
ギル様に言われた言葉。
『彼らの心や言葉を、曲解して受け取るのは失礼じゃないか?』
あえて彼らの言葉を、静かに聞いた。
「よって、私たち一年生一同は、今後のダイアナ様のご活躍をお祈りします!私たちを忘れないで下さい……以上」
私は手をパチパチと拍手して、とりあえず締めくくった。
涙ぐむ彼らを見て、素直に私を心配してくれたのだと嬉しくなって慰める。
「さぁ、泣かないで……これからも頑張りなさいね」
「ううっ、ダイアナ様」
「レオン王子はいなくなって安心ですけど、ダイアナ様がいなくなるのは辛い……」
うんうん、可愛い子達だけど、レオン王子のは不敬だぞ?
彼らが去り、私は受け取った感謝状を一人じっくりと眺めた。
「まあ、予期せぬ所で人の役に立っていたなら、悪役令嬢も捨てたものではなかったかもね」
丁寧に折りたたみ、私は次の生徒たちが訪れる時間まで、追放された際の持ち出しリストをカリカリと作っていた。
そして、午前二組目の扉がノックされる。
「どうぞ」
またもや二人組で、今度は二年生だったはず。
二人は、またもや並んで礼をする。
「二年生を代表して、ご挨拶に参りました」
「え、ええっと、それはありがとう」
「では、失礼して」
彼らは一年生とは違い、暗記してきているみたいだ。
「私たち二年生の側には、いつもダイアナ様がいらっしゃいました。私たちはダイアナ様を見習い、立派な三年生になる為に……」
なぜか決意表明をされて、頑張れと声援の拍手をおくる。
「と言う訳で、今後このような事に自分たちで対処できるように、対策表を作りましたので、ご確認をお願いします」
レポート用紙の束を渡されて、これは好きに活用して下さいと彼らは去った。
とりあえず次は昼休憩なので、その時間までにパラパラと手渡されたレポートに目をやる。
「ん?この某王子をサンプリングしての対策って、間違いなくあの馬鹿よね?」
書かれていた問題点は、全てレオン王子のしでかした出来事の羅列だった。
・授業を乗っ取り、権威を笠に自らの演説を始めた場合。対策、聞く価値がないので、皆で外に出る。
・図書室を突然独占し、女生徒を連れ込もうとした場合。相手女子の同意の有無を確認して、女生徒が集団で取り囲む。
「ぷはっ!たまに気配のない王族が近づいた場合は、対処は彼に任せるべしってギル様よね」
気配なしの地味の癖に、実は頼られているギル様を思い出して、お腹を抱えて大爆笑した。
私はレポートを読み終えて、トントンと紙をまとめた。
「いやあ、二年生は優秀ね。とっても上手にまとめてました」
うんうんと、私はご満悦だ。
チャイムが鳴り、昼休憩の時間となる。
「よく考えたら、ギル様とお昼休憩もこれでおしまいよね」
そして明日には、追放されたら私は彼とはお別れだ。
いや……ね?そりゃ、今は恋に浮かれて、追放されても一緒だよとか盛り上がったよ?
でも実際に考えてよ、無理でしょ?相手は一応、王子様なんだから……忘れてるけど。
「王族に不和をもたらす事は許されないわ。それ位の矜持は私にもあるもの」
でも文通位は許して貰えないかな?というか、お昼ご飯まだですか?お腹がすきました。
一か月、ずっとギル様が律儀に運んでくれたのだ。
親鳥を待つ雛のように餌付けされてしまった私は、勝手にこの部屋を出るなの言いつけ通り待つばかり。
そして、待ちに待った扉がノックされた。
「はい、お昼ご飯どうぞ!」
ご機嫌な挨拶に答えて入室したのは、ギル様ではない。
「きゃあああーっ!ハンナちゃーん!」
「あのっ、ギル様に代わって私が」
「うひゃあーっ、可愛い!可愛い!もう死にそう!」
「そんなに、お腹すいてたんですね」
手に抱えていた袋から、ハンナちゃんはパンを取り出した。
「パンばかりですみません」
「とんでもない。ずっと差し入れありがとうハンナちゃん」
「一緒に食べていいですか?」
「うんうん!」
喜びで飛び跳ねながら、私はとっておきの紅茶を入れた。
パンの香ばしさと、美味しい紅茶。何より、目の前にいるのは推しハンナちゃん。
もしかして私、明日死ぬの?最高すぎて、空より高く舞い上がってます。
ニコニコと私は、ハンナちゃんとの会話を楽しんだ。
主に卒業後のパン留学について、念入りにリサーチさせて貰う。
なぜって、私もこっそり本気で同行予定だからです。
「きっとギル様が、レオン様の間違いを訂正してくれますわ」
「んーむしろ、むしろ婚約破棄はいいんだけど……」
「なら、国王陛下がきっと」
「陛下がとるべき道は、王家の威厳を守るか、息子を守るかね」
ここまで騒ぎを広めた時点で、なかった事にはできない。
次期王がレオン様である限り、この国の王権を守るためにはレオン様を守る。
たかだか侯爵家一つと、王位継承者は天秤にはかけられない。
つまり、このまま私を処分して、レオン様は陛下から叱られて反省させられるパターン。
これが一番、現実的かつ無難なコースよね。
「私も、国外旅行を楽しむ予定なの。ハンナちゃんにも、会いに行くわね(ストーカーします)」
「嬉しいです」
「ところでギル様は?どうして代わりに?」
「明日に向けて、色々と忙しいそうです」
うん頑張れ。そしてハンナちゃん派遣をありがとう。
楽しい時間はすぐに過ぎてしまう。
「私、ダイアナ様に出会えて良かった。ずっと憧れていたんです」
「そんな、むしろ私こそハンナちゃんに会えて……いいえ、存在してくれてありがとう!生きてるだけで尊いわ!」
ハンナちゃんは、クスリと子リスのように笑う。
「いつも私を気遣って、守って下さってありがとうございました」
「私こそ、思い違いで馬鹿王子を押し付けて、本当にごめんなさいね」
「ふふっ、馬鹿って……あははっ」
二人で笑いあった後に、ハンナちゃんは小さくため息をつく。
「レオン様も、最初は優しかったんです。ですから、優しい部分もあると思います」
「それは演技よ」
「それでも、優しくされたのは事実です。きっとレオン様も、ご自身に自信がないのだと思います」
「ハンナちゃん……なんて、なんて優しい子なのあなた!」
ここぞとばかりに、私はハンナちゃんを抱きしめた。
いいのよ、あんな馬鹿!馬鹿なんだから!
ああ、ずっとこのまま抱きしめていたい、時よ止まれ!いっそこのまま拉致って逃げる?
無情にもチャイムが鳴って、慌ててハンナちゃんは走り去る。
「では明日、ダイアナ様!」
「またね!ハンナちゃん!」
パーティーは無理でも、式は出るとハンナちゃんと約束したのだ。
(最後に、馬鹿の顔見て笑って終わるのもいいかもね)
思えば、この学園生活は楽しく充実した日々だった。
もし私が記憶を持ってなかったら?シナリオなんて知らないままに、入学していたら?
きっと今でも、あの馬鹿の横に私がいて、そしてハンナちゃんすら目もくれず、寂しく過ごしていたに違いない。
「そう思えば私、悪役令嬢で良かったかも」
ハンナちゃんを虐げる為に、皆の注目を浴びるように工夫したし、根回しも兼ねて交流も深めたつもり。
皆の中心であり高嶺の花となって、高らかに笑って君臨する。きっと出来ていたはずだ。
皆は私に恐れおののき、渋々と私の悪行を見逃し、時には機嫌を取りに来る。
そして、流石に見かねたレオン様が、ハンナちゃんを庇っていくうちに、恋が芽生えてレオン王子は改心するはずだった。
「一番大事な、レオン様の改心がない」
残ったのは、ただの馬鹿。そしてハンナちゃんを苦労させた、私が一番の馬鹿。
ノートをペラペラとめくり、そこに書かれた内容を何度も読み直す。
ここは小説の世界。なのにノートには、それぞれの思いや出来事、王子への苦情や私への感謝。
ただの悩み事から愚痴まで、生きた人たちの言葉が綴られている。
私は静かに、ノートを閉じて眼を瞑った。
「ケジメのために、きちんと卒業式で断罪されるべきだわ」
そして午後の部の扉がノックされる。
残り、あと二組。




