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あと三日、会いに来る生徒たちは、涙ながらに別れを惜しんでくれた。
式にもパーティーにも参加できぬ私は、彼らの手を握って別れを告げた。
「ついでに、あのクラスのあの方とこの方にも、お別れのお礼を伝えて下さる?」
「お任せください!本当にダイアナ様のお陰で、毎日が刺激的でした」
「そうよね?私も色々しでかしたもの。さあ、何が大変だったか教えて頂戴」
私はいまだ、自分の罪をきちんと受け入れようと努力を怠らなかった。褒めて?
学園の個室には、次々と運ばれてくる差し入れという名の贈り物。
あれだな、きっと最後の最後にヤケを起こして大暴れするとでも思われているのだ。
そこで機嫌取りとして、戦々恐々と皆が貢いでくれるのだろう。
「みんな、いいのよ。それより、ハンナちゃんに会わせて」
私の持病の、ハンナちゃん欠乏症が発動中だ。
もう死にそうと机でダウンしていた私が、ビクリと動く。
聞き逃すはずがない、この声は!
急いで三階の窓を開けると、真下の裏庭に見える推しは幻かしら?
「ハ……ハンナちゃーん!」
「ダイアナ様!こんな場所からすみませーん!」
「いいのよーっ!まって、飛び降りるわ」
「きゃーっ!危険です!」
「推し愛があれば、空も飛べるはずよ!」
流石に必死に止められたので、ロミオとジュリエットのようにハンナちゃんを見つめた。
やっぱり可愛い、天使だよチクショウ。
撫でまわしたい、抱っこしたい、横に座ってイイコイイコしたい!
「ダイアナ様!私、卒業したら隣国に留学する事に決めました!」
「私も追放先はそこにするわ」
「それで、せめて一緒に卒業式に参加して欲しいんです」
私はハンナちゃんを見た。
祈る様に両手を組んで、うるうるさせるヒロインに、誰が逆らえるものか。
「わかった!出るわ!」
「嬉しい!ダイアナ様、大好きです」
その言葉だけで、私はヘナヘナと座り込んでしまった。
どうしよう……本当にいい子だ。
私を恨んでもいいはずなのに、パンはくれるし大好きって言ってくれる。
「尊い……実に尊い」
「良かったな。とりあえず言質はとったから、式には出よう」
私の背後に、いつ入室したのかギル様が立っていた。
「ええっ、いつの間にいたんですかギル様!」
「今、さっき。君が卒業式に参加すると言った時だ」
こういう時に、本領発揮して存在感消して現れるの辞めて欲しい。
ニッコリと笑ったギル様。
もしかしてハンナちゃんと協力して、私ハメられた?と疑ったけど、推しの可愛さで許してしまいました。
パラパラと私の閻魔帳……もとい、ノートを見るギル様の手に、傷があるのを発見した。
「ギル様、その傷は剣ですよね?」
「ん?ああ、訓練でケガをした」
「学園内では、木刀のみで剣は禁止です。もしかして、私に関わる事でケガされました?」
不安そうな私から目を逸らすように、パタンとノートを閉じたギル様は、小さくため息をつく。
「訓練だと言っただろ。城での個人訓練だから、普通に剣も使う」
「最近、レオン様の姿も見ませんが……」
「兄上は卒業パーティーに向けて、色々と忙しいらしい」
(色々ね……遊ぶだけでなく、毎晩のように隠れ家が襲撃されてるのは、誰の指示かしら?)
私は遠慮なくギル様に近づいて、両手を掴んでチェックした。
「おい」
「失礼します」
制服の袖もめくると、幾つかの真新しい傷。
バツが悪そうに、顔を背けるギル様を睨みつける。
「防御の跡が多いのですが?」
「だから」
「武人の家の娘を、甘く見ないで下さい。これは戦闘の傷です」
「いや、だから……」
「ちゃんと、こっちを見て!」
私は背伸びして、グイッと両手で頬を抑えて私の方を向かせた。
互いの顔が近づき、視線は逃げられない。
「私は私のせいで、誰かが傷つくのは嫌です。それ位なら、私が傷ついた方がマシです」
「だから……好きな相手くらい守らせて……あっ!」
「ほあっ?」
向こうも、しまったと口元を手で隠して赤面しているが、むしろこちらが一気に体温が上昇した。
どういう事?え、聞き間違い?
何度か耳に指をいれて、ちゃんと聞こえている事を確認しても、えええーっ!
意識して理解した途端に、プシューっと張った気が抜けて泣きそうになる。
やばい、どうしよう。
何が困るって、だから……。
「すまん、迷惑だったか?」
叱られた犬みたいな顔をするので、つい両手で顔を隠して、告白せざるを得なかった。
「逆です。むしろ……嫌じゃないから、困惑してます」
「ほ、本当に?」
ギル様の声が裏返る。
私たちは向かい合って、また互いに恥ずかしくて顔を伏せてしまった。
なんとなく流れた沈黙を破ったのは、ギル様だった。
「気づいたら、ずっと目で追ってるのは兄上でなく、君だった……ダイアナ」
ギル様は、私に片膝をついた。
「駄目です!立ってください!あなたは王族ですよ!」
「ここは二人だけだ。君が好きみたいだ」
「みたい?」
「最近、気づいた」
どうしよう?という顔で、こちらを見たので、つい笑ってしまった。
「ぷはっ、ははっ、何それ」
「いや、自分でも……しかし、君の為なら、もう影を辞めてもいいかなと」
「そうですね。それだけ有能だと、いつかはレオン様にバレて、嫉妬で粛清されそうですもの」
「というより、君が言ってくれたんだ。前に出ろって」
だからそれは、入学式の列からはみ出た……って、言わない方がいい流れなのは、私でも理解している。
私の片手を取って、その手に口づけされる。
「心配しなくていい。俺が君を守る」
「それで共犯者として、互いに追放されたらどうします?」
「なら一緒に追放されよう。楽しみだな」
「あ、私は隣国に行きたいんですよ。ハンナちゃんと同じ国へ」
それから私たちは、恋の話もそっちのけで、もし隣国に行ったならと話が盛り上がった。
互いに照れを隠すように、夢中で笑って幸せで満ちていく。
あり得ない二人の未来。それでも一緒にと冗談を言ってくれた事が嬉しかった
そして一日が終わり夕日が沈むころ、私たちは下校時間を迎え馬車に乗る。
ギル様の態度は、いつも通りだ。
ただ、私を見る目が優しくなった気がする。んーでも、前からかな?
「何を考えてるんだ?」
「皆さんから頂いた差し入れの中に、あきらかに換金してねって感じの、金の延べ棒やダイヤの原石があったものですから、一応リストアップしておこうかと」
「……君は、人気があり過ぎるにも程がある」
「それらの換金を考えていたのと、あと私の人気に嫉妬とかいらないですよ?」
ちょっと悪女らしく、ウフっと言ってみたら、お馴染みの白い目をされた。あれ?
まあ高額すぎる物は、流石に私の父伝手で相手方の親に、菓子折りと一緒に返却して貰っている。
「あとは、美味しいお菓子とか小物とか、あと紅茶とか消耗品は、隠れ家のマダムに差し上げています」
「ばあやも喜んでいたが、それでいいのか?」
「はい。たとえ機嫌取りだとしても、私を気にかけて下さった心があればいいのです」
高額物の返却の本当の理由は、後々レオン様につつかれる材料になりかねない。
たった10ディナールすら制限かけるんだもの、器の小さい男。
「君に贈り物をした者たちは、機嫌取りではなく、純粋に君が好きなんだよ」
「まさか、いえ確かに心優しい人たちですから、悪さをして迷惑をかけた私を許して下っているのかも」
「ダイアナ」
厳しいギル様の声が飛ぶ。私は姿勢を正してギル様を見つめた。
向かい合う私たちを乗せた馬車は、カタカタと揺れていた。
「彼らの心や言葉を、曲解して受け取るのは失礼じゃないか?」
「曲解?」
「記録を付けたのだろう?そこに書かれているのが全てだ。誰一人として、君を罵る者はいなかった」
「そ、それは……私が怖いから……」
「君に悪者は務まらないし、演じ切れてなかったよ」
「がーん!!」
本当?え、嘘!
いやいや、確かに私はシナリオに忠実にイベントを発生させたはず。
たまに愛しすぎてオリジナルを少し追加したりしたけど、それでも……ええっ?
原作の私は皆に嫌われ恐れられ、それでも誰も文句も言えず、上辺だけ媚びられるのを、仲良しだと錯覚して……。
――あれ?
考えれば、既にシナリオは破綻している。
ハンナちゃんは恋心が芽生えなかったし、知らない講堂での断罪未遂イベまで発生した。
言われれば、私が隔離されたのだってイレギュラーだ。
あげくに、私はギル様に恋心を持ってしまった。
「そっか……ここは生きてる世界であって、小説じゃないんだ」
「時折、不思議な事を言うが、俺たちは生きてるな」
「そうですね……きっとシナリオが狂ったのは、私の責任です」
きちんと、悪役令嬢を演じきれなかったから?
でも、生まれながら前世の記憶を持っている方がおかしいのよ。
スタート開始と共に、シナリオ破綻してるんだから、私は悪くない。
「よし、自信回復した」
「君は何と戦って、何に勝ったんだ」
私はギル様に胸を張って宣言した。
「運命です!」
「……とりあえず、君は己を知るべきだ。ノートの記録を噛みしめて、理解する事を勧める。ほら、着いたぞ」
ギル様の後に、私は馬車から降りようとした。
今日は色々あったなーと、上の空で足を踏み外し、私とした事がバランスを崩す。
「危ない!」
先に降りてエスコートしようとしたギル様が、慌てて私を支えてくれた。
くれたのだが……。
顔が重なり、勢い余って唇が軽く触れあった。
「んっ?」
「……っ!ダ……ダイアナ!すまん事故だ!」
「……っあ!ああっ!」
「よし、今日もお疲れ様。ゆっくり休めよ」
パンパンと肩を叩かれ、誤魔化された。
「んっ……今の、ファーストキス……?」
私がポロリと零すと、ギル様は目を見開いた。
「兄上とは、口付けすらしていないのか?」
「レオン様とは、触れただけで妊娠しそうで、握手すら拒絶です」
「それは王族相手にどうかと思うが、そうか」
上機嫌になったギル様は、鼻歌まで歌い出した。
ここまでご機嫌なのは、初めてかも知れない。
「先程のは、事故ですよね」
「事故だが、後悔はしない、忘れる気もない」
なぜか得意げに言われたけど、人格変わってない?
浮かれ具合が凄く、私は唖然とする。
だが一人の騎士が現れて、ギル様に耳打ちした。
途端に、真面目な顔に戻ってホッとした。
「おやすみ、ダイアナ」
「はい。無理しないで下さいね」
きっと裏で、私の為に動いてくれているのだ。
あの傷が、その証拠。
無理しないで、それだけで皆まで言わなくても、聡いギル様は察してくれる。
それがとても心地よい。
「愛してるダイアナ」
去り際に早口でそう言うと、ギル様は逃げるように馬車に乗って去って行く。
残されたのは、両手で沸騰した顔を隠す私だけ。
「み、見られなくて良かった。恥ずかしすぎる」
唇を人差し指で撫でてみる。
「ハンナちゃんと違う、悶えがあるわ……」
もう脳内がショートした私は、フラフラと食事を終えるとベッドに倒れ込むのだった。




