10
なぜか二人に両腕を掴まれ、連行されたのは私の隔離されていた個室だった。
しかも、セカセカと動くメイド達が複数いるのだが?
「城から手配した。じゃあ、二人とも迎えに来るから、ちゃんと準備しろよ」
「はい、ギル様」
「いや、何これ?」
ハンナちゃんの元気な返事に被った私の問いは無視され、ギル様は扉を閉め去って行った。
そして、はりきったメイドによって、私たちはドレスに着替えさせられた。メイクもヘアも完璧だ。
流石は城専属だと、手際の良さに感嘆していると、スーツに着替えたギル様が現れた。
いつも下ろしている前髪を上にアップした姿に、私だけでなく、メイドやハンナちゃんまで見惚れる美貌だった。
「そっか……前髪で気配消していたんだ」
「違う」
即座に否定された。
「では行こう、姫君たち」
「まるで王子様みたいですね、ギル様」
「ダイアナ様、みたいではなく王子様です」
苦笑したギル様と共に、パーティー会場に到着した。
ハンナちゃんは、両親を見つけて駆けて行く。
既に人が溢れ、今年は普段より盛り上がってるみたいだった。
まあ、この後公開断罪ショーが待ってるもんね。
「ほら胸を張れ。一緒に前に進むぞ」
「勿論!」
私は一番人だかりの多い、上座を目指して歩いていく。
このダンスホールは、何度もワルツの練習で使用した事がある。
一度として、レオン様と踊った事なんかなかった。
ここに入学する以前から、あなたは私が嫌いだった。
そして……私も、あなたを愛してはなかった。
輝かしいシャンデリアの下、保護者たちも集まり、ただ一人に膝をつく。
そこにいたのは、やっと帰国した国王陛下だった。
こちらに気づくと、手招きされる。
私たちは二人揃って陛下の前に向かい、最敬礼をもって挨拶をした。
目の前のこの人が、この国最高の君主であり決定権を持つ。
「国王陛下におかれましては……」
私の口上を手で制止して、陛下は感情の読めない真顔で、私に尋ねた。
「婚約破棄したというのは本当か?」
余計な事は何一つない、シンプルな質問だ。
私は緊張して、背中にタラリと汗が流れる。
「父上、破棄を申したてたのは兄上からです。彼女に非はありません」
「黙れギル。私はダイアナ・パレスに問うておる」
騒がしかった周囲が、緊張に口を閉ざす。
皆の視線が痛い位に集中していた。
「ダイアナ、お前は婚約破棄がしたいのか?」
遠回しですらなく、逃げ場すらない質問だ。
返事一つで、全てが決まってしまうだろう。
「答えよ」
ええい、ままよ。女は度胸だ。
「はい陛下。互いの同意の元でございます」
私は目を伏せ、膝を折ったまま静かに答えた。
苦しいほどの空気が、私たちを包む。
誰も言葉を、発する事などできない。
いや、一人だけいた。
ある意味、勇者が!
「ほら父上!互いの同意なのです!」
途端に緊張が解けた。
レオン様は、金刺繍の派手な純白のタキシード姿で、同じくピンクのドレスのソーニャ様と現れた。
すでに勝利を確信しているのだろう。その顔に浮かぶのは、浮かれた笑みだけだ。
口さえ閉じていれば、理想のキラキラ王子に見えるのに、残念。
演技のかかった仕草で、レオン様は父親である陛下に礼をする。
「父上不在のうちに、破棄を決定した事については謝罪致します。ですがダイアナには大罪がございます」
「ほう……」
「その罪ゆえに、私の正義感が断罪を先走った事をお許しください」
キラキラと胸に手を当て、苦悩の表情を浮かべた息子を、陛下は相手にしなかった。
慣れてるんだろうなぁ。
「どちらから弁明する?」
陛下の言葉に私は、おやっ?と心で首をひねる。
いや、どちらの弁明って、裁かれるのは私だけだから、弁明って私側だけだよね?あれ?
片方のみではなく互いの意見を聞く形にした方が、ここにいる皆も納得しやすいけどさ。
「では、私から」
今日のレオン様は輝いてるな。ほら、引っ付いてるソーニャちゃんまで、頬を赤らめている。
断罪する気満々で、レオン様は熱弁をふるう。
その内容は、凄いものだった。
猫を虎に見せるなんて可愛いものじゃない。
存在しない壮大な物語が、レオン様によって展開されていく。
ちなみに私は、断罪確定だと覚悟は決めている。
だって、一応王族相手だよ?かなう訳ないし。
むしろいい加減、この馬鹿げた劇を終わらせて欲しい位。
「つまり、皆の前でお前に恥をかかせたのが罪だと」
「はい父上。本来、妻となるからには夫を支えるべきであり、夫の上に立つなど言語道断」
「それだけか?ところで、お前が連れている娘は誰だ」
前に出ようとしたソーニャさんに、陛下はまたもや手で制止した。
「よい、下がれ。私はレオンに聞いている」
「はっ、私の親友であり邪な関係ではございません」
きっぱりと言い切ったレオン様と同時に、周囲から大きなため息が漏れた。
そういえばギル様は息してる?またもや気配がないのだが、ああ横にいた。
「レオン、お前の言葉だけでは大罪に当たらない」
陛下のキッパリとした発言に、皆のどよめきが広がった。
だが間髪いれず、これこそが本題だとばかりに、レオン様は私を指さした。
いや、私たちを。
「父上、一番の罪は御覧の通りです!我が弟ギルと婚約者の浮気です!」
サッと私を庇うように、ギル様が前に立つ。
ちょっと、前が見えない。
周囲がざわつく中で、陛下はこちらに視線を向ける。
「間違いないか?ギル」
「はい。俺……いや、私ギル・フォン・アスタロトは、嘘偽りなく彼女を愛しています」
「ははっ!ほら、聞きましたか?父上、こいつは大人しい顔をして、兄の婚約者を寝取ったんです」
最高潮のレオン様が、飛び跳ねるように、周囲にアピールする。
「他の男と浮気する女と、兄から寝取る弟。二人は大罪であり恥です父上!」
「兄上……ご理解頂けないと思いますが、俺がダイアナと結ばれたのは、兄上が婚約破棄した後です」
「いくらでも、言い訳はできるな」
「それならば、兄上は女性の親友とやらと、一晩どころか、常に夜ごと過ごされていますが?」
「それこそ邪推だ。夜を通し、国を憂いて討論している」
嘘だという空気が生ぬるく広がるが、レオン様はまったく空気など読まない。
むしろ無敵の人は、こういう場面では強いのだと私は知った。
「お前が俺に楯突くとは……いい覚悟だギル」
「もうあなたの影に隠れるのは、辞めたのです」
ギル様が片手でパチンと指を鳴らすと、どこからか控えていた騎士が小箱を持って現れた。
恭しく、陛下に差し出しギル様は頭を下げる。
「どうか、これをご覧ください。これが真実です」
「……お前の報告だけでなく、これを見よと?」
「はい父上」
「国の存亡に関わる選択を、決めねばならん。お前に、その覚悟はあるのだな」
国の存亡と言う陛下の言葉に、周囲は凍りつく。
だが、ギル様と陛下の会話に、レオン様は意気揚々と横槍を入れた。
「ご心配なさるな父上!ギルを処刑しても、私がちゃんと国を守ります」
ドンと胸を叩くレオン様と、それを見て素敵と惚気るソーニャさんたちには悪いが、陛下たちは完全無視だ。
キラキラとした能天気なレオン様の空気などでは、ギル様たちの真剣な場は壊れない。
「ギルよ、では見せて貰おう」
箱を開けた瞬間、私はアッと口元を手で覆う。
中に入っていたのは、私のノートや貰った感謝状やメッセージ。
学園長の手帳や二年生のレポート。
その一つを陛下は手に取り、パラパラと速読する。
蚊帳の外になったレオン様が、わざわざ私に近づいて吐き捨てた。
「ほら、くれてやる。好きなんだろ?」
チャリンと足元に転がったのは、一万ディナール金貨だった。
転がったコインは、私の足元で止まる。
「這いつくばって拾え、ダイアナ」
「駄目ですギル様!」
私は咄嗟に、レオン様に殴りかかろうとしたギル様に抱きつき止めた。
これ以上ない程の怒りで、ギル様は必死で耐えている。
「落ち着いてギル様、みんなが見ています」
「止めるなダイアナ!兄上、あなたはどこまで腐っているんだ!」
「腐っているのは、寝取ったお前と、学園内で金儲けをしたその女だ!」
怖いわと、レオン様に抱きつくソーニャさんの目には、あざけりが浮かぶ。
「私はいつも、ダイアナ様やギル様に虐められていました。この野蛮さを見たら、誰が加害者か一目瞭然」
耐えるギル様が悔しくて、つい反論してしまう。
「校舎が一階のソーニャさんの為に、わざわざ三階の私たちが降りて虐めに行ったのですか?」
私の冷静な指摘に、ソーニャさんは顔を赤くして激怒した。
「そ、そうよ!暇があれば、無関係の教室まできて、いきなり水を撒いたり」
すると、どこからともなく声が飛んだ。
「それは、実験で危険な毒粉が残留していたら危険だからと、薄めてくれていたのよ!」
途端に黙っていた周りが、騒がしくなっていく。
とりあえず、気になるから足元の金貨は拾っておこう。
生徒たちの声は続く。
「ソーニャ様こそ、違うクラスの癖に、最後の一か月は三階に居座ってたじゃない!」
「それはレオン様が……」
「清掃の時も結局あなただけ逃げて、ダイアナ様が綺麗にしてくれたのよ。それだけでなく……」
次から次に、色々と暴露が出てる。余程鬱憤が溜まっていたんだろう。
けれど、それも長くは続かない。
「黙れお前たち!未来の王妃に、よくも言ってくれたな!」
途端に静まり返る中で、陛下だけは例の資料を丹念に確認していた。
華やかな会場なのに全員がここを中心に集まり、保護者たちまで見守っている。
私は慌てた。
皆に被害が行く前に、激高するレオン様を落ち着かせなくてはいけない。
「今、私のソーニャに物申した者は誰だ!」
「落ち着いて下さい、レオン様!」
「ダイアナ、お前……また邪魔をするのか!」
「兄上、皆の言葉に耳を傾ける気はないのですか?」
ギル様の言葉なんか無視をして、ワナワナと震えるレオン様は、やはり馬鹿だ。
「うるさい!指図をするな!特にお前だ、ダイアナ!」
私を指さして、全ての怒りを私にぶつけて来た。
いつもの事だ。これでレオン様の意識は、こちらに集中する。
「昔からお前は生意気だ。あげく私を敬う気持ちもなければ、女としても私を拒絶する」
そりゃあ無理強いされたら、拒絶するけど?
あえてガス抜きのために、ジッと聞くのが今までの私の役目。
「学園に入学してからのお前は、平民を虐め風紀を乱した」
「そうです!そうなんです!頑張ったんです!」
「なんで喜ぶんだ!気持ち悪い!」
すみません、つい嬉しくて。
皮肉なことに、私をちゃんと悪役令嬢として認めてくれていたのは、レオン様だけかも知れない。
「父上、もういいですよね?今見た通り、この女は生徒たちを扇動して王家に楯突きました」
どうも勝手にレオン様の脳内で、またもや妄想物語が進んで行く。
いちいち突っ込むのも面倒なので、私はまた貝のように黙るだけ。
パタンとノートを閉じた陛下が、眉間をひたすら揉んでいた。
流石は父子だ。ギル様の困った時と良く似てる。
「ギル、この告発が真実だと誓えるか?」
「はい父上。覚悟はできています、ご決断を」
二人の世界に、レオン様は必死に食らいつく。
「黙れ!ギル控えろ!父上、私に任せて下さい」
陛下はくるりと、私たちを見渡した。
パーティーのはずなのに、誰もワルツも踊れなければ、楽しい会話も聞こえない。
せっかくの思い出を壊して申し訳ない。恨むなら、次期国王を恨んでね?
このままグダグダになるのかと思われたが、私の父が痺れて動く。
うん、いつの間にか参加してた。たまに目が合うと、小さく手を振ってた。
威風堂々と父は、陛下の前に進み出た。
「失礼ながら陛下、そろそろ我が娘と当家の断罪をご判断頂きたいのですが」
「久しぶりだなパレス侯爵。色々と迷惑をかけた」
「……いえ、我が娘の役不足、大変申し訳なく思います」
「いや、婚約という名の息子の鎖を握らせたのは、こちら側だ」
どうやら私の婚約には、色々とあったみたいだが、鎖?はい?
もしかして、初めから飼育係か何かだったの?
静かに陛下は、私の方に歩いてくる。
私は浮いていた腰を再び下ろし、大人しく俯いた。




