11
「皆の者……この一か月間、この娘の部屋での話に相違はないか?」
ノートをパンパンと叩く陛下の言葉に、会場が一致して返答した。
「間違いありません!」
「嘘偽りないと、誓えるか?」
「誓えます!」
皆の揃った声に、会場が揺れる。
え?え?と、盛り上がりに乗り遅れた私は、成り行きを見届けるしかない。
「では、この感謝状は何だ」
「それは一年生一同から、ダイアナ様への感謝です!」
一年生たちが、必死で訴えた。
次に陛下は、分厚いレポートを取り出す。
「これの説明を」
「はい、それは私たち二年生が作成した実体験に基づく、対応策の計画書です」
陛下が次に手帳を取り出すと、陛下が何か言う前に学園長が前に出た。
「陛下、失礼ながら私が学園長でございます」
「ふむ」
「その手帳は、私が彼女に押し付けた物。学園で起こった問題を、メモした物でございます」
「どうして学園長は、この問題を止める事が出来なかったのだ?」
学園長は額の汗を拭きながら、震える声で答えた。
「それは、あの方が次期国王陛下となられるからです」
「私の事か!」
なぜか喜んだレオン様が、ご機嫌で会話に加わろうとした。
「学園長!ぜひとも私の活躍を、父上に伝えてやってくれ。この退屈な学園を、私の大胆な発想で改革してやったんだから」
「おかげで、今も後処理に追われています」
突然ガバッと、学園長はその場に土下座した。
「このような場で、便乗するようで大変申し訳ございません!ぜひとも、この嘆願書を陛下に見て頂きたいのです!」
「こらっ、無礼だろう!」
張りきるレオン様は、イキイキと輝いている。そして、やはりソーニャさんは、感動の目でレオン様を見ていた。
本当に、二人はお似合いだな。その愛を貫いて欲しい。
陛下は学園長の差し出す嘆願書を受け取り、目を細めた。
「ふむ、確かに学生は公平であるべきだ。許す」
「ありがとうございます!」
学園長は立ち上がると、私に向かって頭を下げた。
「ありがとうダイアナ君」
「私は何もしてないですよ」
「いいや、君のお陰で物事は進んだ。君は全ての人に勇気を与える存在だ」
どういう意味だろう?みんなイケイケになってし
まうって事だろうか?
それまで空気だったギル様が、声を発した。良かった、居たわ。
「父上、まだ確認が必要ですか?」
「国王である以上、民の声を大事にせねばならん」
顔を赤くしたレオン様が叫ぶ。
「父上、父上は国で一番偉いのですから、父上の一声で皆が従います!」
「黙れレオン、そしてギル。二人揃って並びなさい」
言われた通りに、二人が並ぶ。
かたや金髪隻眼の顔だけのキラキラ王子と、よく見れば美形なのに印象が薄い、赤毛と深い森の瞳の王子。
この国の二人の王子は、父である国王の言葉を待つ。そして、響く陛下の大きな声。
「皆の者に聞く!次期国王に相応しいのは、レオンか?」
シーンと怖いほどに沈黙が、会場を包む。
それまで笑みすら浮かべていたレオン様の顔が、醜く歪む。
その体は、見てわかる程に屈辱で震えている。
「お前たち、私を誰だと思っているんだ!私こそが第一王子であり、次期国王なんだぞ!」
どれだけ待っても、悪態をついても、何一つレオン様に賛同する者はいなかった。
怖いほどの沈黙と、痛いほどの冷たい視線。
レオン様の視線が、会場をさまよった。
保護者や生徒たち、騎士たち。誰一人として、目を合わせようとしない。
それどころか、静かに視線を逸らしていく。
蒼白になったレオン様の横には、困惑したソーニャさんがいた。
陛下は、表情一つ変えず次の言葉を続けた。
「では、次期国王はギルがいいと思う者」
たったそれだけで、ドッと会場が揺れる拍手が鳴り響いた。
割れんばかりの喝采と歓声。
流石にギル様も一瞬、目を瞬いたが、すぐに嬉しそうに目を細めた。
影か光になった瞬間だ。
「みんな、どうしてレオン様を虐めるのよ!」
崩れ落ちたレオン様に、ソーニャさんが寄り添った。
少なくとも、二人の愛は本物なのだと私が感心してると、グイッと私はギル様に引き寄せられた。
「父上、俺はもう前に出ると決めたんだ」
「そうか……そうだな」
激しい盛り上がりの中で、陛下は笑った。
そして声を張り上げ、皆に宣言した。
「皆に告げる。静まれ!」
途端に、ピタリと会場が落ち着いた。
皆が固唾を飲んで、陛下の言葉を待つ。
「レオンの婚約を破棄とする。そして、パレス家及び娘の悪行とやらは冤罪とする」
わぁーっ!と、一瞬盛り上がりかけたが、陛下が言葉を続けると、また静かになった。
「今ここで宣言する。レオンは王子の資格を剥奪し、辺境での幽閉及び反省として労働を課す」
「そ、そんな!父上、何を……」
必死で陛下の足に縋ったレオン様は、涙目になっている。
彼にとっては、天地がひっくり返ったような出来事なのだ。
だが、ギル様は冷たい目でそれを見つめていて、私は何も言えなかった。
「ギルを次期国王として認定し、ダイアナ・パレスとの婚約を承認する。これでいいな?」
「はい、父上」
そう問いかけられたギル様は、私をみつめてこう言ったのだ。
「彼女と二人で、前に進んで行きたいと思います」
会場は今度こそ祝福の声に包まれた。
これでもかと皆の祝辞や、各場所で喜びの踊りが始まった。
てかハンナちゃんが、小鹿みたいに跳ねて踊って、可愛い!
フラフラとハンナちゃんの所に向かった私は、捕まえられた。
「こらダイアナ。君は俺と踊るんだ」
「えーっ」
「えーっじゃない。パーティーではパートナーと踊るものだろ?」
私の手を取り、中央でワルツを踊る。
優しいリードと、軽やかなステップ。
学友たちも、くるくると同じリズムで音に合わせて身を任せた。
とても楽しくて、つい笑ってしまう程だった。
「なんで笑うんだ」
「だって、一緒に旅行に行けなくなりました」
ケラケラとステップを踏みながら茶化す私に、ギル様も答えてくれる。
「そんなの、新婚旅行で行けばいい」
「ほえ?って、きゃあ!」
驚いた私がパランスを崩しそうになると、アドリブでギル様が私を抱えて大きくターンした。
宙に浮いた私は、驚くよりも楽しくて二人で笑いあう。
そして一曲目が終わり、息を整える。
いやあ、いい汗かいたわ!
踊り終わって、さあ何か食べようと周囲を見渡すと、トントンと背後から肩を叩かれた。
振り返ると、心臓が止まるかと思った。
「今度は私と踊ろう、ダイアナ」
そう誘ってきたのは、国王陛下その人だったのだから。
流石に父親にまで嫉妬できないギル様は、渋々と私を手放す。
そして、不思議なペアのワルツが始まった。
二曲も踊るの?じゃなくて、どうしてこうなった?
陛下のダンスは慣れたものだった。流石は年の功だ。
安定したステップで、私たちは踊る。
「君には聞いて貰いたい。レオンと数か月違いのギルの話だ」
ポツポツと小声で教えてくれたのは、二人の仲の悪さの理由だ。
レオン様の母、今は亡き王妃さまは、数か月差で別の女が出産した事を知って怒り狂う。
(そりゃ、そうよね)
踊る私たちを避けるように、踊る者たちは距離をとり、やがて私と陛下のみの舞台となった。
てか、踊りながら昔話されてるから、逃げられない!
他国の王族出身の王妃を、陛下は宥める事しかできなかったそうだ。
傲慢で実家の力を盾にされ、何度も王妃の実家の大国から、無理難題を押し付けられた。
(お父様が、昔は外交が大変だったと愚痴ってたわね)
王妃は国王を無視して、一人息子に没頭していく。
甘やかし全てを許され、レオン様が少しずつ歪んでいくのを見て、陛下は一考を案じた。
そして、幼いながらも大人びたと評判の私なら、子供同士なんかしてくれるだろうと、婚約を勧めたらしい。
って、ちょっと。前世の記憶があるから少し大人びてるだけで、子供に子守りさせないでよ!
と言いたいのを我慢して、ひたすらブツブツと呟く陛下の愚痴……もとい、回想を拝聴する。
今まで全てが思う通りだったレオン様に、初めて従わない人間が現れた。
それか、わ・た・し・です!
そのうち私たちが成長するにつれて、互いの仲が悪くなっていく。
そして王妃が病で突然死したのをきっかけに、ギル様たち母子を城に連れ戻す事にした。
「既にギルの母はなく、ギルは命を狙われる日々のせいか、自らの存在を影にしてしまった」
陛下の言葉から、後悔が滲み出る。
踊りつつチラリと見ると、ギル様は腕を組んでジッとこちらを見つめていた。
そして、会場の隅で騎士たちに囲まれて座り込むレオン様。
必死でソーニャさんは、騎士たちに怒鳴ってる。
「レオン様は、宜しいのですか?」
あえて聞いたのは、国王としてより父親として懺悔してる気がしたからだ。
息子は二人、その責任を父が背負うのは当然だ。
寂しそうに、陛下は笑った。
「私は父親である前に、国王だ。レオンはもう駄目だ」
「確かに、困った人ですけど。まだ駄目と決めつけるのは、早いかも知れないですよ?」
そう、レオン様はちゃんと学べなかった人なのだ。
これから誰か側に寄り添ってくれれば、彼も変わるかもしれない。
そして今、レオン様の側には、断罪されても寄り添う人がいる。
考えれば彼女だけは、私ではなく最後までレオン様を選んだのだから。
「情けない親だと、笑うか?」
陛下の言葉と同時に、ダンスは終わる。
私は首を横に振る。
「いいえ、陛下。王妃さまの機嫌を損ねれば、かの国の機嫌も損ねたかもしれません。情勢が厳しい時代の中で、陛下はこの国の為に、最近まで外交に励んでおられます」
私はドレスの裾を持ち、優雅にカーテシーで陛下に微笑む。
「ギル様を私に与えて下さって、ありがとうございます」
ポカンとした陛下は、途端に声をあげて笑い出す。
こうしてパーティーは終了した。




