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今朝は私一人で登校した。
さて、折り返しの三週間目に突入したが、門に入るなり学園長が現れた。
場所は皆が通る校舎前の噴水で、通学する生徒たちの注目の的となる。
緊張した面持ちの学園長が、汗を拭きながら私を呼び止めた。
「ああっ、あの、学園内で金銭のやり取りは禁止されているんだが」
「寄付です」
「いや、寄付だとしても……ううむ。あの」
しどろもどろの学園長の背後から、レオン王子がツカツカとこちらに近づいて来た。
キラキラと笑顔を浮かべ、金の髪は太陽の日差しで眩しいほどだ。
だから、目を瞑って見なかったフリをしたかったが、向こうから来たからには仕方ない。
「元気そうだな?反省したか?」
「いえ、まだまだ未熟者ですわ」
腰を低くして、カーテシーで敬意を払う。ただし殺意は消えてないからな。よくも、ハンナちゃんを!
だが、ふと気づく。
レオン様は、こんなに意地の悪い目をしていただろうか?
後ろから現れた女生徒が、クスクスと笑う。
ソーニャさんを見て何かパズルがハマった気がした。
急にギル様の真剣度が増した理由をだ。
なるほど……。
彼女の家からすれば、陛下の婚約破棄の宣言がされない限りは、私は形式上とはいえレオン様の婚約者。
あちらの家からすれば、自分の娘を未来の王妃にするには、私が邪魔である。
格下の伯爵家。けれどレオン様が、ここぞとばかりに手を貸していたとしたら?
(自分で動かずに、人にさせるのが大好きだもんなぁ、レオン様って)
冷めた目で観察している間に、どや顔で色々と罵られていたが、右から左に聞き流していた。
「どれだけ足掻こうとも、お前が皆に迷惑をかけ、尊い私に恥をかかせた事を反省しろ」
「はい」
「あげく何だ?小銭を稼ぐ卑しい行為、どこが侯爵家令嬢だ。お前の家は元々野蛮な一族だがな」
「はい」
「お前が邪推した平民のハンナ嬢も、あえて私が保護していたのだ」
ここでやっと、私は怒りで顔をあげた。
私や家族はいいのよ?でもハンナちゃんの事は、聞き流せない。
嫌になる程見てきた、ニヤついた顔がそこにあった。
「お前がどう誤解していたか知らんが、ハンナ嬢は私の恋人ではない」
「では、今レオン様の側にいるソーニャ・ウェルダム様とは、どういうご関係ですか?」
私の凍り付いた声にすら、事前に返答を準備していた王子は、周囲の皆にきかせるように高らかに言った。
「彼女は、私の心労を心配して相談に乗ってくれている親友だ」
私だけでなく、周囲も一斉に脱力した。
どこをどう見ても、親友じゃないだろう。
「レオン様……親友は結構ですが、男女で腕を組むのは、親友の域を超えているのでは?」
「男同士でも肩を組む。お前は男女差別をするのか?」
斜め上の論点ズラシに頭痛がする。絶賛絶好調のレオン様に、私はどう対処すべきか思案していると、騎士との打ち合わせで遅れたギル様が現れた。
そして、なぜか私を庇うように前に立つ。
私の視界には、大きな背中と炎のような赤い髪だけ。
「兄上!このような目立つ場所で、何をなされているのですか?」
「おやギル、お前の入れ込んでいる罪人が、生徒相手に金銭を巻き上げているらしく禁止した」
「学園の規則では、寄付は禁止されておりませんが?」
「風紀を正すのも私の役目、これは次期国王の命令だ。それと……」
私は前に立つギル様に遮られて、何が起こっているのかわからない。
だけど、声だけでわかる。
「お前が私の前に出る意味が、わかっているのか?」
ゾクリとレオン様の声に、私は背筋を凍らせた。
これは、本気の時の声。
レオン様は、はっきりとギル様を敵として認識しようとしているのだ。
王家が分裂するのすら構わずに、いやその考えすら及ばないのだろう。
「せっかく助かった命を、こんな女の為に捨てるのか?」
「……おっしゃっている意味が、わかりかねます。父上より届いた書簡を、兄上はご覧になられましたか?」
唐突なギル様の問いかけに、空気が一瞬で変わった。
「なっ、なんでお前に、父上の書簡が!」
「兄上にも届いているはずですが、ここ数日は城にお戻りではないみたいですね」
「違う!俺はあれだ!庶民の生活を見る為に、視察を兼ねてだ!」
「はぁ……ともかく歓楽街は警備も難しいですから、自重して頂かないと」
「うるさい!」
レオン様が、ドスドスと足音を立てて去って行く。
てか、何してんのあの馬鹿。もう王子すら勿体ないよ、馬鹿でいい馬鹿で。
「皆も、授業が始まるぞ」
ギル様にパンパンと手を叩かれて、やっと周囲は我に返る。ああギル様だった。ギル様だよね?え、あのギル様が?
そんな生徒たちの戸惑いを残しつつ、一日が始まった。
さて、問題は10ディナール制を禁止された私である。
「うむむ……拝聴料は強行できなくはないけど、ギル様の立場を悪くするし仕方ないか」
以前なら、別に気にする必要もなかったギル様には、恩が出来てしまった。
私は渋々と、扉の前に貼っていたポスターを剝がす事にした。
「では生徒たちの予約はどうしますか?期限終了まで埋まっているのですが」
「ちゃんと最後までやり遂げますので、そのまま通して頂戴」
部屋に入り、私は豚ちゃんをいつもの癖でポンと置く。
今日も机の上に、パンの入った紙袋が置かれていた。
私はそれを手に取り、小さく微笑む。
「ありがとう、ハンナちゃん」
私はパンを噛み締めながら、旅行カタログと共に、ゴシップ雑誌をペラペラとめくって時間を潰した。
『レオン殿下ご用達の、大人の社交場!』
「スクープどころか、いかがわしい店の連載記事になってるんですけど」
パタンと静かに、雑誌を閉じた。うん、もう関係ないし。
そうこうしていると、午前の部の生徒が現れた。
「あ、僕ら二人でもいいですか?二人までいけるって聞いたんで」
「ええ、どうぞ」
彼らは下級生で、モジモジと互いに顔を見合わせた後、こちらにそれぞれ小箱をくれた。
「これ餞別と、お祝いです」
「お祝い?」
「はい、あの王子からの解放祝いです」
「あ、ありがとう」
これだけ王子の評判が落ち切っているなら、王家もどうしようもないんじゃない?
「金銭がダメというなら、僕らは換金しやすい贈り物にしました!」
「俺もです!たまたま家に転がっていた不用品を入れました!」
「ありがとう。でも、小箱がジャラジャラ鳴るんだけど?」
「気のせいです!」
良くわからないままに、私は受け取った。
彼らに私への苦情がないか確認したが、むしろいなくなる寂しさが罪だと訴えられた。
でもまあ、卒業するし?もしかしたら国外追放だし?
次の生徒は、女子生徒でクラスメイトの一人だった。
「寂しくなりますわね。どちらかに旅行に行かれるとか?」
「いいえ、国外追放なのよ」
「国外でしたら、ぜひロープレ国をお勧めしますわ。以前にダイアナ様に頂いた、砂糖菓子の名産地ですの」
なぜか旅行話で盛り上がったあげく、彼女は終わりの時間になると立ち上がり、いきなり演技が始まった。
「あら、眩暈が……あらあら」
とワザとらしくよろけて、豚ちゃんに手が触れた途端に、チャリン。
「ん?」
「ふふっ、私最近、手品にハマっていますのよ。ダイアナ様が以前見せてくれた手品に、感銘を受けましたの」
こうして彼女は、満足して去って行った。
豚には、手品で出された10ディナールが入っている。
それより前に貰った小箱にも、きちんと10ディナールずつ入っていた。
「これは……ギリセーフ?」
面倒なので、私は黙っておく事にした。
そして昼休憩のチャイムが鳴った。
「というわけで、クラスメイトの彼女は、手品にハマっているそうです」
「君は本当に、今まで何をしてきたんだろうね?」
「私も最近、ちょっと過去の自分がわからなくなりました」
はぁとため息をつき、向かい合って昼食をとりながら、ギル様へ報告タイムだ。
食べ終えて、朝のデザートパンを取り出した。
今日は、色とりどりの小ぶりのタルトだった。
「ギル様は、キウイとメロンとカスタードの、どれがいいですか?」
「あまり甘くないのがいい」
今日はパンを食べてくれるんだと、意外に思いながらも、私はキウイを差し出した。
彼は一口食べて、頷く。
「うん、美味い」
「ハンナちゃんが、こっそり差し入れしてくれてるんです。感謝ですね」
「そうだな」
ハンナちゃんに会いたいな。毎日スリスリしたいし、動き回る彼女を愛でたい。
だけど、今やっとレオン王子の呪縛から逃れられたのだから、私と関わる事は得策ではない。
「お前に頼みがある」
「ノートを貸す以外でしたら、いいですよ」
私が先手を打ったので、ギル様は黙った。
ここに籠ってずっと、私は生徒たちの声を帳簿に記載してきた。
最初は、私の罰がきちんと実行されている証拠に、記録を取り始めた。
なのに、記載されるのはレオン様への不満ばかり。
だからこそ、これが最大の武器となり最大の弱点になる。
「このノートは、私を信じて訴えてくれた内容です」
「それがあれば、父上も兄上を間違いなく処罰してくれる」
「駄目です。失敗すれば、ここで話をしてくれた皆さんに迷惑がかかります」
静かな昼下がり、まもなくチャイムが鳴る。
生徒たちが教室に向かう時間だ。
私を見つめるギル様の視線から、私は目を逸らさなかった。
「戦うなら、人に頼らず堂々とです」
「……わかった。確かに、覚悟がまだ足りなかったな」
ガクリと肩を落とされ、私は慌ててフォローする。
「そ、そういえば今朝は別々だったのと、少し遅れたのはどうしてですか?」
「……君には関係ない」
「拗ねないで下さいよ。あれですか?もしかして刺客が出たので、後処理してましたーとか?」
「うっ……」
タルトを食べていた最中のギル様が、喉を詰まらせた。
私はドンドンと大きな背中を叩きながら、水を飲ませる。
「ある意味わかりやすいですけど、なんなら我が侯爵家を使います?」
「コホッ、君の家を利用したら、間違いなく戦争か内乱に突入しそうだ」
「頼もしいのに」
「否定はしないが、加減を知らないんだ。君の家は」
褒められて嬉しい。と喜びつつ、どうも雲行きが怪しくなってきた。
午後をこなし、今日は色々あって疲れたなと、ギル様と帰宅しようと馬車に向かう。
なぜか門の付近で、これ見よがしにイチャつく二人がいた。
「罪人の連行、ご苦労様な事だなギル」
「兄上は、何をしておいでなのですか?」
レオン様の腕にしがみつくのは、例のソーニャさんだ。
これでもかと勝ち誇った顔に、微笑ましくすらある。
この子は単純で可愛いなと、私はガンバ!と心で応援した。
「おいダイアナ。今どんな気持ちだ?」
あざ笑うレオン様に、私は目を細めて苦しげに答える。
「眩しくて、辛いです」
「ははっ、そうだろう!やっと私の偉大さがわかったか!」
違う、レオン様。夕日が逆光して眩しい眩しい!
私が目を細めていると、なぜかギル様が私の肩を抱いた。
突然の行動に、私の胸がドクンと跳ねる。
「へっ?」
「では失礼致します兄上」
そのままギル様にリードされて、馬車に向かうかと思われた。だが前を通過した時に、レオン様が嫌な笑みを浮かべた。
「俺のお古はどうだ?お前には、お似合いだなギル」
「……父上が戻られたら、ぜひ彼女を引き受けさせて頂きますよ」
「ははっ、ならお前も国から出ていくという事か。愉快で仕方ないな」
馬鹿が笑っている隙に、私たちを乗せた馬車は走り出す。
「また、どうして馬鹿……じゃなく、レオン様を煽るんですか!あれ、ワザとですよね?」
「馬鹿だから、煽って調子に乗らせた方が、案外扱いやすいもんでな」
窓に肘をつきながら、軽く自分の兄を馬鹿呼ばわりしたギル様に、私は開いた口が塞がらない。
だが、ここだけはきちんと釘を刺しておかねばと、私は気合を入れた。
「冗談でも、私を引き受けるなど言ってはいけません」
「……」
「聞いてますか!」
「俺はな?ダイアナ」
ジロリと深い緑の目で睨まれた。私は姿勢を正す。
「俺はずっと、影のつもりだったんだ。気配を消して、目立たぬように地味に生きるのが、俺の唯一残された生き方だと思っていた」
「それは……継承権を巡る争いに、巻き込まれない為に?」
「そうだ。俺は、何度も命を狙われた。お前を匿っている家も、その名残の一つ」
レオン様の母君である王妃様が、他の女に手を出した国王陛下と険悪になり、城は荒れた。
母子ともども命を狙われ、ギル様たちは城から逃げ出した。
王妃様の突然死により、やっと城に戻れた時には、ギル様の母も亡くなっていた。
この人は、生きる為に自らを消したのだ。
「君が、俺を見つけたんだ」
「えっ?」
「入学式の日、俺は誰にも存在すら気づかれない中で、君だけが俺を見つけた」
「……ああ」
言われてみれば、確かに思い出した。
地味に隅っこに隠れていたギル様に、密かに挨拶に行ったのは確かだ。
「あの当時、私はレオン様の婚約者でしたし?義理の弟になるのなら一応は……」
「君以外は、誰も俺の存在すら気づいてなかったのに?」
「ははっ、まさか……あれ?そういえば確かに?」
もしかして、密かにレオン様の側に居るのが役目とか言ってたし、私邪魔した?
あれれ?と指を口元にあてて困惑していると、スッと向かいから手が伸びた。
「ひぇっ」
手の甲にキスをされ、あまりの突然の行動に心臓が止まる。
一気に血圧が限界突破だ。
バクバクと硬直していると、クスリと笑われた。
え?この人こんなにイケメンだったっけ?あれ?
「君は笑って言ったんだ。もっと前に出た方がいいと」
「いや、それは……」
感動している所申し訳ないんだけど、列からはみ出ていたので注意しただけなんです。
言い出せない、何か遠い目してるし、何この展開?
「君が何かを狙って、いつも騒ぎを起こしていたのも見てた」
「まあ、一応悪役令嬢を目指してましたから」
私は気恥ずかしさからスッと手を引き戻し、教えてあげた。
「悪役の令嬢です。つまり、私はハンナちゃんを虐めて、レオン様と結ばれる為に頑張ったんです」
「なぜ、そんな事を?」
「それがハンナちゃんの、幸せだと信じていたからです」
ガクリと私は落ち込む。
「だけど、そうじゃなかった」
「そうだな」
「可哀そうな事をしてしまったわ」
「大丈夫、君は彼女に嫌われてない」
「本当に?」
私は顔をあげて、今度は私からギル様の両手で握った。
目を輝かせ、私は身を乗り出す。
「私、ハンナちやんと仲良くやっていけますよね?」
「ああ、君は確かにお節介だったが、ちゃんと反省できただろ?」
「はい!レオン様はちゃんと地獄に叩き落します!」
「どうやって?」
私はフンフンと鼻息荒く、教えてあげた。
「以前お話しましたが、押し倒されそうになった時に胸も触られたんです。股間を蹴ってやったんですが、今度は潰します」
「……あいつ」
「心配しなくても、ちゃんと仕留めますから」
何かギル様を刺激したらしく、かつてない怒りの表情で歯を噛み締めている。
あれ?この前は笑ってくれたのに。
これは勘違いさせたかな?
「ギル様にはしませんよ」
「当たり前だ」
馬車は隠れ家に到着した。
私が降りようとしたら、かつてない低い声で確認された。
「押し倒された時に、他に何か兄上にされたか?」
「ん?いいえ。あの一撃で、決定的に仲が悪くはなりましたけど」
「あと少しだ、ダイアナ」
扉が閉まる前に、彼は言った。
「俺が守るから、大人しくしていてくれ」
パタンと扉が閉まるなり、馬車は去って行く。
ボーッと私は言われた言葉を、何度もはんすうした。
脳内が拒絶して入って来ないが、どうやら生まれて初めて家族以外から、守ってやると言われたみたいだ。
胸の奥がくすぐったくて、でも嬉しい気持ちで私は家の中に入った。
ここ最近、真夜中に護衛騎士たちが何かと戦っている音も、今夜はそれ程気にならずに眠れた。
(だって、守ってくれるって言ったもの)
ウフフと笑って、私は朝を迎えた。




