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「何してのよ馬鹿王子ーっ!」
慌てて部屋を飛び出して、窓下の裏庭に向かおうとしたが、騎士に止められた。
だが、興奮した私は必死に先に進もうとする。
「止めないで!」
「落ち着いて下さい!」
私たちが押し問答していると、フラリと長身の赤毛が現れた。
「どうした?」
「ハンナちゃんが!馬鹿王子にぶたれたんです!」
察したギル様は、小走りに窓を見て頷いた。
「わかった。君はともかく馬車で待て」
「いえ、私を行かせてください!」
コロスコロスコロス……絶対に、あの馬鹿を仕留めてやる!
暗黒に堕ちた私を察したギル様が、私の頭をポンポンと叩く。
「ちゃんと保護するから、任せろ」
「任せて下さい!私は父から、痛めつけ方は会得しています」
「君は一応令嬢なのだから、大人しくしててくれ」
「それを言ったら、ギル様こそ王子と対立してはいけません!」
私の言葉にギル様が硬直する。だけど、私は続けた。
「私を利用して、レオン様を失脚させるんですよね?でも、これ以上の肩入れは危険です。ましてや平民のハンナちゃんを庇うのは、やり過ぎです。確実に、レオン様に攻撃されます」
「……だが、ダイアナを行かせるわけには……」
「ハンナちゃんは、私の推しです。私が助けないと!」
「だから、どうしてそこまで肩入れするんだ!」
「彼女だけが、平民だからです!」
ハッとした顔で、ギル王子は私を見つめた。
なので私は胸を張る。
「推しへの愛は、至高にして最高!」
「よし、馬車で待っていろ」
私はズルズルと騎士に連行され、一人馬車で待機させられた。
馬車の扉には、複数の騎士がいる。
流石に彼らを倒す自信もなく、まだかまだかと私は気が気でない。
そしてやっとギル様が現れた。
しかも念願の同行者を連れて。
「ハンナちゃん!」
「ダ……ダイアナ様!」
私は、馬車に乗り込んだハンナちゃんに飛びつく。
ああ、柔らかい!いい匂い!フワッとバニラの匂いはパン屋さんの娘だから?
ああ幸せ!ちょっと小柄で、緑の目がウルウルと滲んで……ん?
そう、白いモチモチスベスベのハンナちゃんの左頬が赤い。
これは……。
「レオン・フォン・アスタロトめぇええええ!」
「これ以上は、俺でも不敬と言わざる得ないからやめろ」
ため息をついたのは、私の向かいに疲れた様子で座りこんだギル様だった。
彼は私が憤る前に、制止するように畳みかけた。
「ハンナ嬢は、兄上とは先程破局した。よって一応警備はつけるが、今後は兄上も手出ししないだろう」
「なんて事!シナリオはどうなるの!」
いや、落ち着け私。何かがおかしい。
いや、元々おかしい。あの講堂の事件から大きく狂ってる。
「兄上は、あくまで君から彼女を庇う自分に酔っておられただけだ。そして、君が隔離された今、彼女を庇う必要もない」
「くっ……私のせいで」
「それに、そもそも彼女は、兄上に恋心などないみたいだが?」
「そんな!そうなのハンナちゃん?」
え?ヒロインだよね?王子と結ばれてハッピーエンドだよね?
だけど、私の腕の中のハンナちゃんは、小さくコクリと頷いた。
私の頭がガツンと殴られたように、ショックで停止した。
「嘘……え?」
「ずっと君が、彼女と兄上を恋仲にさせようと画策していたのは知ってる」
「し、知ってる?」
「俺は兄上の影だからな。学園内で兄上を見守るのも役目だが、そうするとダイアナ、君の動きも良くわかる」
「影のわりに薄いから、わかんなかった」
「薄いは余計だ」
それよりも、私はなんて事をしてしまったんだろう。
もしかしてこの世界は、あの小説の世界ではない?
いや、どこかでズレて別物になってしまったのか?
「私、ダイアナ様を見てたんです」
「ハンナちゃん……」
「ずっと憧れていて、いつも私を気にかけて頂いて……」
ホロホロと涙を流す。
「他のみんなと違って、私だけ汚れたシャツで登校してしまった時は、水をかけられて」
「そうよ、私はヒドイ事をしたの」
だってい悪役令嬢だもの。ヒロインを虐げて、シナリオを進めるのが役目。
それが、ハンナちゃんの幸せの道だと信じて。
「そして、絹のシャツを私に着せてくれて、中古だからと下さいました」
「違うわ!平民の着た服なんか、いらないと言ったのよ」
「その後に、数枚の上等のシャツまで届けて頂きました」
「施しよ!哀れで、見ていられなかったの!」
そして推しへの貢物です。本当にありがとうございます。
次の日から、そのシャツを着てくれたハンナちゃんに、私は喜びのあまり悶絶した。
そのハンナちゃんが、私の横にいる。
そして、真剣な目で私を見つめた。
「どうして私を、レオン殿下と仲良くさせるのかわかりませんでした。でも、私が仲良くなったら、ダイアナ様のお役に立てるならと……役立たずでごめんなさい」
「ハンナちゃん……」
ああ、そうか。
この子が王子を見ていたのは、私を思って心配して、王子の挙動を観察していたんだ。
私の側によく現れたのも、同行していた王子目当てでなく、純粋に私に会いに来てくれていたとは。
「なんて……なんて、恐悦至極……鼻血でそう……」
「大丈夫ですか?」
「あっ、そうだ。いつもパンをありがとうね」
私はやっと、秘密の差し入れの主に礼が言えた。
ハンナちゃんは、プルプルと顔を赤くして俯いた。
「あ、あんな物しかなくて、すいません」
「何を言ってるの!ハンナちゃん家のパンは世界一よ!」
「以前に、ダイアナ様がお世辞でも誉めてくれたのが嬉しくって」
「お世辞じゃなくて、本当に美味しいの!」
この可愛い小さな体で、朝からパンの仕込みを手伝い、懸命にパンの研究をしているのだ。
つまり、あのパンはハンナちゃんの血肉であり、ハンナちゃんの全てであり、むしろパンはハンナちゃんと言えるのではないだろうか?
「落ち着けダイアナ。鼻息が荒い」
馬車が停車し、ギル様が私たちを見つめた。
「という訳で誤解も解けた事だし、兄上も新しい女が見つかったので、もうハンナ嬢を相手にする事はない。心配するな」
「やだっ!だったら、これからは会いたい放題ね!」
「ダイアナ、君の前向きさは驚嘆に値するが……ともかくわかったな?」
ギル様の返事に、私は満面の笑みで即答した。
「はい!」
名残惜しいが、ハンナちゃんを自宅で降ろし、ギル様と二人で次は私の家に向かう。
はずなのだが?
「どこに向かってるんです?」
「事情が変わった。ハンナ嬢はもう無関係だが、君はより危険になった」
「まあ、後ろからずっとついてくる、怪しい馬車もありますしね」
あーあ面倒だなと、私は伸びをする。
ギル様は、視線を私から逸らさない。
「君は、もう少し自分を大事にすべきだと思う」
「大事にしてますよ?」
「そうか?それにしては、他の者のために働き過ぎだ。
私は小さく、コテンと首を傾げた。
「まさか」
「わかっているのか、自覚がないのか……ノートの内容が全てだろ?君は悪行など一切していない」
「いいえ」
私は悲しげに笑う。
「ハンナちゃんを、レオン王子にあてがおうとしました」
「それは……」
「ハンナちゃんはレオン様に傷つけられました。それもこれも……」
私はグッと拳を握る。そして突き上げた。
「あの馬鹿のせいです!」
私だけが悪いなんて、絶対に言うものか!
私の推しを痛めつけた罪は、万死に値する!
一瞬呆気にとられたギル王子が、すぐさまお腹を抱えて笑い出した。
「あはははっ!ダイアナの逞しい所が好きだな俺は」
いきなり好きと言われて、私は慌ててしまう。
「好きとか、ちょっと!誰かに聞かれたら誤解されますよ!」
「別にいいさ。君を見ていて、俺も救われた一人なんだ」
「は?」
「ほら、着いたぞ」
なぜか見知らぬ、小さな家に降ろされた。
ここはどこ?
「ここは、俺の隠れ家の一つ。母方の持っていた物件の一つだから、兄上も知らない」
玄関を叩くと、老婦人が現れた。
「お帰りなさいませ、殿下」
「では彼女がそうだ。宜しく頼む」
「はい、お任せ下さい」
どうも私は、お任せされるらしい。
展開が急だが、なんとなく理解した。
「避難する程ですか?暗殺の撃退だけなら、我が家でも対応可能ですが?」
「それで君の侯爵家ごと、万が一制裁を喰らうのは割に合わない。この家で君だけなら、監視も保護も容易い」
どうも私の意見は、採用する気はないみたいだ。
きっぱりと意見を貫くギル様は、間違いなく王族だと改めた。
存在感が薄いのに、イザとなったらちゃんと説得できるじゃない。
そこにはレオン様と違って、責任感とか信用力が加算されてるからだけどね。
「俺もここに昔、数年間暮らしていた。彼女は俺の乳母だから、心配せず残り二週間を過ごすといい」
「では、家族に一度連絡だけは……って、もうしてますよね?」
割と有能なギル様は、当たり前だと手紙を差し出した。
そこには、楽しんでおいでという、家族のメッセージが記載されていた。
「では、また明日」
去ろうとしたギル様の背に、私は最後に大きな声で伝えた。
「引き返す気がないなら、胸を張って堂々と貫いて下さい!」
彼は何を言われたのかわかったのだろう。
振り向きもせず、片手をあげて去って行った。
(私には人の為に働きすぎとか言って、自分もじゃない)
さてと、私は世話になる夫人に、ニッコリと微笑んだ。
対してあちらも、ニッコリと微笑み返してくれる。
「ではお嬢様、鶏肉のグラタンが出来てますが、お好きですか?」
「大好物よ!」
既にリサーチ済みだったのか、私の荷物も運ばれており、食事もインテリアも私好みに整えられていた。
しかも、必要な私物は、きちんと新たな部屋に用意されている。
どうやら、私の家族も協力したらしい。
豚の貯金箱をひっくり返し、売上袋にジャリジャリと入れる。
「んー、よし決めた」
私はフカフカのベッドに入り、明日からハンナちゃんに償いをする事を誓った。
彼女の件に関しては、王族が平民をぶった程度では罰せられることはない。
むしろヘタに持ち出すと、ハンナちゃんが不利になる可能性が高い。
(でも、絶対に許さないからねレオン王子!)
メラメラと怒りを身に宿し、私は次の日を迎えた。




