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その晩の夕食時、私は家族に学校の出来事を報告する。
「という訳で、暗殺が本格的になれば、この家を出るかも知れません」
私の言葉に、両親も弟も殺気づく。
「あなた、戦争よ。戦うしかないわ!」
「父上、僕も弓で参戦させて下さい!」
「まてまて、お前たち、私一人で十分だ。ダイアナ、心配しなくても私が守ってやる!」
「お父様……みんな」
家族の優しさと、まっすぐな無謀さに感動して涙が出そうだ。
まあ父は、わかったうえでノリノリな気がするが、まあいい。
「学校にいる間も、監視という名の護衛もいますし、安心して下さい」
こうして日々が過ぎ、一週間が過ぎた頃の出来事。
毎日に慣れて来た私は、待機時間は漫画を持ち込んで楽しんでいた。
生徒が訪れる休憩時間まで、まだ余裕があるなとチラリと時計に目をやった。
「いい加減、そろそろ私の悪行を罵って貰わないと、ただのカウンセリングよね」
生徒たちからは、一週間過ぎても罵り一つ出なかった。
どれだけ私が「もっと、ほら頑張って」と言っても、逆に「なんて健気な」と不思議な返事をされる始末。
扉がノックされた。
あれ?まだ授業中だけど……でも、騎士たちが通すという事は危険はないはずだ。
「どうぞ」
入って来たのは、元担任の教師だった。
心配そうな顔で、私の執務机の前に立つ。
「元気そうだね、良かった」
「はい、先生も。何か御用ですか?」
「ここは、時間制で話を聞いてくれると聞いたんだが?」
はい?
「いえ先生もご存じですよね?私は、迷惑をかけた悪行を罵られるためにここにいます」
「君が、そこまでの罪だとは思わない。我々、職員一同も、陛下に抗議文を送る準備をして……」
「あ、辞めて下さい。レオン様は根に持つタイプなんで」
私の言葉に、先生も大きなため息をつく。
「レオン殿下もなぁ……。なんでギル殿下が後継者じゃないんだろうね」
「あ、不敬罪になるんで、それ駄目です」
それから先生は、ひたすらレオン王子の事を愚痴っていく。
よっぽど溜まっていたんだろう。止める事も出来ず、私はただ相槌をうって聞き終えた。
「やはりダイアナ君だ、ありがとう」
「いえいえ、はい40ディナールです」
「君もこれから大変だから、100ディナールを……」
「あ、駄目です。ちゃんと金額を守ってください。お気持ちだけ頂きます」
なんだかわからないままに、スッキリ顔の先生を見て、私も嬉しくなった。
それと同時に、レオン様の化けの皮の薄さに、この国の未来をちょっとだけ憂いたのだった。
待ち望んだお昼ご飯は、なぜかギル様が配達するようになっていた。
「なぜ?」
「一応、責任と君の確認だな」
持ってきてくれた学食を、二人で向かい合って食べる。
しんみりとした空気が流れるが、食事は美味しかった。
思い返せば、ギル様とは三年間ほぼ接触はなかった。
もともとレオン様とギル様の仲が悪いのもあるが、ギル様自身の存在感が薄すぎるのだ。
いや本当に、気配もなければ空気みたいで、ある意味どこかの隠密かと思える特技。
本人の顔立ちはいいのに、地味な空気を醸し出し、王子と言われても首をかしげてしまう。
「何が言いたい」
「いえ、何も」
でも話をしてわかる。
この人は自分の存在は悟られないのに、人を観察する目は鋭い。
しかも割と頭も回る。どうして兄にも、それを仕込んでくれなかったのか。
「何だ?」
「何でもないです」
食事を終えて、午後の部となる。
そういえば、知らない間に騎士さんが、受付制度を実施してくれていた。
並んで順番が来ない生徒を見かねたそうで、大変申し訳ない。
ともかくこれで、じっくりと罵って貰える体制は整った。
「さあ、どうぞ!」
「本当に、意地の悪い事ですわ!思い向きはニコニコしている癖に、器の小さい……」
おっ!今度こそ、悪役令嬢への罵倒が……。
「あれが次期国王なんて!最低ですわーっ!」
違った。
最近は私へのヘイトではなく、王子の罵倒が多いなあ。
なぜか王子に負けた気持ちになりながらも、スラスラとノートに記載しながら、生徒の話を聞く。
どうやらレオン様は、制止していた私がいなくなり、やりたい放題らしい。
「まあ……あれでも一応王族だから、ね?」
「せめてダイアナ様がいらした時は……ううっ、ダイアナ様も大変ですわね」
「ところで、私への苦情や不満は?」
「ありませんわ」
とりあえず10ディナール分の愚痴を聞きました。次の方どうぞ〜。
しかし、王子への苦情が日に日に増えていくのが気になる。
いや、王子ではなくハンナちゃんが心配なのだ。
ギル王子に聞いても、一応無事だとしか言われていないが、そもそも無事って何?
「ハンナちゃんはヒロインなんだから、流石に王子でも手出しできないわよね」
ここはTL小説の世界だけど、本番はラストのみという肩透かしで、後で炎上した位なんだから。
しかし、レオン王子はどこまでヘイトを貯めていくのか?ちゃんとこのフラグ回収されるよね?
ちょっぴり不安になりつつも、私は再び生徒を部屋に招き入れる。
コンコン。
「どうぞ」
「やっと出番がきたわ」
入って来たのは、元クラスメイトのソーニャ・ウェルダム伯爵令嬢だった。
ツカツカと私の前に座り、高らかに笑い出した。
「あーっはっは!!いい気味だこと」
私は、喜びで目を輝かせる。
ソーニャさんは、ある意味私の理想の悪役令嬢だったのだ。
私が上手くできない時は、彼女を見習って元気付けさせて貰っていた。
ある意味、心の師匠である。
「よく来てくれたわ」
しんみりと私が伝えると、彼女は鼻で笑う。
「そりゃあ来るわよ。レオン様に捨てられた、負け犬さん」
「きゅああーっ!これよ!これを待っていたの!」
私は飛び上がって、彼女の手を両手で握り歓喜した。
なぜかビクつく彼女に、真剣な目で私は訴えた。
「どうぞ罵って頂戴、もう遠慮なんかなしでいいのよ!」
「ひぃ!」
「私は負け犬で、いい気味で、あとは何?」
「あっあっ……小銭稼ぎの、みっともなくて……」
ヒクヒクと声を震わせてまで伝えてくれる彼女に、私はわかるわかると頷く。
涙目になってまで、私を罵ろうと……やっと役目を果たせるわ。
「もうっ、いい加減にしてーっ!」
「きゃーっ!最高っ!」
待機していた騎士が、勢いよく扉を開けて入って来た。
「ダイアナ様!一体何が!え?」
「やっと念願の私を罰する方が、現れたのよ!」
ニコニコと告げる私と、力尽きたようなソーニャさん。
なぜか騎士が気の毒そうな顔で、彼女を回収していくので、私は慌てて止めた。
「待って、お代を頂いてないわ」
「では、自分が立て替えておきますので」
騎士が豚さんに入れたコインが、チャリンと鳴った。
***
「見て下さいギル様!」
私はご機嫌で、本日の成果を報告した。
ソーニャさんの記録したページを指さして、胸を張る。
「とうとう私も、罵られたんですよ」
「それは、おめでとう?」
「はいっ!ありがとうございます。これからも、頑張って皆さんのヘイトを受け止めたいと思います」
「んー、どう答えたらいいのか、わからない」
「がんばれと、ただ一言」
「がんばれ」
「心がこもってなーいっ!」
ギル様の冷たい視線を無視して、私は鼻息荒くやる気に満ちていた。
まもなく二週間の折り返しにて、やっと罵られる事が出来たのだ。
「頑張って、きちんと罰を受けますね」
「……とりあえず、君を見てると飽きないのは確かだよ」
ギル様がにっこりと微笑んだ。
「がんばれ、ダイアナ」
私は満面の笑みで返事した。
「はい!」
ああ、やっぱり馬鹿王子と離れて正解だった。
解放感が凄い。
私は、ちょっと見惚れたギル様の顔から目を背けた。
「あれ、ちょっと興奮しすぎた?」
顔の火照りを誤魔化して、ハタハタと手で扇ぐ。
あれ、ギル王子ってこんな男前だっけ?
「ところで警告だ。兄上が何やら動き出した」
「まあ、馬鹿の忍耐も二週間が限度でしょうね」
「馬鹿って……」
「あははっ」
やばいっ。再び手をパタパタさせて誤魔化した。
だがギル様は、レオン様と違って細かい事にはこだわらない器だった。
「なんにせよ、絶対に一人にならず、騎士か俺が一緒にいるようにしろ」
「でも、あまり私に肩入れすると、ギル様の立場が悪くなりますよ?」
「今更だ」
なんだか頼もしいギル様に、おおっと拍手すると、いつもの白い目で見られてしまった。
この日から常に、ギル様が側にいる事になる。
送迎と昼食時は、彼との時間になりそうだ。
帰宅してベッドに転がり、私はため息をつく。
また、馬鹿王子が面倒になるのか。
「馬鹿すぎて予測不可能なんだよね……ま、いっか」
私は豚ちゃんから、今日の売り上げを袋に詰め替えクスクスと笑って眠る。
すぐに朝が来て、また登校の為に迎えの馬車が来る。
いつものギル様がいて、本当に私を守る気なのだと、彼の責任感に関心する。
影が薄い割に、正義感も強いんだよね。
「影が薄くてすまんな」
「聞こえてましたか、すいません」
授業に出るギル様と別れ、私は個室に入室する。
すると、私の机に紙袋が置かれていた。
触るとフンワリと温かく、私は扉の外の騎士に尋ねた。
「これは?」
「内密にとの事で、安全は確認させて頂いてます」
パタンと扉を閉めて、いそいそと紙袋を開けると、出来立てらしきパンが入っていた。
「やだ、美味しそう」
幾つか入ったクロワッサンには、それぞれ違うクリームまで挟まれている。
一つ食べると、栗クリームだったらしく、パリパリとした食感と香ばしい香りが堪らない。
「ああ、幸せ。朝から、こんな幸せでいいの?」
モフモフと食べていると、喉が渇いたので湯を用意して貰う。
最近はお代だけでなく、ちょっとした差し入れも貰っていた。
「確か、紅茶も貰っていたのよねぇ」
充実した朝を堪能し、さて拝聴の時間だ。
扉がノックされ、生徒が入って来た。
「さあ、私の迷惑をせきららに語って頂戴」
「では、失礼して……」
おっ!これは!
期待度が高く、私はベンを強く握りしめた。
「ダイアナ様は、私の人生を変えてしまいました」
「なんてヒドイ!」
「自然学習の際に、私は見たんです。花を必死でむしっているダイアナ様を」
「花をむしるなんて、最低ね」
「その花を袋に詰めて、私は何をなされるのだろうと怖かったんです」
「それは怖いわ。きっと袋につめて嫌がらせをするつもりよ」
うんうん。覚えていないけど、その調子で悪行を語って頂戴。
生徒はブルブルと肩を震わせて、私を睨むように直視した。いいよいいよ!
「その後に、突然油を用意して、その花を洗って煮えたぎる鍋に投入したんです」
「なんて事!油なんか危険すぎるわ!」
「カラッと揚がった、野花の天ぷらが極上だったんです!」
「は?」
私は硬直した。
そして思い出す。
(そういえば、ついお腹がすいて現地で調理した記憶が……)
「ダイアナ様のせいで、私……私」
「お腹でも壊したの?なんて悪逆非道なの!」
「美味しさに目覚めてしまって、人生目標が調理人になってしまったのです!」
机の目覚ましがなり、時間終了。
チリンチリンと豚貯金箱にコインが入れられ、今回もあまり罰が加算されませんでした。
二人目は、なぜか王子の苦情だった。
なんでも本人の思い付きで、剣の授業がワルツに変更されたらしい。
「王子はいいですよ。付き人のメイドと踊れます。俺たちは何が悲しくて、男同士で」
「ええっと、私が見張ってなくてゴメンね?」
「最後はヤケになって、俺たちは一列に組んで、ラインダンスに進化しました」
「やだ、楽しそう。参加したい!ところで、私への苦情とか、ほら色々と」
「ありません」
「……10ディナールになります」
豚貯金箱にお代を入れた生徒は、ペコペコとお辞儀をして去って行った。
私は無の心で見送った後、椅子にドサリと腰を下ろす。
「私って、ここでみんなに罵られないとダメなのよね?」
どうも、自分の思っていた認知と現実の歪みがあるみたいだ。
それはつまり……。
「悪役令嬢が失敗していたって事!」
「何が悪役令嬢だ」
「ひっ!ギル様」
「ノックしても出てこないと思ったら……まったく」
物思いに耽っているうちに、昼休みになっていたらしい。
今日も私のご飯係兼監査として、ギル様が現れた。
向かい合って食べるのも、もう慣れた。
「それで経過はどうだ?」
「それが、なかなか思った感じじゃないのに困惑しています」
「ノートを見せて貰っても?」
「はい、どうぞ」
差し出したノートを、一足先に食事を終えたギル様はペラペラと見つめた。
「最初はどうかと思ったが、これが君の目的か」
「はい、ちゃんと悪行を証明できるようにしておかないと」
「そうだ。皆の証言は立派な武器になる」
やっと食べ終えた私は、デザートに今朝のパンの残りを出した。
「ギル様も食べますか?イチゴとバナナのクリームがあります」
「いらん」
そっか……って、あれ?
二つ食べられるのに、どうして少しションボリしたんだろ私。
デザートを堪能しながら、私は呟いた。
「あの、必要なものがあるんですが」
「何だ?」
「パンを温めるトーストです」
いつもの白い目で睨まれて、いつもの空気に私は安堵した。
うん、しょんぼりなんて気のせい。
というか、本当にパン美味しい。
誰の差し入れか、私にはわかってる。
ちゃんと会ってお礼を言いたいけど、今は難しいかも。
「ああ悔しい!」
「そうだな」
こうして、穏やか?に、また午後の部が始まった。
「あ、いつもお疲れ様ですダイアナ様。これ、差し入れの我が家特製の……」
「ずっと憧れていました。いつもツンツンなのに、時折見せるデレが……」
よくわからないままに、本日も無事に悪行拝聴もこなせぬままに、一日が終わりましたチーン。
帰り支度を終えてギル様を待つ間、ふと窓の外が騒がしい。
チラリと覗いて、私は絶叫した。




