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というわけで、私は次の日から卒業までの一か月間、学園の別の個室を与えられ隔離された。
「君はもう学位は全て取得しているし、まあ骨休めだと思って」
学園長が汗を拭きながら、授業はもう免除だと告げた。
王家と、我が侯爵家に挟まれて大変そうだ。
ちなみに送り迎えは、ギル様が用意した馬車。あと、監視は常につく事になる。
用意された個室は快適で、ちょっとした執務室みたいにテーブルと椅子が用意されている。
日当たりも良く、校舎の角で窓から裏庭も見えて静かで気に入った。
「さて、何をしようかしら」
早々に暇を持て余した私は、廊下で見張っている監視の騎士に暇つぶしの品を頼むと、トランプがきた。
なので、一人神経衰弱をしながら考える。
「この時間が、勿体ないわね」
そうこうしていると、休憩時間になる。
扉がノックされ、生徒が入って来た。
さて、私の罰とやらが始まるのだ。
どうぞ罵りなさい。私は悪役令嬢として全うしただけで、後悔はないわ。
「ダイアナ様!今回は本当に大変でしたね!」
なぜか涙ながらに同情された。あれ?
むせび泣く女生徒を慰めながら、私は必死で励ました。
「貴方、ここに来たからには、私を罵らないと」
「とんでもない!むしろ、どうしてこんな目に」
うちの生徒たちは、みんな優しいのよねぇ。
女生徒を送り出す為に廊下に出ると、ズラリと並んだ列がこちらを向いた。
廊下は生徒たちで賑わい、全員の相手をしなければならないのかと眩暈がする。
でも、仕方ないのかも知れない。
せめて効率的にさばきたいと、騎士に数人の同時入室を求めたが、安全上多くて二人までと制限されてしまった。
まあ開き直って、一ヶ月もあれば何とかなるだろうと、私は並ぶ彼らに声を張り上げる。
「順番だから、ちょっと待ってねー」
「はーい!」
みんなの返事が揃って、大変宜しい。
ただ初日は、なかなか時間の配分が難しいのと、なぜか泣いて同情する生徒ばかりで、本来の罰とやらが機能しなかった。
下校時間となり、ギル王子が現れた。
「で、どうだった?」
「疲れました」
精神的な疲労感が半端ない。
何か言いたげなギル王子を無視して、私は帰宅するなりベッドに横になる。
「これが罰なのね……というか、これからが本番かも?」
まあこの流れなら、変なイベントが起こったけど、王子との破局は決定打だ。
「でも、ハンナちゃんを好きなだけ愛でれないのは腹が立つ!」
やはり馬鹿王子だと、私は枕をドスドスと殴る。
そこでハタと閃いたのだ。
「そうよ。どうせ一ヶ月後に国を出るんだから、時間を有効活用すればいいのよ!」
私の目には、窓辺に置かれた豚の貯金箱が、キラリと光って見えた。
***
そして次の日、私は本日も隔離部屋の椅子に腰かけた。
「ふふっ、今日から本気出すわよ」
私はせっせと鞄から、持ち込んだ荷物を机に並べる。
暇つぶしの雑誌や漫画、パズルや編み物セット。
トランプもあるし、ノートや筆記道具に、ゲームセットも置いてある。
「箱入り令嬢舐めるなですわ。ほほほっ、室内遊びは得意でしてよ」
腰に手をあて、悪役令嬢らしく笑って見せた。
ただギャラリーがいないので、寂しくてすぐに我に返る。
そして私は騎士に頼んで、扉の前に張り紙をして貰う。
「お嬢様……これは」
「いいの。別に禁止されてないし」
てへ……っと笑って、家で作成したポスターを貼って貰った。
『貴方の罵り拝聴致します。10分ごとに10ディナール(ただし一人制限20分まで)』
(万が一追放されるなら、お小遣いは多い方がいいもの)
私って天才!と自画自賛しつつ、一日が始まった。
ちゃんと用意したお陰で、皆が授業中にも関わらず、私は一人楽しく自由を謳歌した。
「やっぱ観光は食よね。もし家族で追放だったら、お母様は海産物が好きだけど、お父様は……」
ウキウキと旅行カタログに印をつけていると、あっという間に休憩時間になる。
さあ、仕事……もとい、贖罪の時間の始まりだ。
休憩時間は、各二十分。午前・午後ともに二回ずつ。昼休憩のみ一時間ある。
初日と違い、今日はなかなか扉がノックされなかった。
外に沢山の人の気配がするので、集まっている事は確かなのだが……。
そう思っていると、やっと扉がノックされた。
「入って頂戴」
「お邪魔します」
恐る恐る入って来た男子生徒は、こちらを上目遣いに見た。
「有料制なんですね」
「あら安くしたつもりよ?だってパン一本と同じ値段ですもの」
「もっと高くても良いくらいです!ダイアナ様と、二人っきりでおしゃべりできるなんて!」
高くしたら計算面倒じゃない。さて、どうぞ罵って。
私がどれだけ悪役令嬢として、皆に迷惑をかけたのか!その全てを注ぎなさい!
報酬を貰うのだから、きちんと聞かなくてはと姿勢を正す私と違い、男子生徒は机に突っ伏した。
「三年間、本当にお世話になりましたぁーっ!」
「はい?」
「僕が一年の時、きっと覚えておられないですが、僕を助けて下さったんです!」
良く覚えていないが、何やら感謝された。
ちなみに途中で、適当に聞き流した。
「ですので、上からバケツが落ちて来たおかげで、僕はあやうく階段から落ちるのが……」
「あ、ごめんなさい。時間だわ。制限は二十分だけど、休憩時間はもう終わりそう」
「ああ、もっと喋りたかった。20ディナールですね?」
私は机に置いた豚の貯金箱を指さすと、そこにコインを入れてくれた。
チャリンチャリンと良い音だ。
「ありがとうございました」
「はい、またのお越しを」
ニッコリと笑顔で見送ると、顔を赤くした男子生徒は去って行く。
授業開始と共に、廊下で待機していた生徒たちも散って行く。
私はチラリと入り口で立つ騎士たちに話しかけた。
「これ全員さばききれると思う?」
「難しいですが、やはり同時入室は二人までです」
「わかったわ」
ポスターを書き換えた。
『一人制限30分→すみません10分限りでお願いします』
これで最低でも午前に4人、午後に4人は相手できる。
お昼休憩は頂きたいので、昼休憩中は見逃して頂きたい。
「よし、頑張ろう!」
流れがつかめたので、私は俄然とやる気に満ち溢れた。
***
それから現れるお客様……生徒は、やはり皆が優しい子たちばかりだった。
「いいのよ?言いたい事があるなら、遠慮なく言ってね?ちゃんとお代も頂くんだし」
「とんでもない!話を聞いて頂けるだけで」
なんだろう……何か違う。
私はトイレ以外の移動は、基本禁止されているので、騎士さんが食事を運んでくれた。
昼食をとりつつ、私は軽く首をひねる。
私は三年間、きちんと悪役令嬢をしていたはずだ。
ちゃんとバケツで水をかけたし(風邪ひくといけないので、ちゃんとタオルで拭いてあげました)
教科書も隠して困らせたし(その後、一緒に私の教科書を見て至福でした)
学食なんか高くて無理でしょプゲラで、食事にも誘わなかったし(そしたら実家の店のパンを、分けてくれて美味しかった)
あれも、これもと思い出して微笑んでいると、ノックもなしにバンと扉が開かれた。
「君は何をしているんだ!ダイアナ嬢!」
「ちゃんと言われた通り、隔離されています」
「違う、外の張り紙だ!誰が金をとっていいと言った!」
「とってはいけないとも、言われてませんよね?」
突然現れたギル様は、私を見て頭を抱えた。
「ダイアナ嬢……いや、ダイアナ。もう少し自分の立場を考えてくれ」
「だって、お代を頂いた方が、心から向き合う事が出来ますわ」
「だからっ、刺激するなと……。何の為に隔離したと思ってるんだ」
「暗殺防止ですよね?」
ケロリと言った私と反して、ギル王子は目を見張る。
いや、わかるよ?伊達に王子の婚約者してなかったんだしさ?
「今回の断罪未遂は、あきらかに王子の失策。それを陛下に知られる前に解決するには、私が消えるのが一番早い」
「君は……」
「王子なのか、その取り巻き一味かは知りませんが、実行する気配がある。だから、貴方は危険を顧みず私を庇ってくれた」
「君だけを庇ったわけでは……」
「ええ、王家の威信を守ったわけです」
ニッコリと笑ってあげた。
さあ、気が済んだら出て行って。早くお昼ご飯を食べたい。
今は昼休憩なのだ。とっとと、食べよ?
「君は聡明なのに、どうしてもっと上手く立ち回らなかったんだ」
「だって、ハンナちゃんと王子が、幸せになって欲しかったんですもの」
王子が近づくと俯く仕草、震える小さな唇、彼女こそヒロインの中のヒロインよ。
私が拳を握って熱く語ると、ギル様は呆れた様子だった。
「その感じでは、兄上に一切愛情はなかったみたいだな」
「ないです!むしろ昔、いきなり押し倒された時に、股間を蹴ってやりました」
我が侯爵家は、先祖代々武闘派なのだ。
護身術も仕込まれている。
私の言葉に、ギル王子が赤い髪を揺らして爆笑した。
「あはははっ、そうか!良くやった、許す!」
なぜか知らないが、許されました。
だから、お昼ご飯を食べようよ。
「ともかく目立たぬようにと隔離しても、君は無駄みたいだ」
「大げさな。たかだか10分10ディナールですよ?」
「ちなみに、この会話もカウントされているのか?」
「はい」
だって休憩時間を使ってるんだよ?
片手で目頭を揉むギル王子は、それでもめげなかった。
「……ところで、生徒たちの対応はどうだ?君に厳しく当たる者はいたか?」
「いえ、それが全然。むしろ励まされたり、慰めたり?」
「まあ当然だろうな?君は人気だったから」
「またまた~ははっ」
同じ兄弟でも、弟はユーモアが得意らしい。
私は笑って、ノートを見せた。
「帳簿の代わりに、一応記録もつけ始めました。まあ経営は大丈夫です」
「何が経営だ。まあ兄上からしたら、君が金にがめついという悪名を負ってくれるなら、とりあえず見逃すだろうが」
「ですよね。ところで、ハンナちゃんは元気ですか?」
「知らんが……わかったわかった!そんな目で睨むな!どうして、そこまで彼女に入れ込むんだ!」
そんなの決まってる。
「彼女は、誰よりも苦労した努力家だからです」
「それは君も同じだろう?」
はて?そうかな?
ギル王子と話をしていると、とうとう昼休憩が終わってしまった。
「あああっ!お昼ご飯がーっ!」
「君は授業もないのだから、後でゆっくり食べられるだろ?ともかく、ここで大人しくしてくれ」
そのまま去ろうとするギル様に、豚の貯金箱を指し示す。
微妙な顔をして、彼は60ディナール入れてくれた。
言うだけ言って、ギル様は去って行く。
「何しに来たんだろう?」
小首を傾げたが、すぐに忘れた。
こうして、私のルーティーンが決まり、それから数日間は何事もなく過ごせたのだった。




