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私、ダイアナ・パレスには、生まれた時から前世の記憶があった。
物心がつき鏡を見た時に、確信した。
この世界は、私が見たTL小説「薔薇と散る蘭」の世界だと。
やっと歩けるようになった私は、鏡をみて悟る。
「立派な悪役令嬢になって、ヒロインちゃん幸せにするでちゅ!」
「あら、お嬢様。どうされました?」
「お腹すいたでちゅ!」
何よりもヒロイン推しであるからには、彼女の幸せの為に努力した。
誰よりも優秀で、誰よりも優雅であれ!
スルスルと健やかに成長し、シナリオ本編に向けて順調に物語は進む。
きちんと王子との婚約も果たす事が出来た。
これで準備万端だ。
「あ、王子。こういう時は一度ティーソーサーは置いた方がいいですよ?」
「うるさい!お前は偉そうにするな」
この王子は、本当に見た目詐欺の馬鹿なのだ。
金髪碧眼のレオン・フォン・アスタロト殿下は、次期王位継承者だ。
数か月違いの弟王子、ギル様のほうが出来がいい。地味だけど、あの人。
「ほら人が来る。大人しく私を引き立てろ」
これが婚約者なんだもん、本当にこいつでいいの?ヒロインちゃん。
遠い目で私は、苦くなった紅茶を完璧な所作で飲み干した。
まあシナリオの為、王命だからと我が侯爵家も婚約を受け入れた。
けど、我が家はどっちでもいいんだよなぁ。
武人家系のせいか、家族そろってよい意味でおおらか、悪い意味で雑だった。
こうして耐えに耐えて、早くヒロインちゃんに会いたい一心で、私はとうとう学園入学を迎えたのだ。
「ひゃあ!やっぱり可愛い!」
やっと念願のヒロインちゃんこと、ハンナちゃんに会う事が出来た。
麦色のおさげに、若草色のクリクリの瞳。ほっぺの薄いソバカスも最高です。
しかも、凄くいい子なんだよ。ああ神様、有難うございます。
あの王子ですら改心するんだから、ハンナちゃん無双!
任せてハンナちゃん!私が立派に悪役令嬢を演じて、貴方と王子が結ばれるようにしてあげるから。
ではスタート!
ここぞとばかりに、私はヒロインちゃんを構い倒した。
ああ……素晴らしい!鼻血出そう、変な笑い声出そう。
動いてる、しゃべってる、怯えてる!
うんうんと頷きながら、私は必死にみんなの前で、彼女をいびり続けた。
「あら、こんな簡単な問題も解けないの?この数式は、こうするんですよ?おほほほほっ」
「ちょっと、その包帯の巻き方はどうなの?だから、ここはこう!」
王子すら嫌がった、私の小姑攻撃は効果てきめんだった。
「おい、いい加減に彼女をいじめるのはやめろ!」
ハンナちゃんを庇い始めた王子に、いいぞいいぞと私は初めて王子を応援した、
周囲もハンナちゃんを庇い始め、私を遠回しに止めに来る。
「それで、この薬草の効果は」
実験の作業に、モタモタする姿すら萌です!
「ああ、これはこうで……ハンナさん、良くお聞きなさい!」
「はいっ!」
ふふっ、みんなが私の周りに集まって来る。
これだけ注目を浴びれば、間違いなく私は断罪されるわ。
え?断罪が怖くないかって?
この小説では断罪されても、五年間の国外追放だけだし、我が侯爵家にも影響はない。
最近では帰宅して、五年間どこに旅行に行こうか、ルンルンでカタログを見るのが楽しい位。
「あ、ほらハンナさん!どうして、それを混ぜるの!」
「きゃあ!煙が!」
「みんな、早く窓を開けて、背を低くしてハンカチで口元を覆いなさい!」
急いで、ハンナちゃんの作った笑いガスの中和剤を調合して、私は教室に振りまいた。
まだ煙が漂う教室に、ハンナちゃんの悲鳴を聞いて駆け付けた王子が扉を開けた。
「レオン様!駄目です!」
「何が駄目だダイアナ!またお前……ひゃ?ひゃはははっ!」
ほらガスがまだ残ってるのに……馬鹿だなぁ。
私は、換気が完了した合図に手を叩く。
「レオン様はいつも笑顔で、素晴らしいですわ」
パチパチと白々しく手を叩く。王子は口元を必死で抑えながら鷹揚に頷いた。
「ははっ、当たり前だ。またお前は騒ぎを起こしても、私は笑ってはははっ」
「ハンナちゃん、レオン様を医務室へ」
ささ、どうぞ二人きりでと促す。不安そうな彼女に、親指を立ててグッドラック!と声援を贈ってあげた。
こうして、迎えた三年目。
卒業を迎える一か月前、生徒が突然講堂に集められた。
ここまでのシナリオは完璧だった。
今では、私がハンナちゃんに近づくだけで、周囲の生徒たちも集まる始末だ。
我ながら、完璧な悪役令嬢ぶりが、怖いくらい……ふっ。
と、ここまでは余裕だったのだ。
けれど、突然シナリオが狂い始めた。
「あのっ、ダイアナ様」
ああっハンナちゃん!おどおどして可愛い!
「私は、その……王子の事は」
「言わなくてもわかってるの。さあ、早く王子の元へ。私の事は気にせずに」
そう、私は貴方さえ幸せで、遠くから愛でさせて貰えればいいだけ。
シナリオでは、貴方は王子と結ばれてハッピーエンドを迎えるのだ。
その為なら、どうぞ私を踏みしめて行きなさい!
これぞ推し活の極意!まもなくゴールよ、駆け抜けるのダイアナ!
と、テンション高かった私は、講堂で皆を集めた王子の声で、我に返る。
「よって、ダイアナ・パレスは婚約破棄とし、平民や学園を騒がせた罪として爵位剥奪のもと永久追放とする!」
「はぁ――――っ?」
私の叫びと皆の叫びが同調した。
え、待って?どういう事?
私は王子を見たが、どや顔で勝ち誇り、怯えるハンナちゃんの肩を抱いている。
そんな顔も可愛いよハンナちゃん……じゃなくって、あれ?断罪は卒業パーティーのはずだけど?
「流石のお前も、自らの罪が理解できたようだな」
「ええっと」
「ははっ、聞いてなかったのか?お前の侯爵家ともども、永久追放だ」
ごめん王子。ハンナちゃんに見惚れていて、聞いちゃいなかった。
さて、困ったぞと思っていると、慌てた様子の声があがる。
「お待ちください兄上!父上が帰国される前に、このような勝手な判断は……」
赤毛の長身の男子生徒が、前に進み出て王子と対立する。
そこで、皆がやっと彼の存在に気づく。
「うるさいギル。私が次期国王だ」
「それでもです兄上!勝手が過ぎます!国が定めし婚約と侯爵家の地位の決定には、国印と王の采配が必須なはず」
「お前はひっこんでいろ!これは学園の為なのだ」
だから、どうして勝ち誇るの馬鹿王子。
馬鹿が人を指さして、高らかに吠えた。
「なら、この女をどう断罪する!」
「皆が迷惑を受けているのなら、皆が断罪すべきです!あと一か月の卒業まで、彼女には償いとして、迷惑を受けた者たちからの罵倒や叱責を受けさせれば良いのです」
「また、面倒な……」
難色を示すレオン王子に、弟のギル王子は必死に訴えた。
「部屋も隔離して、監視もつけます。その上で一切の手出しは無用で、皆の恨みをその耳と心で受け入れて反省を促すのは、寛大な次期国王の技量ではないですか?」
「ふむ」
「兄上が正しいのですから、父上が戻られる一ヶ月間を無駄にする事はありません」
「そ、そうだな。わかった」
なぜか私を置いて、話が進行していくが……はい?
必死でハンナちゃんは、辞めて下さいと私を庇ってくれている。
ああ、いい子だなぁ……うっとり。
「では決まりだ。皆の者、明日よりダイアナ・パレスに物申したい者は、思う存分罵るがいい!」
何か決まったみたいだった。
***
というわけで、普段は陰が薄い地味王子もとい……。
「誰が地味王子だ」
「すいません、ギル様」
意味不明のまま終わった講堂断罪未遂事件の後に、私は第二王子であるギル様に呼び出されていた。
彼はレオン王子の腹違いの、数か月差で弟という立場の王子だ。
王家には珍しい赤毛と緑の目は、下級貴族だった母親に似ているらしい。
幼い頃は、母親の身分のせいで隠れて暮らしていたらしいが、レオン王子の遊び相手として城に引き取られたと聞いている。
まあ皆の印象は、人畜無害、地味、影が薄くて存在感がないという人物だ。
「どうして、私を助けてくれたんですか?」
「兄上の先走りは、父上の顔に泥を塗る行為だ」
私は彼をあまり知らないが、少なくとも馬鹿兄よりはマシらしい。
彼は大きくため息をつく。
「一ヶ月後に父上が戻ったら、君の冤罪など撤回される。それまでは我慢してくれ」
「いえ、私は断罪されたいんですけど」
でないとシナリオが進まなくて、ハンナちゃんが幸せにならないだろうがゴラ。
ギル様は、ジト目で私を睨みつけた。
「なら、あの場で家族もろとも断罪確定で良かったのか?」
「滅相もございません。助けて頂いてありがとうございます」
スリスリと手を擦り合わせてお礼を言うと、彼は小さく噴き出した。
「君は遠くから見ていても不思議だったが、こうして会話してみると面白いな」
笑われて、なぜか家に送られた。
馬車内で、明日からの生活と注意点を聞きながら、さてどうしようかと家族に伝える。
「まあ、私たちが国外追放?」
「楽しみだな母さん。どこに行こうか?」
「姉上、爵位剥奪でも財産さえあれば、別に問題ないのでは?僕へそくり有ります!」
割と前向きな家族だった。
まあ、いざとなれば他国で父や弟が、頑張ればいいだけだし。
誰一人として、婚約破棄について言及しない点には笑った。
父が言う。
「まあ、陛下が戻られるまで頑張れよ」
他人事だった。




