眷属
目が覚めて初めに感じたのは重さだった。
「重い」
「もう、レディーに失礼よ!」
その声の直後鼻先にチョップが当たるが、力は調節されていたようで痛くはなかった。
「起きてたんだね」
「レイの起きる時間が遅いのよ」
「いつも通りだよ?」
「いつも遅いのよ」
よくよく考えてみれば僕の目覚ましはある意味遊びに来るアイラだ。内心でほくそ笑んでいるとドタドタドタドタとたくさんの足音がこっちに向かってきていた。
「そろそろご飯だよー!」
「ご飯ご飯!」
「起きろー!」
「アイ姉! レイ兄を起こすんだー!」
キャッキャウフフ、そんな騒がしい音を立てて入ってきたのは年下の四つ子兄妹。
「すぐ行くから、食堂で待ってなさい。イアン、アスカ、ノルン、ノエル」
「わかった!」
「待ってるよー!」
「早く来てねー!」
「ご飯ご飯!」
アイラがそう言うと四人ともキャッキャウフフと言いながら部屋を出ていった。
「さてと、僕らも行こうか」
この七日間ですっかり回復しきったおかげで自分の足で歩いて食堂まで行ける。歩くとは何とも素晴らしいことなのかとそれを強く実感した今日このごろだった。
朝食を食べた後、バルと合流して僕らは神殿へ向かっていた。やっと眷属になれたらしいからね。
「このタイミングで神様からお告げがあったって何よー! 私たちが必死こいて魔獣討伐したのがバカみたいじゃない!」
「まぁ、良いんじゃねぇのー。これで三人揃って王都に行けるわけだしさ」
「そういう問題じゃないのよバル!」
アイラの意見としては「このままだと友達を怪我させただけの女になっちゃう!」ということらしい。俺もそしてバルも大して気にしてはいないのに。
「それよりも、バルは怪我大丈夫だったのか?」
「ん? あぁ、まぁ何とかなったよ」
バルは、「まぁ痕はできちゃったけどな」と言いながらズボンの裾をめくった。
「でも、大して目立ってないじゃない。良かったわね」
「ほんとにそうだよな、医者からは魔剣で応急処置をしたのが良かったって聞いたぜ」
バルの言う魔剣。それは魔力を流すことで一時的に体内の魔子を溜めることができる剣のこと。作り方は単純で、やろうと思えば子供でも作ることができるし、少量の魔子しか持たない一般人からしたらおもちゃ程度の価値しかない。
「まぁ、新しく作るのはめんどくせぇけどなぁ」
「でも、入学までにはまた作らないとでしょ?」
「まぁな、次は三本作るか。あと一ヶ月で作るってなったら、そこが限界かなぁ。魔工師のオヤジに感謝だな」
バルの親は魔工師の職についている。素材も道具も場所もこの村のなかでは一番のものがそろっている。
「それにしても、あの時のレイの武器。あれ何なんだよ」
「そう! それ! ずっと聞きたかったのよ!」
「あれはぁ……」
僕は言葉に詰まった。正直、あの武器については大して知らない。僕自身、『神様からもらったすごい武器』程度の認識だ。
「ア、アイラだって魔術を授かったんでしょ? あ、あれと一緒だよ……アハハ」
話しているうちに神殿に着いた。神殿は各村または街に必ず一つは置かれている、眷属であるかを判別する場所のこと。他にも色々と仕事はあるらしいが、表立ったものはそれだ。神様からお告げがあった者はここに出向きそれが神様の気まぐれでのお告げか、はたまた眷属化のお告げかを判別しなくてはいけない。そして、もし眷属になっているなら神殿を通じて王都の本殿に誰が眷属になったのかの情報が共有され、その情報は王都の学院、あるいは部隊への招集の際に用いられる。
カリフィスは離れの村だから、神殿と言ってもそんな仰々しいものじゃない。民家を少し大きくして、神聖な感じを出すために色付きのガラスなんかを装飾として取り入れただけの建物だ。土地の広さで言ったら僕たちの住む孤児院のほうがまだ広い。
「ボッグスさーん、いますかー?」
僕たちは扉を開けて目的の人の名前を呼ぶ。この村唯一の神官のボッグスさんだ。
「おや、レイ君にアイラ君にバル君じゃないか。今日は何の用だい?」
奥の方からゆっくりと現れた老人、ボッグスさんだ。
「眷属判定を受けに来ました」
「おや、またお告げを受けたのかい?」
「いや、いろいろ事情があったみたいで……」
僕は取り敢えずレイラ様が言っていたことを掻い摘んで話した。
「えー! じゃあレイは生まれた時から眷属だったってこと!?」
「なんだよそれ」
両者合わせてまさに驚き呆れるといった反応が起こった。
「まぁ、事情はわかったよ。それじゃあ早速判定をしようかね」
ボッグスさんは奥の部屋に戻り、水晶を手に持って戻ってきた。
「やり方は前と同じだから、わかるね」
「はい」
水晶に手のひらを乗せ、魔子を送り込む。そうすると水晶が濃い青色に光りだした。
「うん、ちゃんと眷属だね」
ボッグスさんは小さく頷くと水晶を奥の部屋に戻しに行った。
「にしても、濃かったね」
「うん、濃かった」
アイラ、そしてバルの言いたいことがこの時は手に取るようにわかった。
「アイラとバルは『無名の神様に見初められたな』と言う」
「無名の神様に見初められたね」
「無名の神様に見初められたな」
二人は顔を見合わせて「な、なにぃぃ!」と大げさに反応する。二人の声は普段から大きいのだから少しは自重してほしい。
「まぁ、色が濃いのは神権の多くを譲渡されているのと同じだからね。そんな事できるのは下界の理に縛られていない無名の神様だけだよ」
神とは秩序、理、法、言い方は色々だろうがこの世界の事物の象徴だという。信仰の厚い神はその分強大な力を持つが、下界の人々が信仰する理にその行動が制約される。例えば、存在するかはさておき、氷の神様と呼べる存在がいるとする。一般的に氷は冷たいものだから、氷の神様の権能は冷気を操ったり、物を冷やしたり何でいったものになるだろう。しかし、より一層冷たいものが下界に浸透して、氷が熱いと呼ばれるような事態が仮に訪れたとすれば、氷の神様の権能は熱気を操るものなんてものに変わってしまうだろう。
実は、神々は僕たちに恩恵を与えるが、それは神権の一部を譲渡してることと同じことなのだ。魔術もそれにあたるし、多分僕の武器もそれにあたる。そして、神権の強さが眷属を何人作れるかにつながるという。強大な力を持つ神が眷属を作る時その権能はあちこちへ分散してしまう一方で、無名な神の眷属はその神権を多くもらっている。水晶に映し出される色はその権能の大きさを表している、とボッグスさんに教わった。
「レイ君の事は本殿に伝えたよ。それと魔術も頂いたんだねぇ。ほれ、これが詠唱文だよ」
「ありがとうございます」
奥の部屋から戻ってきたボッグスさんから詠唱文の写しをもらう。
「それじゃあ、僕たちは帰りますね。ありがとうございました」
「またいつでも来てね」
僕たちは神殿を出て森の方向に足を進めた。




