領域侵犯 10
「まず、私の目的から」
ダイアナはレイの目をまっすぐ見つめて話し始める。
「私の目的はあなたの保護とあなたの持つ《産声》の保護よ。理由は《領域侵犯・第一審》を防ぐため。でも、どうやら《黒波》が堕ちたようね」
「黒波……ですか?」
「そう、小娘……って言ってもわかんないか。レナ・アレストライに与えられたディゴスシリーズだよ」
「ちょっと待ってください」と、レイはダイアナの話を遮る。
「レナ先輩の武器が奪われたって……レナ先輩は大丈夫なんですか?」
「はっきりとは分からないけど、多分大丈夫よ。もともとあなたの護衛は私ともう一人で行うはずだったんだけど……多分あいつ、あなたと小娘を間違えて現場に向かってるのよね。私ほどではないにせよ、そこそこに腕の立つ信用に足る人物だよ」
その言葉にレイはほっと胸をなでおろす。
「話を戻すね。実は第七番の《月桂冠》はそれ単体では大したことは出来ないんだ。第七番に与えられた権能は主に二つ。この世のありとあらゆる魔術、魔法の条件付きの無効化、そしてこの世界で発動されてきたありとあらゆる魔術の再現。でもね、どちらにせよ使用者の技量に依存するのよ。特に禁術なんて人間には絶対に不可能。だからこそ、他のディゴスシリーズと共鳴させる必要があるの」
「だから敵は僕を狙ってきたと……」
そうなるね、とダイアナは肩をすくめる。
「そしてここからが大事なんだけど、私たちは現状ディゴスシリーズを使うことができないの。共鳴自体は離れていても相互に起こる。あなたの持つ《産声》も私の持つ《裁定者の杖》も何が起こるかわからない」
「でも、手はあるんですよね」
その言葉にダイアナはニヤリと笑い、「もちろん」と答える。
「この状況を打開するカギはアエデスよ」
「アエデス理事長ですか?」
「そうそう。アエデスは、本当は死霊系魔術に特化してるの。とは言え、そもそも魔術は不得手だけどね。でも、この状況において彼女以上に使える存在はないでしょ。それに、《月桂冠》と渡り合うには並の武器じゃ弱すぎる。それこそディゴスシリーズで戦いに行きたいとこだけど……」
「共鳴が起こるかもしれないってことですね」
レイの言葉にダイアナは満足そうに答える。
「ずいぶんと飲み込みがいいじゃない。まぁ、だから今回は私たちは大したことはできないの。さっき使ってたのも《裁定者の杖》じゃなくて大昔私が使ってたやつだし、スペックとしてはゴミもいいところよ」
ダイアナは少し険悪そうな表情をした。
「でもアエデスは違う。あの子はレインロッドの遺産の《闇影鏡》と《死の杖》を持ってる。スペックはディゴスシリーズより少し劣るけど全然問題ない。それに死霊形の魔術は《領域侵犯・第一審》と相性がいい。とどのつまり、私たちの次の目標はアエデスとの合流の後《領域侵犯・第一審》を打開し、目下の敵を殲滅すること。ちょっと事情があって、あなたを安全な場所に連れて行くってことはできない……その事情を話すこともできない。でとあなたの安全は必ず保証するわ。だから付いてきてくれる?」
ダイアナはレイに向かって右手を差し出した。そしてレイも答えるように右手を差し出した。
時は少し遡る。
「クソッ! 手こずった! これではお師匠様に顔向けできないぞ!」
アエデスは爆心地に向けて走っていた。普段の優雅な口ぶりは何処へやら口の悪い独り言を話していた。
「やつら、明らかに私を警戒してる。戦力的に警戒すべきは魔女だろうに!」
数分前、アエデスは破滅の狂人の末端構成員と交戦していた。個々の戦力は圧倒的に低くとも数が多ければ苦戦というよりも単なる作業の繰り返しによる苦痛と時間を食われる焦燥感を感じさせられていた。
「こんなことになるんだったら、先に呪いの解呪を申告するべきだった!」
アエデスは真理の裁定者の中でも群を抜いて魔術の扱いが下手である。しかし、それを埋め合わせるだけの別のものを備えていた。それが『加護』である。普段は王国側との呪いを通じた契約に基づいて抑制されているが、それをすべて解き放つことができればアエデスは真理の裁定者の中で三番目に体術に優れた存在になれるだろう。
より走る速度を上げようかとしたとき、目の前の瓦礫から人影が何個も飛び出してきた。
「真理の裁定者に裁きを!」
「我ら狂人!」
「破滅を神々に!」
有象無象はアエデスに向かって突っ込む。自分の何段格上の存在なのか理解していないかのような特攻。しかし、アエデスが真理の裁定者であることは理解できているゆえに滲み出る狂気。
それに対してアエデスは拳を固める。
「邪魔だ!」
アエデスは勢いそのまま、空気の爆ぜる音とともに二十人ほどいた有象無象を殴り飛ばす。
「失せろ!」
そしてそのまま走り出す。
しかしその瞬間はアエデスの到着よりも早く訪れた。
「なっ!」
二つの小さな人影が空に向かって舞い上がる。それと同時に嫌な、大地を汚す感覚が足の爪先から頭のてっぺんまで駆け巡る。
「……兄弟子」
突如としてアエデスの脳内に押し寄せてくる確かに昔あった記憶。
『兄弟子! 今日は何しますか? えっ、昼寝? 駄目ですよ! 師匠に怒られます!』
『兄弟子! ここの部分教えてください! えっ、馬鹿だから無理だって……そんなこと無いですよ!』
『兄弟子、大丈夫ですか? その、最近体調が優れなさそうに見えたので……そ、そうですか。気をつけてくださいね』
『兄弟子! なんで……なんでベルベットを殺したんですか! ……知る必要はないって……そんなのおかしい!』
『兄弟子、最後に聞かせてください。あなたは何がしたかったんですか……』
『私にはあなたがわかりませんでした。もし、兄弟子の言う理想郷がいつか訪れるのなら、私は甘んじて封印を受け入れます』
『最後まで俺のことを兄弟子って呼んだのはお前だけって……当たり前じゃないですか、だってあなたは!』
『……三百年、経ったんですね。これが、あなたの言う理想郷ですか?』
『私はあなたの行いを赦しません……絶対に』
(これはっ!)
魔子が震える。本来記憶の奥底に眠っているはずのものが激しい頭痛とともに蘇る。そして轟音とともに黒い波が押し寄せてくる。
(兄弟子……私はあなたを決して赦さない)
アエデスはもう一度拳を強く握り直す。アエデスの前方百メルまで闇の潮が迫っていた。
(でも、あなたの教えは私の中で生きている!)
「禁忌だろうが知ったことじゃない! 使えるものはすべて使う!」
アエデスは胸辺りから一枚の小さな紙片を取り出す。長い時間とともに既にくたびれ、ヨロヨロになった紙片だ。そこには細かく魔法陣が刻まれていた。
『《残響!》』
毒をもって毒を制すとはまさにこのことだろう。巨大な鐘の音が鳴り響く時、魔術はそのあり様を変える。




