領域侵犯 08
「《領域侵犯・第一審》が発動した」
リアールカは大広間にてそう言い放った。
「この世界において神々が下界に降臨し、我々人類に直接的な影響を与えたことは歴史上三度ある」
上院の長であるレ・リアールカはとある人物と相対していた。
「第一の時『魔術黎明』、第二の時『第一次人類間戦争』、第三の時『第二次人類間戦争』。どれもこれも反逆者に近しい存在がこの世界に誕生した時だ」
リアールカは淡々と事実を述べる。そして目を細め相手を見つめる。
「魔術黎明では開祖ディランがいた。第一次人類間戦争では反逆者ルインがいた。第二次人類間戦争では超越者ラナーがいた。ディランに関しては例外だが、第二、第三の時においては、この世界に対して絶対的な反逆の意志とそれを実現させるほどに強固な力を持つ存在の出現があった」
リアールカの言葉に相手もまた目を細めている。
「もし仮にルイン残党による仕業だからといって、狩の神『アルトリア』の『天弓』を期待しているのだとしたら、それは大きな間違いだぞ」
リアールカは少し語気を強め、低い声で言う。
「今この時の対応、我の目から見てとても適切とは言い切れない。そう思わぬか? ダリア・リーア王国国王、セラ・アルバレオよ」
今まで沈黙を守っていた重い口が開かれる。
「確かに、貴殿の言うとおりかもしれない。そして第七番が敵の手に落ちた今、その責任が王国側にあることは認めよう。それで、まさかとは思うが、今やわが国の下位機関となった『楽園の陽光』の長であるエルフィ・ラ・レ・リアールカ氏がその事を言うためだけに訪れたのではあるまいな」
「第七番が敵の手に落ちたことは後々糾弾させてもらう。まぁ、我がしなくともダイアナが怒りに身を震わすだろうがな……取り敢えず、我が求めているのはそんな陳腐なものでは無い」
「ほぉ、では何が目的でここへ?」
リアールカの答えが意外だったのか国王は顎髭をゆっくりと撫で触りながら質問する。
「『契約』の一時破棄を求めに来た」
「断る」
国王の答えは瞬時に出た。
「それだけは断じて許さぬ。本来であれば貴殿は目を開けることすら許されぬのだぞ」
「理解している、貴様ら人間が我々『真理の裁定者』を恐れる理由もな」
「であるならば早い話だ。そんなものはまかり通らない」
「では、それ相応の対応を願おう」
「何を求めると」
「第一、事態の沈静化。第二、呪いの解呪。第三、我に一秒の魔術使用許可を与えること」
リアールカの提示する条件に対して国王は顎に手を添え、考える。
「ふむ……第一、第三は許諾しよう。しかし、第二は断る」
「わかった、十分だ」
「…………謀ったな」
「さて、何のことか」
リアールカは国王に背を見せ、歩き始める。
「用は済んだ。王としての器、楽しみにしているぞ」
「……こちらも、期待しておくとしよう」
玉殿の扉がリアールカの退室とともに勢い良く閉じられる。
「はぁ……」
国王は深い溜息をついた。
「リアールカに魔術の使用許可を与えてしまったが……この状況では致し方がない。さて、ジダン派に何と言い訳をするかのぉ」
生命の創造は人の成せる技であろうか?
その答えは、否である。近代魔術において生命を生命たらしめる要因、つまるところ『生命の第一原因』は未解明であった。そしてそれは現代魔術においても同様である。しかし古代魔術においては、とある人物によってその答えが明確に記されている。
その人物曰く、『生命の本質は魂である。そして魂の本質は根源である。そして根源の本質は魔子である』という。
そしてその人物はこう続けた。『魔子は万物の源であり、この世のありとあらゆる情報が保存されている記録媒体である』
もし、これが事実であるのならば生命の創造は人間の成せる技になるのだろうか……
─エクステリア著『歴史新書』より抜粋─
闇の潮が大地を汚す。
いつか、誰かがそんな表現をしたという。真っ黒なヘドロの様な波が大地を駆け巡る。一度飲み込まれれば命は消える。そして、その潮が大地に染み込む時、本当の宴が始まる。
リーヤシュヴァレン魔術学院には多くの民、そして生徒たちが避難していた。皆、恐怖に身を震わせ、家族、恋人で集まり、身を寄せ合っていた。そんななかで絶えない怒号があった。
「離して! 離せ!」
「離すわけ無いだろ! 今からアイラが行ったってどうにもならないって! 軍も動いてるんだ! ここで大人しくしてろ!」
「レイが死ぬかもしれないのよ!」
「だとしてもだ!」
体育館では一組の男女が取っ組み合いの言い合いをしていた。
「リファーからもなんとか言え!」
バルはリファーに声をかける。しかし、リファーはその声に答えない。
「おい! 聞いてんのかよ!」
「ね、ねぇ……」
バルのその声にリファーは震えた声で応えた。しかし、それはバルの言葉に驚いたとかそんな陳腐なものには到底見えない。窓の外を眺めながら、瞳が揺れ、唇が震えるリファーをバルは見た。
「そ、外が……あれ、なに……」
バルは暴れるアイラを引きずりながら窓際まで向かう。その過程でリファーの顔に反射する王都を包み込む炎の紅い光が徐々に弱まっていることに気づいた。
「何だよ、そんなに変なもんあんのか?」
バルは始め楽観的だった。紅い光が収まっているということは鎮火作業が進んでいることの表れだと思っていた。
「とにかく見て、外」
しかし、その予想は間違っていた。
「……は?」
バルは窓の外を見て言葉を失った。バルは恩恵のおかげで他者よりも数段視力がいい。身体能力の面で言えば真理の裁定者のアエデスにすら達するだろう。リファーの目には黒い波が西区と中央区の間から広がる光景だったろうが、バルは違った。確実にそれが見えていた。
「……魔人」
リファーの目に映っていた波は全て魔人の群れであった。バルの目にはしっかりと見えていた。故郷カリフィスで遭遇したヘドロの様な外見が、全てを飲み込んでしまいそうな何処までも深くて不快な黒が、立錐の血もないほどに溢れ出ている様が……




