領域侵犯 07
ディゴスシリーズ第七番《月桂冠》
それはかつて王国に災禍をもたらした代物である。製作者のヴァディゴス自身も『これは人の手に負える代物ではない』という言葉を残すほどだ。
その権能は星の神『アストル』の権能の一つ『星々の記憶』の拝借。それ則ち、この世に存在する、または存在したすべての因果改変の履歴の閲覧と読み取りである。
「《月桂冠》を手にした人間はある条件を満たしさえすればこの世界において誰よりも魔術に長けた存在となるだろう」
考古学者であるエクステリアはそう語る。
─ビカンス著『神匠伝記』より抜粋─
「リューたんの、ところに、行かない、と!」
ダイアナから逃れたネイランは左脚を引きずりながら爆心地へ向かっていた。ネイランは治癒魔術を得意としているが、なくなってしまった部位の再生には時間がかかる。そのことを理解しているネイランは自分の左足首を焼いた。ズタズタに裂けた足首を業火で焼き、余分な肉は全て燃やしきり、少し高さが違うが脚として十分に機能を果たせる物となっていた。
「はぁ……はぁ……暑すぎ」
ネイランの魔力回路は既に焼ききれる寸前であった。ただでさえ消耗の激しい原初の魔術を使い真理の裁定者と渡り合い、その上で業火を使い並行して気を失わないよう最低限の治癒魔術を使う。それがどれほど魔力回路に熱を持たせたか。
「ふぅ……邪魔」
ネイランは上着を脱ぐ。《冷却》さえ使えないほどの発熱にネイランは耐えられなかった。はらりと上着が地面に落ち、燃える。真っ赤なドレスだけになったネイランは、それでもなお、身を焦がすような熱さに耐えられなかった。
「ドレスも……邪魔」
ネイランは首後ろのホックを外す。そして背筋にそうファスナーをゆっくりと下ろす。
ヒラリとネイランの上半身を覆うドレスが重力に従って垂れる。それと同時にネイランの下着が顕になる。歩みを進めていくうちに完全にドレスを脱ぎきった。
「下着姿で、歩くなんて……まるで、痴女ね。でもこれでなんとか」
ネイランは苦笑した。
「今の私を、見たら……少しくらいリューたんも、心配してくれる、かなぁ。それとも、エッチな気持ちに、なってくれるかなぁ」
ネイランの口が次第に歪む。
「あぁ、月の光がよく見えるわ」
ネイランはその場に膝をついた。地面を見つめ数度深呼吸をする。一度深く瞼を閉じ、そして開く。顔を上げる。
「待たせたな、ネイラン」
そこにはネイランの想い人がいた。月光に照らされ空から炎が依然燃える大地に降り立つ想い人。これがファンタジーであるのなら、なんとも幻想的か。
「ううん、全然へっちゃらだよ」
リューリアスバラハはネイランに右手を差し出す。
「踊ろう」
ネイランは自分の左手を重ねる。
「喜んで」
二人は重なり、夜空へ浮かぶ。二人の影が月の光と重なる高さまで昇ったところで二人は止まった。
「ネイラン、約束だ」
「わかってる。約束だよ」
リューリアスバラハの左手に握られた《黒波》がネイランの右手へと渡る。そして空いた左手でネイランの頭へ《月桂冠》が添えられる。
「綺麗だ」
「えへへ、ならちゃんと抱いて」
二人はより一層密着する。
「はじめよう」
「はじめましょう」
ネイランは頭をリューリアスバラハの胸へ預け瞳を閉じる。
『使用許諾確認中…………確認しました。適格者、ネイラン・アレストライ。これよりヴァディゴスの血統の承諾に移ります』
《月桂冠》から無機質な声が鳴る。それと同時に茨のような棘が生え、ネイランの頭皮を穿つ。
『血統確認………………確認しました。ヴァディゴスの第三系統の血脈です。…………使用条項をすべて満たしました。これより、ネイラン・アレストライを契約者とします』
この日、世界に混沌が満ちる。今から起こることは則ち過去の再現。神話の時代の負の産物。何世紀の時を経たとしても色褪せることのない、遺伝子の奥底に紐付けられた恐怖の記憶。
ネイランの目は開かれる。
「ネイラン・アレストライとして命じる。《黒波》よ、従え」
『報告、使用許諾定義の変換を確認……受諾』
「界力発生」
《黒波》は堕ちた。
「《月桂冠》への界力流入、並びに魔力回路を強制起動」
《月桂冠》も堕ちた。
「準備できたよ、リューたん」
この日は後に王国史に刻まれる一日となる。
「やろう」
王都の半分を更地へと変えた呪いの一日として。
ネイランは一度大きく息を吸い、吐いた。今から歌われるのは反逆者ルインによって作られた魔術。この世界に本来存在し得ない法則、禁忌とされ知ることすら許されない法則である。
『禁忌の扉よ、世界の門よ、我はその枷を取り払い禁足の地へ足を踏み入れる。
時代は遠に過ぎ去った。
隷属の証は既に反逆の証へ、従属の身分は主の首に刃をかける権利である。
代償はとうに支払った。
今ここに、特権を簒奪し、縛られし奴隷を解き放ち、新たな命を芽吹かせん。
さぁ、審判を始めよう。
《領域侵犯・第一審》』
闇の潮に満ちるとき、憎悪は大地を蝕むだろう。




