領域侵犯 05
「ネイラン、この小娘はどうする」
「そのままにしましょう。どうせ死ぬわ」
「分かった。リューリアスバラハには何と報告する?」
「リューたんには私から連絡するから変なことしないで。あなたたちはただこの子を帝国まで運べばいいの」
「……質問いいか?」
「何よ」
「この小僧をどうするつもりだ?」
「んー、まぁ、利用価値はたくさんあるかな。なんせ生まれながらの眷属でヴァディゴスの第三系統の血統でってなると流石にハイスペックすぎるかなぁ。取り敢えず帝国に着くまでに研究所を経由してってよ。壊れるまで使っていいって言えばアイツラならなんだってするでしょ?」
「分かった」
「あっ、あと身代金をアレストライ家宛に送りつけなさいよ。資金繰り大変なんだからさ。じゃあ、私はリューたんのところに行ってくるね。任せたから」
いつかに存在した確かな記録である。
レイの目の前に立つネイランはじっとレイの顔を見つめる。
「なるほど、あの女によく似ている」
「あの女って」
「今の君には関係のないことだよ。それよりもついてくるといい。安心……できないかもしれないが、私達は君に危害を加えることはない」
さぁ、と言いながらネイランはレイに向かって掌を差し出す。対してレイはネイランの不気味さにどう行動すればいいのかわからず動けずにいた。
「何も難しいことは言っていないと思うのだけど……」
ネイランの語気が少し強まる。
「……危害を加えない、明確な根拠は、ないんですか?」
「端から危害を加えるんだったら君の傷を回復させたりしない」
レイの質問に間髪入れずにネイランは答える。
「いい加減にしたらどうだ。私達の時間も無限ではない」
ネイランの親しみやすいように感じた雰囲気は最早ほとんどのこっていない。言葉の節々から不満と怒りが滲み出てる。それでもなお渋るレイにネイランは一度息を吐き今一度親近感を纏う。
「私の手を取ればそれで終わりだ」
そう言って笑顔でレイに右手を差し出す。
しかし、その手は一瞬にして引くことになる。
『《穿て》』
夜空を何筋もの銀光が流星の如く降り注いだ。最初の銀光は正確にネイランの右肘を貫通し、切断する。
「あらまー」
切断された腕を気にも留めていないかのようなネイランの声を最後に辺りは星が落ちたかの様な音に支配される。銀光が落ちるたびに爆発が起こり地面が抉れる。
レイは戦慄した。今まで見てきたどの魔術よりも遥かに強力で、無茶苦茶なものだったからだ。そしてそれと同時に綺麗だとも思った。
「純粋な、魔子の弾丸……」
レイは圧倒されながら言葉を漏らした。目の前の状況を頭の中で理解し切ることは到底できなかった。そして言葉にして口にして初めて目の前の光景が何を意味しているのかを理解した。
ある程度圧縮された魔子は青紫の光を放つという。そしてさらに圧縮を続けると魔子は次第に色が抜けていき、究極的には純白の銀光を放つ。質量の枠組みを超えたエネルギーの塊が、日が沈み、大地を焦がす炎が燃やす夜空を、切り裂く。
どれほどの時間が経ったか。ほんの瞬き三つ分。であるというのに目の前の地面は抉れに抉れ巨大な穴を作り上げていた。
直径二百メルほどの穴の対面に、切断された右腕を左手に持ったネイランが立っていた。
「ったく、来るのが早いよ……東の魔女」
ネイランの視線はレイではなく夜空を向いていた。レイも同じように空に目をやるとそこには魔女がいた。
三角帽子を被り、右手には長い杖を構えてこちらを鋭い眼光で見下ろしていた。レイは呆気にとられていた。
「私の旦那様に言い寄らないでくれる?」
声はレイの真後ろから発せられた。その声がレイの耳に入るより前にレイは腰から引っ張られていた。
「わっ!」
急な力に足がよろめきバランスを崩すがしっかりと支えられる。
「大丈夫? あなた。第三番を出さなかったのは賢明な判断よ」
ふんわりと柔らかく受け止められ、ぶわっと優しく甘い香りがレイを包み込んだ。火事場のど真ん中にいるというのにそれを打ち消すほどの安らぎがそこにはあった。
「あっ、あの……あっありがとう、ございます……」
レイの口から動揺も合わさり片言な敬語が溢れる。
「っ! そ、そうよね……今の私たちは初めましてだものね」
魔女はゆっくりとレイの腰を包む腕の力を緩める。レイは魔女の胸の下の脇腹肋骨辺りを押し返し魔女の支えから離れる。
「取り敢えず」
一瞬悲しい顔を魔女が浮かべたが一度まばたきを挟むとそれも消えた。
「私の後ろにいなさい……絶対に守ってあげるから」
その顔に代わりに浮かんできたのは絶対的な自信と確信、それでもって初恋の懸想を寄せる相手に向けて少し強がる背伸びした表情であった。
「あなたにはケガも苦痛も与えさせない。指一本も触れさせてあげるもんですか」
魔女のしなやかな指がレイの顎下をゆっくりと撫でる。レイは顔を紅くし、うつむく事しかできなかった。
「真理の裁定者、ダイアナ・アレスト・フォーレンライ!」
穴の向こう岸から声がはっきりと聞こえた。
「何故貴様は神々の言いなりとなっている! かつてルイン様の姉弟子を務め、絆を結んだというのに、何故ルイン様の道に背く!」
魔女は「はぁ……」と呆れため息をつきネイランと相対する。
「勝手にしゃべらないでくれる? 不快よ」




