領域侵犯 03
「イッテテ」
レイは瓦礫のうえで目覚めた。先ほどの爆風で辺り一帯の景色は変わり果て、いよいよ自分が何処にいるのか分からなくなった。レイはすぐさま立とうとしたが、うまく脚に力が入らない。どうやら怪我をしてしまったらしい、
「……治癒のスクロールは」
試合前にレイシナムに渡された治癒のスクロールの事を思い出したが既に何処かへいってしまったのか数は減っており、残っていたとしても手元にあっても破れていたり焦げていたりと、何一つ使い物になりそうになかった。
レイはこれからどうしようかと焦燥と不安に駆られた。そんなとき、レイの耳に声が聞こえた
「大丈夫かい? 少年」
レイは声の方を振り向く。そこには絶対的に今この状況にそぐうことなどあり得ない、真っ赤なドレスを身に纏った女性が立っていた。
アイラの言葉を思い出し、レイは警戒した。
「あなたは、誰……ですか」
レイのその言葉に女は目を丸くした。しかし次の瞬間には口元が歪み微笑む。
「へぇ、初対面の人に警戒するなんて感心感心。でも、安心してほしい。私は敵じゃない」
女がレイを一瞥するとレイの傷はたちまち癒えた。
「私に見える範囲は癒してみたけど、どうかな? 動ける?」
そう言いながら女はレイに近づき、手を差し出す。レイは少し悩んだ後この手を取った。女に引っ張られ、ヒョイッと立ち上がる。
「……痛くない」
「でしょ」
レイは全身を一応確認する。所々服が破れたり穴が空いてたりしているが、体にはそんなに外傷は見当たらなかった。
「あの、あなたの名前を聞いてもいいですか?」
もう最早、レイに警戒の色などない。その目に映るのは感謝の念。女はニヤッと笑うと口を開く。
「私の名前はネイラン、ただのネイランだよ」
女はレイに「着いてくるといい」と言い、歩き出した。
「あの、なんで僕を助けてくれたんですか?」
レイは前を歩くネイランに問いかけた。
「私の大切な人から頼まれたんだ。『レイ・アレストライ』を保護しろってね」
その言葉を聞いてレイは大きく後ろに向かって飛び、距離を置く。
「ねぇ、いくら初対面だって言ってもさ。急に離れるのはちがくない? まぁ、初対面じゃないけど」
ネイランは振り返ることなく少し嘲笑うように言葉を吐く。
「あなたは誰ですか……前に会ったことありますか?」
ゆっくりとネイランは振り返り、答える。
「私はネイラン、それ以上でもそれ以下でもない」
女はレイの警戒をまるで風のように受け流している。
「何をしているんだい? 早くついてくるといい」
《王国城にて》
王国城では今回起こった暴動の対処で各所仕事に追われていた。
「全使者に通達! 逃げ遅れた民を探し出し転移魔術で護送しろ!」
「予算なんて二の次!」
「軍はどうなってるんだ! はぁ? 準備中? さっさと済まさせろ!」
「軍部だけじゃ足りない! 上院に協力要請を出せ!」
怒号が入り乱れる。皆、自分の街を守ろうと必死になっていた。その様子をレ・リアールカは上階の特別室から悠々と眺めていた。
「リアールカ様、先ほど王国側からの協力要請が来ましたがいかがなさいますか?」
亜麻色髪のリアールカの側近、シュヴァルが尋ねる。
「……よい、受けろ」
「かしこまりました」
「それと、アエデスを呼べ……応じるとは思えんがダイアナにも声をかけろ。あの二人は魔術大会で王都に残ってるはずだ」
「……かしこまりました」
シュヴァルは命令を拝聴し、その場からいなくなった。しばらくするとリアールカの元に近づいてくる三つの足音が聞こえてきた。コンコンと扉が叩かれ、開かれる。
「リアールカ様、アエデス様とダイアナ様をお連れいたしました」
「入れ」
シュヴァルは深々とお辞儀をし中に入る。
「お呼びでしょうか、お師匠様」
「呼ばれたから来たよ」
シュヴァルに続いてアエデス、ダイアナが入ってきた。
「アエデス、ダイアナ、よく来たな……座るといい」
既に座っていたリアールカは自分の対面の椅子を手で示した。そしてすぐさまシュヴァルに目配せをする。ただの一瞥、されど長年仕えてきたシュヴァルからしたら主人が何を求めているのかなど想像に難くない。アエデスとダイアナが座ったのを確認した後、二人の目の前に紅茶が差し出される。
「すまないな、シュヴァル……それとここからは上院幹部の話し合いだ。退室しろ」
棘のある鋭い口調。しかし、この場の一切がそれで不快になることなどない。
「かしこまりました」
シュヴァルは再び深くお辞儀をし部屋から出ていった。扉が閉まりきったのを確認してリアールカは話し始めた。
「さて、アエデスはわかっているだろうから、ダイアナに聞く。今の王都の状況をどれほど理解してる」
「んー、六割ってとこかな。いくら霧の窓でもすべてを見通せるわけじゃないから」
「それだけ分かってれば十分だ」
「んで、私からも一つ質問いいかな? お師匠様」
ダイアナの言葉にリアールカは首を縦に振る。
「この一件、あの子と関係あるの」
「……あの子というのは」
「わかってるでしょ、師匠の弟で私のバカ弟弟子だよ」
リアールカは机のうえに置かれた紅茶を手に取り一口ゆっくりと飲む。カチッと音を立てて再びカップが机のうえに置かれる。
「……いいや。この一件は二千七百年前とは違う。どちらかと言えば暗黒期だ」
「月の記憶ね」
ダイアナの言葉にリアールカは首を縦に振る。
「それとダイアナには申し訳ないが第七番が敵の手に落ちた」
「はぁ!?」
「はぁ!?」
そのことは初耳だったのか、アエデスも大声をあげて驚く。
「ちょっ! ちょっと待ってくださいよお師匠様!」
「そうよ、さすがに訳がわからないわ!」
「我だって驚いてる。王国の杜撰な管理体制が招いた結果だ。だからあれほど我の結界を受け入れろと言ったというのに……」
リアールカはグチグチと苦言を呈す。
「取り敢えずだ。アエデスとダイアナには今回の騒乱を収めるのを手伝ってほしい」
リアールカのその言葉にアエデスは頷いたが、ダイアナは首を傾げた。
「私なんかいなくても正直な話師匠一人で事足りるんじゃない? あなたの存在は一般には知られていない。でも学者だったりで普通に知ってる人も、全体的な割合から見たら少ないかもしれないけど、数え切れないほどいるわ。それほど気にするようなことなんてないと思うのだけど」
その疑問は至って普通のことだった。学院の理事長にして真理の裁定者であるアエデス。東の魔女にして真理の裁定者であるダイアナ。二人とも神話の時代を生きた人間である。世界の何処を探してもアエデスほどの身体能力を備えた人間も、ダイアナほど見聞と知識に長けた人間はいないだろう。
──目の前の、彼女らが師匠と呼ぶその女を除いて。
リアールカはゆっくりと口を開いた。
「……ヴァディゴスの生まれ変わり」
その言葉にアエデスとダイアナは息を呑んだ。
「第七番が敵の手に落ちた今、ほかのディゴスシリーズとの会合は最もさけるべき事態だ。領域侵犯だけは使わさせてはならない」
それでもダイアナの疑問は解消されなかった。しかし、自分が「自分の夫の生まれ変わり」をカードとして提示され、脅されていることだけははっきりと分かった。
「この一件が終わったらあの少年はダイアナのところに預ける。好きにするといい。夜伽に励み、子を産むにしても、我は目を瞑っていよう。ただし、」
「それは私の協力が条件ってことね」
ダイアナは賢い。自分自身の夫が「上院」という完全に外界から隔離された組織に連れ込まれる可能性と、協力すればそれを防げるどころか甘い誘惑までかけられている状況をしっかりと理解していた。
リアールカはそれには答えなかった。
「お師匠様、もう行ってもよろしいでしょうか」
先ほどからずっとダイアナに焦点が向いていたため、アエデスは自ら戦場で赴く申し出をした。
「すまない、アエデスには頼みたいことがあったのだ。現在敵主犯と戦闘中のレナ・アレストライの援護と護衛を頼みたい」
「かしこまりました」
アエデスはそれを聞くとすぐさま部屋から出ていった。
「全くあの子は……」
ダイアナはやれやれといった様子でため息をついた。
「こういう時に血が騒ぐのは昔からだな」
「真理の裁定者になって落ち着いたと思ってたんだけどね」
「まぁ、いい。それでダイアナ、返答は?」
「……はぁ、そんなの『はい』以外なくない? そのかわり必ずあの子を私のところによこしてよ師匠。あと子供が生まれたら抱かせてあげる」
「よい、そんなことは求めてない……ダイアナ、おまえの仕事は自分の夫を守ることだ」
「わかってるよ」
ダイアナもそれだけ言うとそそくさと部屋から出ていった。誰もいなくなった部屋でリアールカは頬杖をつきため息をついた。
「……ルイン」
誰にも聞こえない大きさの声でリアールカはその名を呼んだ。
まるで昔を懐かしむ姉のように……




