姉弟喧嘩 01
大地を跳ねる足音が二つ。
交わり甲高い音を響かせる刃が二つ。
運命とは残酷だ。そう、私は思ったのだ。今、試合という名で行われているのは幾重にもヴェールを重ねられた殺し合いで、まるで過去の私を見ているようだった。
「リアールカ様、お時間です」
試合を観ていたのだが残念ながら係の者に呼ばれてしまった。
「あぁ、すぐ行く」
私は過去の教え子が作り出した霧の窓に映るその試合の様子を立ったあとも少し見ていた。
「……運命に抗いなさい。我には作ることのできなかった道を探しなさい」
それだけ言い残して私は係の者の後を歩き始めた。
《空中要塞》
そこではこれまでにないほどに苛烈な試合が行われていた。
互いに引かれ合うように、槍先の刃と大鎌の刃が交錯する。レイの上段からの振り下ろしに対してレナは下段からの掬い上げで応戦する。二つの刃がジリジリと擦れ、パチパチと火花をあげる。レナは悠々と受け止めたのに対し、レイは全身の体重を刃の一点に向けて重く乗せる。
(本当にこれで一年生なのか……)
いかに敵といえど、敵ながらあっぱれというやつだろう。レナは少しばかり感心してしまった。それが一瞬の隙を生む。
「ここ!」
レイは石突を抑える左手を離した。レナの下段からの攻撃を抑える力を失った槍は柄の中央を持つ右手を中心として回転し、石突がレナの顎に向け円弧を描きながら迫る。
「へぇー」
レナは大鎌をくるりと回し、刃の腹の中央で弾き返す。そのまま流れるように体を翻し一瞬のうちに上段に構える。
「《第一形・断絶》」
鎌が勢いよく振り下ろされる。レイは咄嗟に左に避けた。
次の瞬間、レイの後方三百メルに渡って斬撃の跡が出来上がる。
(予選で先輩たちをやった技か!)
レイは大きく後方に跳躍し一度距離を置く。
(レナ先輩……わかっていたけど隙がまるでない。さっきの少しの隙だって多分あえて作った隙のはず)
相対する女性がどれだけ格上の存在か、本当に同じ人間なのか疑いたくなるほどレイはそのことを痛烈に理解した。
「ねぇ、レイ君」
突然、レナがレイに向かって話しかける。
「な、なんですか? ……レナ先輩」
レイはその声に身体が震えた。しかし、自分の動揺が悟られないように必死になって平常心を保つ。
「あなたは、何者?」
レイの額から冷や汗が一滴、頬に向かって流れる。返答を間違えば殺される、という程度では到底収まりきれないほどの、それでいて脊髄を鷲掴みにされていつでも抜き取られそうなほどに、命の首に刃が添えられている感覚を、確かにレイは感じた。
「もう一度聞くよ」
レナは一歩。そう。たった一歩レイに向かって歩いた。
しかしそれは、返答よりも先にレイに槍を構えさせるには十分なほどの威圧だった。
「……そう」
レナは鎌を上段に構える。
「もう、言葉は必要ない」
レナのその宣告を合図にするかのように、二人の持つ『相棒』が同時に冷徹な声を上げた。
『敵対対象の魔力収束を確認。迎撃プログラム起動』
『推力最大。レイ様、踏み込んでください』
《産声》の音声と同時に、レイの身体が界力の後押しを受けて砲弾のように弾き出される。狙うはレナの心臓。一直線に放たれた渾身の刺突は、空気を引き裂く甲高い音すら置き去りにするほどの速度だった。
「遅い」
しかし、レナは微塵も焦らない。彼女は襲い来る光の如き槍先を弾き返すのではなく、大鎌の刃の内側で槍の柄をガチッと『引っ掛けた』。
「なっ!」
刺突の威力をそのまま利用され、レナが刃を後方へ振るのと同時に強引に軌道を逸らされたレイは前傾姿勢に体勢を崩す。レナは引っ掛けた柄をさらに引き、レイを自分の方へと乱暴に引き寄せた。レナの眼には首元を刈り取ろうとする死神が宿っていた。
確実に殺す。
単なる学校行事であるはずが、すでにその範疇を逸脱していた。
(怖い! でも!)
主神との約束が今のレイを奮い立たせる。レナを救うという約束が、辛うじてレイの正気を保つ。
(何がレナ先輩にとっての救いなのかわからない! 救うことができるのかもわからない! でもここで諦めるのは、絶対に違う!)
レイの頭はかえって冴え渡っていた。
(引き寄せられる……なら!)
レイは抵抗するのをやめ、逆に自ら前へと踏み込みながら、体術へ持ち込もうとする。
だが、レナの動きはレイの予測をさらに上回った。
「《黒波》」
ドンッ!!
突如、レナの背後で爆発音が響いた。槍を束縛から放った瞬間に、レナが大鎌の先端から後方に向けて魔弾の空砲を放ったのだ。その強烈な『反動』を利用し、レナの身体は重力を無視したコマのように超高速で回転する。
回転で恐ろしいほどに加速した大鎌の刃が、今度はレイの完全な死角から襲いかかる。
『右後方より高脅威接近』
「くっ!」
確かに槍は手元にあった。しかし完全に思考を槍術から体術に切り替えたレイはほんの一瞬防御が遅れた。《産声》の警告に従い、レイは咄嗟に槍を背後に回して防御姿勢をとるが、それは十分には間に合ってなかった。金属同士が激突する轟音が響き、重い衝撃にレイの身体が軋んだ。
刃と柄が交差した、ゼロ距離の鍔迫り合い。お互いの息遣いすら聞こえる距離で、レナの口角が冷酷に吊り上がった。
カシャッ、と。交錯する大鎌の刃が折りたたまれ、真っ直ぐな銃身へと形を変えた。
(近接戦の最中に、銃……!?)
レナはそのまま飛び上がり、レイの槍の柄を支点としてくるりと半回転。先程までレイにとって外側を向いていたはずの黒ぐろとした銃口は今やレイの腹部に押し当てられる。
「終わり」
引き金が引かれる瞬間、レイは渾身の力を込めて槍を弾き返し、同時に体を捻った。
ズガンッ!!
放たれた魔弾がレイの脇腹の布を掠め、遥か後方のパイプ群を粉々に吹き飛ばす。レナはすぐさま刃を再び出し、レイの槍を解放する。
出てきた刃がレイの鳩尾に打撃を与え、レイの体勢は一瞬よろめいた。その隙をレナが見逃すわけもない。レナはもう一度《黒波》を銃に変え魔弾を発砲した。ゼロ距離での連射。
「クソっ!」
同時に、レイは《産声》を風車のように高速回転させ、続けざまに放たれるレナの至近距離からの連射をギリギリで弾き落とした。
火花が散り、激しい銃声と金属音が要塞の宙に響き渡る。
互いの武器から発せられた莫大なエネルギーの反発により、二人は大きく弾き飛ばされ、再び距離を取った。
「はぁ……はぁ……!」
レイの息は限界に近い。接近戦、変則軌道、そしてゼロ距離射撃。たった数秒の攻防の中で、幾度となく死の淵を覗き込んだ。
これが、終焉の派閥の頭領。これが、ディゴスシリーズ同士の純粋な殺し合い。
レイは震える両手に力を込め、再び《産声》を正眼に構えた。




