魔術大会本戦 10
《愛の巣・第三会議室》
「集まったわね」
僕が部屋に入るともう既にエイリス先輩とレイシナム先輩が席についていた。先輩方に促されるまま僕も席に座る。
「とりあえず、私の考えた作戦の草案を伝えるわ。《開きなさい》」
レイシナム先輩の言葉に応えるように霧の窓が現れ、そこに少しずつ色が加わっていく。
「これが決勝に使われる会場は毎年恒例の『空中要塞』よ」
空中要塞とは魔術大会のために打ち上げられる建物の総称らしい。実際に見たことはないから何とも言えないけどかなりの大きさで壮観だという。
「今年の要塞作成担当は西区よ。つまり魔工業が主題の出来になるはずでちょうど五年前と同じ」
レイシナム先輩は霧の窓に五年前の試合会場の地図を移す。
「魔工業の施設が主題なだけあって完成度は西区を縮小したものと言っていい。特に警戒すべきはここ」
地図の中央が赤く光り出す。
「ここは五年前の決勝でも争点になりましたわね。懐かしいですわ」
エイリス先輩がそれを見ながら感嘆の声を漏らす。
「確かにそうね。レイ君に説明するとここには工業施設の核心部があるのよ。五年前は実質的にここの争奪戦だったわ」
「なんでそういう流れになったんですか?」
僕の質問にレイシナム先輩はうーんと首をかしげる。どう説明しようかと頭を抱えている雰囲気だ。
「魔工っていうのは魔法陣を利用した工業技術のことっていうのは知ってるわよね。魔工製品の多くは魔線を通じて流れてくる魔力を動力源にしているわ。その核心部を制圧できれば実質的に試合会場全域を魔線を用いて支配下に置くことができる。本来の射程を超えての魔術発動も、より高威力にすることだってできる。本当に西区の人たちがやたら完成度を追い求めたせいで試合の流れがほぼ固定化されてるのよね」
「まぁ、南区よりマシですわ。歓楽街が主題となると流石に……」
先輩方は「はぁ……」と重いため息をついた。
「それじゃあ、今年も核心部の争奪戦ですか?」
僕のその質問に先輩方は首を縦に振る。
「相手の出方次第では無視することもあるかもしれないけど制圧することのデメリットがまるでないのよね。現状、序盤の最優先事項は中央の奪取よ」
レイシナム先輩はその後も中央を制圧できた場合、できなかった場合の作戦を事細かに教えてくれた。
「取り敢えず、作戦はこんな感じ。ここからがちょっと厄介な話なのよねぇ」
レイシナム先輩が手をパンパンと叩くと会議室の扉が開いて双子の先輩が入ってきた。
「頭領」
「よんだ?」
まさに阿吽の呼吸。
「来てくれてありがとう。取り敢えず座ってナリス、ニリス」
二人とも空いている席にレイシナム先輩に促されるまま座った。
「レイ君にも少し関係のある話よ。大前提、私たちは魔術大会優勝を狙っている。新人戦でレイ君が術式解体で優勝、アイラちゃんが魔導機兵戦で優勝、その他にも優秀な成績を収めてくれた子が多いおかげで現在総合二位の位置に落ち着いてるわ。一位は終焉の派閥。そして最後の競技が『楽園での決闘』よ。もし、私たちが楽園での決闘に優勝すれば逆転できる。逆に負ければ二位のままよ。ナリスとニリスの後輩指導おかげね」
レイシナム先輩は僕のほうをじっと見てこう続けた。
「負けは許されない」
レイシナム先輩のそのひと言にはまるで夜空の星々がそのまま背中にのさばってきたような、そんな重圧を感じた。
「頭領に言われた通り調査はしてきた」
「でも得られた情報はただ一つだけ」
「レナ先輩は開幕に大技を使って」
「核心部を含めて『全て』の遮蔽物を破壊する事」
その報告にレイシナム先輩は静かに言い放つ。
「作戦変更」
しかし、その言葉に作戦変更を余儀なくされたことへの憤りや、不安感、焦燥感というのは一切無かった。むしろ、レイシナム先輩はこれまでにないほどの不敵な笑みを浮かべていた。
「これはいい、ものすごくいいわ。好都合もいいところよ。まさか学院二位実力者が私の策に溺れる事があるなんてね」
レイシナム先輩は押し殺すような笑い声をクスクスとあげる。
「ごめんなさいね、それじゃあ作戦を伝えるわ」
その作戦内容を聞いた僕たちは戦慄した。
(そう言えばレティシア先生から言われたことがあったなぁ。『学院一の知恵者はレムちゃんよ♡』って……)
作戦会議の後もあのレイシナム先輩の不敵な笑みだけがどうしても頭から離れなかった。
二時間後
『さぁさぁ、皆さんお待ちかね! 魔術大会一にして最大の得点割合を占める『楽園での決闘』の決勝戦のお時間です! 先程三位決定戦を終え残りは一位と二位を決めるこの試合が楽園での決闘、そして魔術大会本戦の最後の競技、試合となりました!』
魔術大会という一大行事の終わりともなればそれ相応の盛り上がりを見せる。アナウンスの声に歓声が上がりどっと会場が湧き上がる。
『決勝の舞台は浮遊要塞! 今年は西区の魔工業団による打ち上げです! それではカウントダウンです!』
その言葉で会場に来ていた選手も、審判も、観客も一斉になって叫ぶ。
『五! 四!』
人々の熱狂と興奮が大地を揺らすような歓声となって王都全体を包み込む。
『三! 二! 一!』
零、その瞬間空に大きな紫色の裂け目が生まれる。はじめは一本の線で空を切ったような、割ったような形だったのが、次第に周りをのみ込みながら、割くように、破くように空を割っていく。しばらくするとその裂け目から大きな建物がゆっくりと姿を現した。少し傾き始めている日の光と工業的な見た目の組み合わせに思わず感嘆の声が漏れる。
『それでは選手転移!』
僕たちは大会運営側の人の指示に従って魔法陣の上に乗ると次の瞬間には青空が真横に見える場所、雲すら突き抜け微妙に斜めった太陽に直接照らされる空中要塞に飛ばされた。
「うおっ!」
一瞬クラッとする感覚に襲われたもののしばらくすると上空の冷たい空気が頬を撫でて意識がはっきりする。
「はぇー、た、高い」
「上空六千メルだったかしら?」
「六千メル!?」
僕たちが飛ばされたのはどうやら外周のようで後ろを振り返れば真っ青な空が工業パイプの隙間から見える。近づいて下を見てみれば王都の円形が見える。
『「楽園での決闘」は古代にあった。レ・リアールカ様と当時世界最大の犯罪集団「エデン」との戦争がモデルとなっています。己の正義を貫き、魔の道を突き進む。魔の道の先で、正義を執行する。各々の派閥の理念同士のぶつかり合いはまさにここに重なる部分があるでしょう! それでは選手宣誓です!』
レイシナム先輩は自身の右手を胸に添える。
「我々愛の派閥は、愛の神フレイル様の名のもとに友を愛し、世界を愛し、己の愛を貫き、かつての戦で世界のために命を賭した英傑たちのようにこの戦いとその結果を神々に捧げる」
《レナ視点》
そろそろ愛の派閥の宣誓が終わったあたりだろうか。
「ボクの番かな」
私は一歩前に出て左手を胸に添える。
「我々終焉の派閥は終焉の神、崩様の名のもとに、かつての英傑たちのように世界に跋扈する邪にその存在を後悔する間すら与えない終焉をもたらそう。我が道は悪にあらず、我が道は正道にあらず。我の行く末そのものを神々に捧げる」
言い終わって一歩引く。
「毎度毎度僕思うんだけどさー、これ宣誓って言うよりもかっこいいこと言ってるだけじゃないー?」
右隣のダンテがそんな事を言った。
「確かにね。ボクもそう思うよ」
「……頭領」
私の簡素な答えに何か含みを感じたのか、はたまた異質な何かを感じたのかわからないが、ぼそっと左隣のミラがつぶやいた。
「頭領、こんな時くらい自分を偽らなくていい。それに……」
「ミラ」
ミラの言葉を私は短く制止する。
「それ以上は駄目だよー」
ダンテはそう言いながら杖を懐から取り出す。ミラも自前の剣を鞘から引き抜く。
『《応えろ》』
詠唱と同時に地面に真っ黒な泥のような渦が出来上がり、しゃがんで右手を突っ込み、そこからゆっくりと武器を引き抜く。
『それでは、試合開始です!』
試合開始のアナウンスが会場全体に響き渡る。
「さぁ、ボク達の戦いを始めよう」
私は取り出した鎌を右上から左下に向かって薙ぐ。そうすると刃が収納され形が銃身の長い『ライフル』へと形を変える。私は『スコープ』覗く。
「中央に高エネルギー反応を確認。魔力充填開始」
『承知しました。魔力充填開始』
相変わらず無愛想なやつだ。なんだかんだ言ってディゴスシリーズでそれぞれに自我があると言っても個人差があるという事か……
『魔力充填率、規定値の百五十パーセントに到達』
「霊力発生装置起動」
『霊力発生開始します』
次第に霊力との相互作用により銃に込められた魔子がその速度を増していく。
『霊力、規定値との誤差〇.〇二ラステ。界力による魔子の超加速を維持……規定値に到達、加速完了。魔子質量をエネルギーへ変換』
「そのまま因果改変を二重展開。対生成段階へ移行」
『……対生成を確認。正物質を排出し、反物質の抽出および霊力場による真空封じ込めを実行します』
「抽出した反物質を圧縮、銃身内に魔弾を形成」
『……魔弾形成終了。標的ロックオン。いつでも発射可能です』
私は一度深呼吸をして息を吐くのと同時に引き金を引く。
「《第八形・色即是空》」
対象と触れ合った瞬間、その質量を光へと変え、文字通り全てを『空』へと飲み込む対消滅の魔弾が放たれた。




