魔術大会二日目 5
《レイシナム視点》
エイリスとは小さい頃から一緒だった。自分で言うのも変だけど私は昔から頭が良くてエイリスは馬鹿だった。お互いに平民だったけど私とエイリスとではそのくくりで言い表すことができない身分の差があった。小さい頃は気にならなかったけど大きくなるにつれて私とエイリスの間には隔たりができている気がした。知能的なこともそうだったが、一番の違いは心の距離感だった。
当時の私は実家を継ぐにふさわしい才女として育てられていた。自分で言うのもなんだけど才能もあり、いろいろなことを幼いながら吸収していって頭のいい子供だったと自負している。でも、みんなから期待される生活というのは思ったよりも苦しいものだった。そんな生活のなかで私を日の光で照らしてくれたのがエイリスだった。エイリスといる時だけは私は才女として振る舞わなくて済んだ。弟ができると同時に愛の神様から啓示を受けたときはとても嬉しかったのを覚えている。王都に住んでた私はリーヤシュヴァレン魔術学院に入学しなくてはならなかったからだ。やっとこの家から抜け出せる。それに男の跡継ぎも生まれた。私は人生で初めて自由だった。
そこから私は才女としてのレイシナムではなくエイリスの友人としてのレイシナムであろうと決めた。勉強は昔からできたから学院生活では勉強面以外に力を入れてみた。そうしてたら次第にエイリスのやんちゃ具合になじめるんじゃないかなって思ったから。
色々と頑張っていくうちに過去の自分との乖離が目立ってきた。でも、いつかエイリスに言われたことがある。
「昔から努力家ですわね」
エイリスには未だに私が才女として写っていることが悲しかった。
六年生の終わりに先輩から頭領の座を引き継いで幹部選抜の時にエイリスを総長に指名したのだってある意味では私が才女なんかじゃないってことに気づいてほしかったからだった。
それはこの場、楽園での決闘の試合中でもそうだ。エイリスを楽園での決闘に出るよう誘ってから三年目だが。未だに素の私を見て欲しいと思わないことはない。
私はそんな大層な人間じゃないよ、エイリス。
『私は唄う
花は揺らぎ、鳥は囀り、風が泣き、月が昇る』
「先にいきますわ」
エイリスが木から降りるタイミングで私は索敵から抜けるために半球天井のギリギリまで浮遊する。これから何をするのかという打ち合わせはしていないけどそんなもの必要ない。
(やっぱり言葉なんていらないよね)
エイリスが地面に接触するのが見えた瞬間、あたりの植物に火がつき出す。
『雪降る月下のもと花々は咲き誇る』
先程まで《愚者の足跡》《繧「繧ケ繧ッ繝ャ繝斐が繧ケ》《飛翔》を立て続けに使ったせいで魔力回路がものすごい発熱しているがそんなもの関係ない。
(エイリスは私が必ず決めてくれると信じて戦ってアガリスをこの場にとどめてくれている。それなら私のすることは二つ)
まず第一に魔術の完成。第二に相手の三人目の選手を見つけ、増援にこれないようにすること。
後者は簡単に見つかった。相手の自陣と思われる不自然な木々の形が上からだとよく見えた。
(あれは自動迎撃系の魔術かな、植物そのものを罠に変えてるせいで上から見ると丸わかりね。魔法陣を守ってる感じかな)
私はそちらの方に手を向けて親指を下向きに突き立てる。効果対象が一定の領域から出る周囲を爆破する罠をコード使用で仕掛けた。対象者はもちろん魔法陣を守っている選手。
『露は朝日と共に消え入る』
私は一度深呼吸し、詠唱を継承させる。
『万物は流転する』
詠唱継承。それは最悪なことに世界への反逆者ルインによって編み出された魔術技能のうちの一つ。二つの魔術の詠唱文を特定の文言で結びつけて効果を増幅させる技能。
『月に照らされ、風に靡き、花は香る
来たる時、月は輝き、風が凍てつき、鳥は凍え、花は白氷を纏う』
そこまで行ったところで下に目を向けるとこちらを見つめるエイリスがいた。それと怪しい光を放つアガリスも。
(立体魔法陣ね……まぁエイリスなら耐えられるでしょ)
私はニッコリとエイリスに微笑む。エイリスは「いやいやマジかよ」といった感じに目を丸くしたがすぐにアガリスに向き直った。
(エイリスなら死ぬことは絶対にない。でも、急がないと)
体内での魔力の制御が上手く行かない。それでもエイリスの期待に応えるため心血を注ぐ。言葉を発そうと口を開くことすらできないほどに私は集中してた。
『今……ここに、私は言葉を……紡ぐ』
最後の詠唱の言葉を紡いだところで下を見るとエイリスが投げ飛ばされたのが見えた。どうやら私が見ていなかった間にすでにアガリスの魔術が完成していたらしい。でも……
(やっぱりアガリスはバカね)
私はニッコリと微笑んで浮遊魔術を解除する。ゆっくりと自由落下が始まり落ちていく。もちろん目的地はアガリスの頭上。
そこに到達するまでに時間はかからなかった。私はアガリスに向かって手のひらを向ける。最後のアガリスの顔は滑稽だった。
『《雪の法・花鳥風月!》』
その瞬間、大温室は白氷世界と化した。
(あ、やべ)
大技を放った反動で魔力制御を間違えて先ほど仕掛けた罠に過剰な魔力を流し込んでしまった。それと同時に遠方で爆発が起こった。
『試合終了!』
《黒猫の尻尾亭にて》
『試合終了! 勝者、愛の派閥!』
そこには三種類の人がいた。人数不利を覆し見事に勝利を収めた愛の派閥を称賛する人々と自分たちの植物が燃やされ、灰にされ、罠にされ、凍らされた事を嘆く人々。そして、そのどちらでもない男と女が一人ずつ。
「あの程度で雪の法?」
「どったの? りゅーたん」
「いや、なに……今代の愛の派閥は珍しく武闘派だなと思っただけだ」
「ほっか」
女はもぐもぐと飯にがっつきながら返事をする。男は霧に映し出された映像を見つめている。
「ね、りゅーたん。レナ・アレストライはいつ出るの?」
「ん?」
女は食べ終わったのか口をナプキンで拭いて男の方を向く。
「予定表だと次の次の試合だな。愛の派閥との試合になってる」
「まぁ、レナ・アレストライなら勝つでしょ」
女は「お会計お願いしまーす!」と言って会計を済ませた。男が財布を出そうとしたが女に制止され泣く泣くおごられる羽目になっていた。
「こういうのは男に出させてくれ」
「ごめんごめんってば、てかここ安すぎ」
店の外で二人は並んで歩いていた。道行く人の視線は女に釘付けになっていた。
「ね、りゅーたん。なんか見られてる気がするんだけど」
「お前が真っ赤なドレスなんか着てるからだろ」
そう、女は真っ赤なドレスを身にまとっていた。全く似合っていないわけではない。なんならものすごく似合っている。
真っ赤なドレスには花形の装飾が施され、肩を見せてはいるが胸の谷間までは見せない何とも男心くすぐられる見た目。
「もう『お前』じゃなくて『ネイちゃん』って呼んでって言ったよね! あと、私は好きな服を着たいんですぅ!」
「ネイちゃんだと『姉ちゃん』に聞こえるじゃねえかよ。オレはごめんだな。お前みたいな女が姉だなんて」
男は続けて「そしてお前年下だろうが」と付け加える。
「りゅーたんのその真っ黒な紳士服も似合ってるよ!」
「そりゃどうも」
女は男に擦り寄り腕を抱き寄せ、破顔する。
「えへへ」
「気持ち悪いぞ」
「な!」
女が表情筋を緩めきってだらしない笑顔を浮かべるのを見て、男はあからさまにドン引きした。そして女は、その男の冷たい反応にショックを受けていた。
「それよりも早く仕事の準備するぞ」
「うん!」
長身の男と、それにしなだれかかる女は、祭りの喧噪を背にして大通りから外れていく。
「りゅーたん」
「なんだ?」
人目のつかない所まで来て女は男に抱きつきながらこう言った。
「全部、燃やしちゃおうね」




