魔術大会二日目 4
《エイリス視点》
レイシナムとは小さい頃から一緒だった。レイシナムは昔から頭が良くて私は馬鹿だった。お互いに平民だったけどレイシナムは王都で二番目に大きい商会の令嬢だった。小さい頃は気にならなかったけど大きくなるにつれて私とレイシナムの間には隔たりができている気がした。知能的なこともそうだったが、一番の違いは所作だった。
当時の私は癇癪を抑えきれない野蛮な女として知られていた。ある程度の人からは嫌がられる存在だったと自分でも思っている。そんななかでもレイシナムは昔と変わらず私に接してくれた。レイシナムと同じで愛の神様からお告げを受けたときはとても嬉しかった。やっとレイシナムと並べるところが私にもできたんだ、と。
そこから私はレイシナムの友人でいるのにふさわしい人になることに努めた。優雅な所作とは何かを考え、言葉遣いを変え、勉強も……まぁ頑張ったけど上手くは行かなかった。
でも、色々と頑張っていくうちに私はかえってレイシナムに避けられないかが心配になっていった。自分でもわかるほど過去の自分との違いが目立ってきたからだった。昔、レイシナムが「最近変わったね」と言ってくれたことがあったが、その事がしばらく頭のなかで繰り返され、胸を締め付けた。
六年生の終わりに先輩からレイシナムに頭領の座が引き継がれた時、幹部選抜で総長に私の名前を呼んでくれたときは嬉しさよりも不安が勝った。私はレイシナムを支える立場にいていいのか、と。
それはこの場、楽園での決闘の試合中でもそうだった。レイシナムと楽園での決闘に出るようになってもう三年目だが未だに私以外に適任の人がいるんじゃないかと思わないことはない。
だとしても……
「まったく……勝ってくださいよ」
「もちろん。その代わり任せたわよ。信頼してるわ」
レイシナムが信頼すると言ってくれたんだ。それなら全力でそれに応える!
『私は唄う』
レイシナムが言葉を紡ぎ出すと同時に私は右手に魔力回路を集中させる。下ではぶつぶつと繧「繝ウ繝弱え繝ウが顎に手を当て考え事をしているようだ。
「おかしい、確かにここに血痕はある。それにここまで来る間にもちょくちょく血痕があった。ただれた皮膚からの出血だろうけど……」
「何ブツブツ言っているんだ? レイシナムの場所は分からないのか?」
「少し黙っててください頭領」
少し揉めてるようだが好都合。この隙にレイシナムと私は極限まで一撃の威力を高めることに専念できる。
『花は揺らぎ、鳥は囀り、風が泣き、月が昇る』
レイシナムの詠唱はまだ始まったばかり。戦闘に参戦する余裕はないけど、このままだとアガリス達が何処かに行ってしまいかねない。
(まったく、すごいなレイシナムは、防音結界を使いながらの詠唱なんてそうそうできることじゃないだろうに)
「先に行きますわ、頭領」
レイシナムは頷き浮遊魔術で大温室の天井の辺りまで飛んでいく。その音に気づいたのか繧「繝ウ繝弱え繝ウが上を向くと同時に私と目が合う。
「上だ! アガリス!」
繧「繝ウ繝弱え繝ウがアガリスに警告しているようだがもう遅い。私はそれと同時に樹から飛び降りた。
「クソが!」
アガリスが咄嗟に障壁を張ったようだが……
(レイシナムと比べたら甘いし弱い!)
私は拳の魔力回路に思いっきり魔子を循環させ発熱させる。
『《擬・天撃!》』
その瞬間あたりに熱風が生じ、また植物たちが燃えていった。土が舞い視界が遮られる。
しばらくして土ぼこりが晴れるとそこにはアガリス一人だけが立っていた。足元には繧「繝ウ繝弱え繝ウが倒れている。
「あら、お一人になってしまいましたね。まぁ、正直あなたしか耐えられない一撃だったとは思いますけどあまりにあっけない」
「チッ、愛の派閥の総長ごときが、魔術もろくに使えない分際で!」
私は拳を構え、アガリスは杖を構える。
『《黒魔!》』
前と同じように杖の先から黒い炎が私の方向に向かってくる。
「同じ轍は踏みません!」
私はアガリスに向かって左手を差し出し指を鳴らす。それと同時に私の指先から水が放たれる。アガリスの黒い炎に触れると同時に気化し、辺りは真っ白の湯気に包まれる。まるで最近流行りのサウナなるもののように蒸し焼きにされる感覚が襲ってくる。
「クソッ! 何処だ!」
「ここですわ、よ!」
私を見失ったアガリスに向かって急接近しその鳩尾に向かって一撃を畳み込む。
『《擬・天撃!》』
「ヴォエッ!」
アガリスは口から胃の内容物を少し出しながら後ろに吹っ飛んでいった。
「きったねでありますわ。流石下品な嫉妬の派閥ですわね」
アガリスは鳩尾を抑えながら息も絶え絶えになんとか起き上がった。
「棄権なさい、肋の二、三本折れてますわ」
「はぁ、はぁ……私は、アガリスだ、頭領だ。この名は、先代より受け継ぎし名だ! ならば、この名に誓ってやすやすと倒れるわけにはいかない!」
アガリスが強く言うのと同時にアガリスの杖が怪しく光る。
「まさか! 霊力を!」
『地に這う影よ、ここに出でよ!』
アガリスの言葉と同時にアガリスの周りがドス黒く光る。
「立体魔法陣!?」
私はどうすればいいかわからなくなり空を見上げたがレイシナムはニッコリと見下ろすだけ。
(もう笑えてきますわ)
敵を褒めるようなことはあまりしたくないのだが、アガリスは魔術において学院一ともいえるほどの才能を持ち合わせている。多くの魔術をスペルキーで使うことができ、コード使用だってお手の物。使うことのできる魔術の量では学院一の実力者と並んでいて単純な火力勝負ならあのレナ・アレストライを凌ぐ。そんなアガリスが詠唱を伴うほどの魔術となればそうそう簡単に凌げるものではないのだろう。私は覚悟を決めてアガリスに向かって突っ込む。
『天を仰ぐ者、光に愛されし者を我は許さず!』
アガリスが詠唱を続けているがそんなことは構わない。
(相手が何かする前に、殴る!)
思いっきり右腕に魔術回路を集めたところで空間に満ちたドス黒い光が右腕の魔力に呼応するように絡みつき、身体に違和感が生じた。
「あ、あれ?」
私はそのまま膝をついた。右腕を見ると普段ではありえないほど発熱している。急いで魔子の循環を止めようとするがそれを拒むかのようにどんどん魔子は流れ続ける。
(霊力による強制魔力発生!)
「ア゙ぁ゙! ア゙ぁ゙ぁ゙!」
次第に熱がこもったせいか骨が溶けるような腕がはち切れるんじゃないかというほどの痛みが襲ってきた。血液がぐつぐつと煮え立ち、血管を破っていくのが分かる。思わず涙が溢れてくる。
(と、とにかく離れないと!)
私は思いっきり後ろに飛んですぐさま治療を始める。
『《冷却!》《冷却!》《冷却!》《冷却!》』
普段なら一回で十分に発熱を逃がしきる魔術を四回使っても一向に冷えない。チラリと上空を見上げるが、レイシナムの口がかすかに動くのがみえる。
『その傲慢なる高みを削り、地に縫い留めよ!
汝の不幸は我が糧なり!
汝の堕落は我が贄なり!』
立体魔法陣、確か授業で聞いたことがある。霊力を使って魔力回路を具現化した上で相互作用ウンタラカンタラと。とにかく使える人間は数少なくかつ威力も物凄いことになるという。
(そんなもんまともに受けられるわけないじゃん!)
逃げようとしたが右腕の痛みでまともに体を動かせない。
『美しき花を散らし、醜悪なる蔦を這わせよう!
すべてを奪い、地の底へ引きずり下ろせ!
《羨望する荊棘の庭!》』
詠唱は完成した。
瞬間で私は無数の黒い荊棘に四肢を絡め取られ身動きを封じられると同時に鋭い棘が私の肌を突き刺す。
「イッタ!」
なんとか抜け出そうとするが、抜け出そうとするほど棘は深々と刺さっていく。それと同時に倦怠感まで襲ってきた。
(神経毒もあるのかっ!)
「さて、お前とレイシナムは仲が良かったな」
アガリスが一歩一歩と荊棘の中を歩いてくるが綺麗に荊棘が避けていく。私のそばまで来るとアガリスは私の髪を掴んで持ち上げる。
「無様なものだな! あぁ、レイシナムでこれができればどれだけ痛快か!」
「お゙え!」
アガリスは仕返しと言わんばかりに私の鳩尾を殴ってきた。
「お前がこうなったいま、レイシナムはそろそろ現れるだろう。折角荊棘の結界を張ったんだ堂々と迎え撃とうじゃないか」
アガリスは私を投げ捨てて近くに横たわっていた繧「繝ウ繝弱え繝ウを「邪魔だ!」と言って蹴飛ばした。
「ハハハ」
私は思わず笑ってしまった。
「何がおかしい」
ドスの効いた低い声でアガリスが私の笑い声に反応する。
「これくらいじゃ……うちの頭領は、止まりませんわ……」
「は?」
「私を投げたのが……あなたの、敗因ですわ」
(もう、舌が回らない……)
アガリスは私の言葉の真意が読み取れないのかポカンとしている。なおのこと笑えてくる。ほらもうすぐそこに……
私たちの勝利が降ってくる。




