魔術大会二日目 3
天撃、それは真理の裁定者アエデスの固有技。拳の先に魔力回路を集中させ、発熱。その後殴る。瞬間的な温度は三千度まで達し、それを受け付けない強靭な肉体が合わさり可能となる技。それのダウングレード版、それが擬・天撃。
対抗した魔術宵闇、それはアガリスの使える非体系化魔術の一つ。魔子を特定の場所で循環させることで霊力を発生させ相手の魔子の動きを阻害し魔術の効果を打ち消す対抗魔術。
周囲が灰となり咄嗟にレイシナムが防御魔術を使った魔法陣以外、罠を含めたすべての準備が無に帰した。
「あーあ、せっかく張った罠がぁ」
「相変わらず派手なのが好きなのでございますね。嫉妬の派閥というのは」
淑やかさに欠けますわ、とエイリスがアガリスに声をかける。
「なんだと? 貴様らこそ理性のない獣ではないか! 性に溺れた猿共が!」
アガリスは激昂しエイリスに杖を向ける。
『《黒魔!》』
アガリスの声に応じるように黒い炎がとぐろを巻きながらエイリスに絡みつく。エイリスは何とかして炎をつかもうとするが実体がなく自分から離せない。
「エイリス!」
「おっと、すまないねお嬢ちゃん」
レイシナムがエイリスの補助に回ろうとしたが目の前に男が立ち塞がる。悠々としたたたずまい、黄金の髪、気持ちの悪い仮面、肉付きのいい男らしいその姿にレイシナムは見覚えがあった。
「繧「繝ウ繝弱え繝ウ……」
正体不明の男「繧「繝ウ繝弱え繝ウ」愛の派閥頭領でそれなりの権力があるレイシナムでさえ素性を知り得ない謎の人物。そのため皆からは古代言語から文字って繧「繝ウ繝弱え繝ウと呼ばれている。
「その呼び方は悲しいな……まぁいい、おとなしく魔法陣を渡してくれないか?」
「お断りよ、まずはレディーの誘い方から学び直してみてはいかがかしら!」
レイシナムは地面を強く踏みつける。それと同時にレイシナムを震源とする地震が発生した。
「エイリス!」
「わかってますわ!」
二人は阿吽の呼吸で同時に魔術を唱える。
『恐れず、前へ
《飛翔!》』
二人は空へ浮かび上がる。
「おまけですわ!」
エイリスが追加で巨大な氷柱と火球を自身に足元を取られているアガリスたちに向けて放つ。着弾と同時に火球により氷柱が蒸発し辺りは真っ白の霧に包まれる。その隙にレイシナムたちは森の中へ消えていく。
「逃げるなあぁ! レイシナムうぅ!」
アガリスの咆哮は霧に方向感覚を奪われたせいか、レイシナムの向かった方向とは真逆の方向に向かって放たれた。その姿を中継を見ていたすべての人が滑稽だと高らかに笑った。
《レイシナム視点》
「一旦体制を立て直しましょう。大丈夫? エイリス」
私たちは大温室の端の端まで逃げてきた。あのままでも勝てなくはないだろうが私の得意とする罠が全て突破されたとなれば何かカラクリがあるはずだ。
「少し火傷しましたわ」
「回復魔術を使うわ。見せて頂戴」
エイリスの肌を魔術で作り出した水で洗いながら服を剥がしていく。
「痛い! もっとゆっくり!」
「静かにしなさい!」
皮膚にくっついているのかそう簡単に剥がれてくれない。焼け爛れたというのが適切なほどエイリスの美しかった肌は変色していた。
(これ、全然少しじゃないわよ)
ある程度服をはがして私は魔術を詠唱する。
『逋偵@縺ョ轤弱h縲∝す繧堤剪縺
《繧「繧ケ繧ッ繝ャ繝斐が繧ケ》』
エイリスが白い炎に包まれると同時にどんどん傷が癒えていく。しかし、回復すると同時に傷がまだ広がっていく。
「なっ! エイリス、痛くない?」
「痛いに決まってるでしょう?」
平然と言ってのけるエイリスの忍耐力の強さに改めて驚いた。これだけ治して壊してが繰り返されているというのにエイリスは顔色一つ変えない。
「理由はわかりまして?」
エイリスが尋ねてきて私は思案を巡らせる。
(アガリスが使った『黒魔』は確か大魔術事典に載ってたはず。効果はなんだっけ)
大魔術事典には体系化魔術が九千九百五十二だけ記されている。さすがにそれをすべて覚えている変態はいないと断言できるほどに膨大な量だ。
さすがに埒が明かないと思ってもういっその事継続回復にしようかと思ったが、今の状況を見る限りそのことのほうが悪手に思えてくる。アガリスの性格を踏まえて効果を考察してみる。
「私がアガリスだったら痛めつけるような魔術を使う。このことは実際にいま起こっている」
考えることが多い。さすがにケガを負った状態ではいくらエイリスといえども普段通りとはいかない。それになぜ開幕から私たちの位置を特定して真っすぐ向っこれたのかも考えなくてはいけない。
(さすがに脳の処理が追いつかないわね。この際なぜ私たちの位置がバレたのかは思考から排除してみましょう)
とにかく今はエイリスを蝕む魔術について考えてみる。魔術は詠唱、現象、魔術名に割とその魔術の効果が反映される。黒魔は黒い炎が相手に巻き付くことが発動条件で、効果がエイリスを蝕み回復を阻害すること。治癒しても効果がないことは決して珍しくないが、回復したそばから傷が広がっていくのはおかしな話だ。
もう一度よくエイリスの傷口を観察してみる。普通の火傷とは異なり水ぶくれはない。それに黒くはなっているが痛みが伴っている。それも三度の症状に近いが当てはまっていない。つまりエイリスの神経細胞は死んでいない。じゃあ爛れているのはなぜ?
「エイリス、触るわよ」
「初めては優しくお願いしますわ」
「やらしいこと言わない」
私はそっとエイリスの背後に回り込んで背中にある火傷痕を思いっきり引っ叩いた。
「イッたい!」
エイリスが声を裏返らせながら甲高い声で喘ぐように叫ぶ。ごめんなさいと心で思う反面、これから起こることを確認したい自分がいた。しかし得られた結果は全く違った。痛みが本当にあることの確認のためにやったつもりだった。
「え? 治ってる」
「え?」
私が叩いた箇所のきずが私の手の形に治っていく。試しにまたちょんちょんとデコピンで傷口を突くとそこもまた微かにだが治っていく。
(そう言えば『黒魔』が載ってたのって状態異常のなかでも特殊な反転のページだったかしら)
そうと分かれば……
「エイリス」
「ひぃ!」
私は一歩、また一歩とエイリスに近づく。それと同時にエイリスは一歩また一歩と私から離れていく。
「レ、レイシナム、その手をおろしてくれませんこと?」
「なんでかしら? 私はあなたを治そうとしてあげてるのよ?」
エイリスは後方の木にぶつかり、それ以上下がれなくなる。これ見よがしに私は足早にエイリスに近づく。
「大丈夫よぉ、やさぁしくやってあげるから」
「だ、だってさっき優しくなかったじゃありませんの!」
私はゆっくりとエイリスの頬に手を伸ばして包み込む。
「あなたと私の仲じゃない、大丈夫よ」
「や、やぁ」
その後始まったのは治療という名の拷問……と言えそうなものだった。私としては優しくやってるつもりだったのだが、エイリスが元々痛みに慣れているのもあって、本来なら火傷でこんなこと絶対ならないだろうが所謂「痛気持ちいい」と言うやつだろうか。喘ぐのだ。
「お゙ぉ゙! ア゙ぁ゙、お゙ぉ゙ぉォ゙!」
汚い声だ。
「はぁ、はぁ……」
「よし! 綺麗になったわね!」
偶然の発見だったが、無事にエイリスを治療できたはず。何故か息も絶え絶えになっているエイリスを横目に私は本格的に勝ち筋を考える。
(まず考えなきゃいけないのが相手側の索敵能力についてかな。相手を索敵する魔術としてぱっと思いつくのは赤外線探査。でも今は真っ昼間だから役には立たない。なら、音かな。私たちが罠を張ることはこれまでの試合を見てきた相手なら知ってるはず。それを逆手に利用されたかぁ)
「エイリス起きなさい、移動するわよ」
「はぁ、はぁ……わかりました、わ」
仮に音で索敵されているならもうすでに近くまで来ているかもしれない。私とエイリスは浮遊魔術で少し高めの木の上まで飛び上がる。
「エイリス、よく聞いて。相手の索敵方法はたぶん音」
「なるほど」
「こちらも少しずつ情報を集めないと。相手は一人を魔法陣の守備に回すか、私と同じようにして魔法陣を持ったまま戦闘に加わるはず」
「なるほど」
「そうなる前にいい場所を空から探して罠を仕掛けるわよ」
「なるほど」
先程からエイリスが全く同じ返答しかしていないことに少しイライラする。
「…………エイリス今から何をするのかわかってるの?」
「敵をぶっ倒せばいいんでしょう?」
「はぁ……」
エイリスは馬鹿だ。忘れていた。私は重いため息をついて指を鳴らす。
「防音の結界を張ったわ。私の周りしかないからくっついて移動するわよ」
「わかりましたわ」
私たちが移動しようとした時、足元から話し声が聞こえた。
「おかしい、音が消えた」
「チッ! 索敵方法に感づいて防音結界を張ったか! クソッ! 相変わらず小賢しいバケぎつねが!」
下を覗くとそこには呪詛を吐きながら地団駄を踏むアガリスと繧「繝ウ繝弱え繝ウがいた。
「レイシナム、アレって」
「アガリスと繧「繝ウ繝弱え繝ウね。私たちを追ってきたと言ったところかしら」
私は一瞬にしてこれを好機だと感じた。
「エイリス、アレをやるわ」
「はいはい……って! もしかしてアレを!?」
「そうよ、ここでアガリスと繧「繝ウ繝弱え繝ウを消し飛ばしてあげる!」
エイリスは思いっきりため息をついたが最後にはしぶしぶ頷いてくれた。
「全く……勝ってくださいよ」
「もちろんよ。その代わり任せたわよ。信頼してるわ」
私は一度深呼吸をする。
「ダイアナさん、使います」
そして私は言葉を紡ぎ始める。
『私は唄う』
エッチくないよ? ……エッチく、ないよ?




