遭遇 中編
《レイ視点》
森に入ってしばらく、狩りは順調だった。
「これで六匹目じゃない!」
「そうだな! スゲー!」
「でしょー! もっと崇め奉りなさい!」
二人が浮かれる中、僕はずっと違和感を感じていた。
(魔獣がこんなに集まるなんておかしい)
魔獣はその生成過程上、何かしらの命令に従っている。そんな魔獣が少なくとも七匹この森にいた。これは偶然ここにと言うよりも、むしろ意図的にここに連れてこられたと考えるのが自然だった。
(それに、あの吹雪って女性の忠告と今のこの状況はどう見たって矛盾してる)
取り敢えず、もう村に戻っても問題ないだろう。そろそろ日も沈む頃合い、六匹討伐はどう考えても快挙だ。
「二人とももう帰ろう」
そう言って二人の方を向いたとき。二人の後ろに誰かいる。人型で真っ黒な顔に少しただれた肌。どう見たって今までの魔獣とは違う。かといって、人の気配もしない。
そいつの正体について考えているとそいつは静かに腕を上げた。会話に夢中な二人は気づいていない。
(あれは、きっと魔人!)
「二人とも伏せて!」
俺がありったけの大声で叫ぶと、二人は素早く伏せた。それと同時に、さっきまで二人の顔があった位置を黒い腕のようなものがムチのようにしなり通過した。辺りの木々はバキボキと音を立ててへし折れ、アイラが使役していた魔獣もそれに巻き込まれ、悲鳴を上げる間もなく、肉片さえも残らず粉砕された。それと同時に鋭い赤黒い血生臭い風が巻き起こる。
「きゃー!」
「クッソ!」
バルがすぐに反応して魔人の首に刃をかけるがそれが首を落とすことはなかった。
「は! 硬すぎだろ!」
むしろ、その刀身は真っ黒な身体にヌプヌプと気持ちの悪い音を立てながら沈んでいく。とっさに危険を感じたのか刀身から手を離して退く。
「《爆ぜろ!》」
バルがそう唱えると首に埋まった剣がドォン! と音を立てて爆発した。辺り一面煙に覆われる。僕はその隙にアイラを抱きかかえてその場を離れる。ある程度離れてアイラを降ろす。
「あ、ありがとレイ」
「別にいいよ、家族でしょ」
「二人とも無事か!」
バルももう一本の剣を持ってこっちに走ってきた。
「うん、取り敢えずあいつの対処法を考えよう」
僕がそう言うとバルは「対処法って言ってもよ」と言う。何か気づいているようだが、言語化できないらしい。
「言いたいことは分かるよ、バル。アイツからは魔子を感じない。つまり、アイツに魔力は流せない」
「ってことは私の魔術も通用しないってこと?」
「そうなるね」
どうするか考えていたとき煙の中から小さく光るものが見えた。思ったよりも回復が早い。
(まずい!)
それに危険を感じた僕はとっさにアイラを抱きしめる。
「え?」
アイラの困惑の声が聞こえたすぐ後、ボンッと空気の弾ける音と共に僕の左肩を熱した鉄が撃ち込まれたかのような痛みが襲った。呼吸も忘れ僕は苦悶の顔を浮かべ、僕とアイラは二人揃って地面に倒れる。横目でバルを見たがバルは足をやられたらしい。
「レ、イ?」
アイラはそっと僕の傷口に触れる。彼女の処女雪のような肌が真っ赤にベッタリと汚れる。
「大丈夫、痛いけど、大丈夫」
僕はそう言って立ち上がって魔人を見つめる。そっと振り返ってアイラを見たが瞳が揺れ、焦点が定まっていない。相当動揺してる。
(アイラは動けない、バルも動けない)
足を撃ち抜かれたバルは魔剣を使ってどうにか治療しようとしてるがすぐに治ることはないだろう。二人ともここから逃げることはできない。
(なら、僕がやるしかない)
出し惜しみしていたつもりはない。でも、これでヤツに勝てる保証はない。もしかしたら、ここで二人を担いで逃げたら無傷で逃げられるのかもしれない。戦った結果が吹雪とか言う女の最善なのかはわからない。
あれこれと悩んでいるうちに魔人はもう一度腕を伸ばし、僕の方に攻撃を仕掛けてきた。
(速っ!)
僕はとっさに避けようとしたが……
(チッ、いやらしい!)
後ろにはアイラがいる。避けることはできない。
僕はまたとっさにアイラに抱きつき、庇う。魔人の腕がムチのようにしなり、僕の背中を何度も何度も打ち付ける。その度に僕の背中はガリガリと削れ服は血で濡れ張り付いていくのを感じる。
「レイ! もういいから! このままだと死んじゃう!」
アイラのその声は今までにないほど深刻さを帯びていた。
「クソッ! もう知るかよ!」
バルが治療に使っていたもう一本の魔剣を魔人に投げつける。
「《爆ぜろ!》」
もう一度辺り一面煙に包まれ、魔人の攻撃が収まる。
「アイラ、ごめん!」
その隙に僕はアイラをバルの方向に投げた。バルは「おいおいマジかよ!」といった表情でアイラを受け止める。
そこで、僕は理解した。
(これが、言っていた危機)
もう出し惜しみなんて言ってられない。詠唱するなら今。でないと、もう唱えるチャンスは訪れない。でも、二人とも走ることができる程度には回復してる。戦うことも、逃げることもできる。その状況と吹雪とか言う女性の言葉が頭のなかでごちゃ混ぜになって僕の体を縛り付ける。
その時、十五年前のレイラ様の言葉が浮かび上がった。
『忘れるな、私はあなたと共にある』
決心がついた。
(覚悟を決めろ僕! いや、俺!)
頭を振り覚悟を決める。魔人と戦い二人とも助ける覚悟を。
(俺は自分の主神を信じる!)
ポケットに手を入れ、血濡れた手のまま入っていた紙を乱暴に広げて文字を読む。
『出でよ、ヴァディゴスの化身!
その名を世界に知らしめよう!
産声は今ここに!』
俺は信じることにする。レイラ様から授かった武器を!
その時、森に一筋の光が落ちた。眩しすぎて思わず目をつぶる。
光が収まって目を開けると十五年前に見た武器が地面に刺さっていた。魔人は《産声》の光に目を焼かれて視界が戻っていない様子。
(今のうちに!)
俺は槍の柄に手をかける。その時、俺の周りに立体魔法陣が展開され、槍がしゃべりだした。
『使用許諾確認中…………確認しました。適格者、レイ・アレストライ。これよりヴァディゴスの血統の承諾に移ります』
「立体魔法陣……実在したんだ」
アイラが小さく呟く。
槍から針が出てきて俺の肩の血を採取する。
その時、魔人も視界が戻ったのかさっきと同じように真っ直ぐ僕に向かって腕を伸ばすが、届く前に立体魔法陣に拒まれる。
『血統確認………………確認しました。ヴァディゴスの第三系統の血脈です。使用条項をすべて満たしました。これより、レイ・アレストライの死まで其を唯一の契約者とします』
その時、武器の表面に張り巡らされた青色の線が次第に赤く染まっていった。それと同時に武器の中から大量の魔子が一気に体のなかに流れ込んでくる。俺は無意識のうちにその魔子を体外に放出していた。体外、《産声》、体内。この三つを順に魔子が流れているのを感じる。
「……レイ」
「レイ……お前」
後ろからアイラとバルの声が聞こえる。
「大丈夫だよ。今、終わらせる」
根拠はない、でも確信できる。もう、この槍は止まらない。
魔子が流れたことで辺り一帯に魔力が生まれる。その魔力を媒介として界力が生じ、それに俺は自然と弾き出された。そのまま力に身を任せ、魔人に迫る。身体はどんどん加速し、またたく間に魔人との距離を詰める。視界の端がゆがみ引き延ばされるのが分かるほど僕の身体は加速していた。先ほどまで素早く見えていた魔人の動きが恐ろしく遅く見える。
そして、自然とこの言葉を口にした。
「《第八形・天地開闢!》」
魔人と交差する刹那、確かに槍の先端が空間そのものを切り裂いたのを感じた。
絶対的な断絶。
魔人の背後に僕が立ち、僕の背後に魔人が立つ。が、それは長くは続かなかった。バルの魔剣を防いだその固い外皮も自慢の柔軟な体そのものも関係なく、魔人は木っ端微塵に吹き飛んだ。それを見届けた僕は全身の力が抜けて地面に倒れた。
これにて、この戦いは終わった。
用語『魔剣』
魔力を流すことで魔力を一時的に溜めることができる。
用語『魔法陣・立体魔法陣』
魔法とは、原理は不明だがその存在が確実な法則。適切な陣に魔力を通すとその陣が因果を操作し現実を改変している現象が確認され、始めて魔法と呼ばれる。
つまり、魔法陣とは魔術として再現不可能な因果改変を行う媒介装置である。
魔法陣は通常二次元的に製作されるが、最高位の魔法陣は界力の作用も利用するため立体的に構築される。しかし、これは物理的に不可能なため、何かしらの道具を用いて霊力を操作し回路を安定させる必要がある。その困難さゆえに利用できる人間も少なく、存在を疑うものもいる。
用語『ヴァディゴスの血統』
ヴァディゴスは徹底的な仕事ぶりで人気を博した鍛冶師兼、建築家。ヴァディゴスは自分の死の直前、十二本の武器を作り出した。それらは『ディゴスシリーズ』と名付けられる。ディゴスシリーズ全てに神々の祝福が与えられており、神造武器であり、全てに人格が宿っている。
ディゴスシリーズを扱えるのはヴァディゴスが許可した神々の眷属、もしくはディゴスシリーズの始めの使い手の子孫のみ。そのうちで産声と最も相性のいい血脈が第三系統、これは産声がディゴスシリーズの第三番であることに由来する。
用語『魔子』
魔子が流れると魔力が流れる。魔術という装置に魔力を流すと作用する(因果改変をする)。
用語『界力』
霊力のある場所に魔力が流れる、あるいは魔力が流れている所に霊力がかかると発生する力。




