開会式
特に何もないよ?
夢の月、第二週月曜日。中央区、リーヤシュヴァレン魔術学院にて開会の儀が行われていた。
「続いて学院長より開会の言葉をいただきます」
壇上に老齢の、しかし背筋の伸びた魔術師が現れる。会場のざわめきが波が引くように静まり返る。
「――ダリア・リーヤ王国の未来を担う、若き『眷属』たちよ。そして、その輝きを見届けるために集まった多くの来賓の方々。おはよう」
学院長の低い声が、拡声の魔術なしに会場の隅々まで響き渡る。
「本学院の創設者である神匠ウルスラが、この地に学び舎を築いて数百年。我々は常に『魔法』という神秘を解き明かし、それを御する術を磨いてきた。魔術とは、単なる力ではない。世界という巨大な織物を構成する糸、すなわち『因果』を編み直す技である。今日、この場に集った君たちは、神に見初められし才能を持つ者たちだ。だが、才能だけでは何の意味も持たない。研鑽なき原石は、道端の石ころと同義である。
この四日間、君たちに問うのは『極限』だ。
理論を組み上げ、魔子を練り、肉体の限界を超えて、自らの魂の形を世界に刻みつけよ」
学院長は一度大きく息を吸い、今まで以上に声を張る。
「勝敗は重要ではない! だが、勝利への渇望なき者に魔術の女神は微笑まない!
友と競い、己と戦い、その手で栄光を掴み取れ!
――第六九〇回、リーヤシュヴァレン魔術学院、魔術大会の開催をここに宣言する!」
割れんばかりの拍手と歓声、空へ向けて祝砲の魔術が放たれる。
「続いて、開催に際して学院理事長より激励の言葉をいただきます」
ある女性が日傘を差して優雅に壇上に現れる。その肌は透き通るように白く、日差しを避けるように少し傘を傾ける。
「……今日は予報よりも日差しが強いな。日焼け止め、もう一度塗り直しておけばよかった」
彼女は困ったように顎に手を添える。その仕草一つにも年季の入った気品が漂う。会場の生徒たちは、その年季の裏に見え隠れする『乙女』な様子に少し呆気にとられつつも、不思議な親しみやすさを感じる。
「ごきげんよう、可愛い生徒達。理事長のアエデスだ」
理事長は日傘をくるりと回し、穏やかな微笑みを向ける。
「魔術の道は険しく、時に痛みを伴うもの。現に私を含む八人の真理の裁定者でさえ、己の魂と身体に無数の傷を抱えている。そして、それは二度と消えないこともある。私は、若い肌や体に傷が残ってしまうのがとても悲しい。
勝ち負けにこだわるのも青春だろうが、無事に家に帰って、美味しい紅茶を嗜むまでが大会。子供にとってはその程度でいいのだ」
理事長はふふっ、と鈴が転がるように笑う。
「皆が日頃から多大な努力を費やしてきたことは知っている。それ故に、皆が泥だらけになってでも奮闘する姿を、私は日陰から応援していよう。
――では、この大会での皆の華々しい活躍を祈って祝辞としよう」
彼女は優雅に手を振り、日傘をさしたまま涼しげに退場していった。
(日傘をさす必要あったのかな……もうすぐ冬なのに)
僕は心の中でそう思った。夢の月は秋の終わり、まだ紅葉が少し残り食欲と彩りが目立つ時期だ。そんな時に日傘とはよほど肌の管理に余念がないと見える。少なくとも日傘をさすほど今日の日差しは強くない。
「生徒会会長挨拶」
黄色い歓声と共に、会長が優雅に登壇する。彼は一度、観客席へ向かって爽やかなウインクを投げ、歓声が鳴り止むのを待ってから口を開く。
「ありがとうございます。学院の、そして王都中のこの大会をご覧の皆さん。第六九三期生徒会会長、ルクス・フレイヤホーンです」
会長は手元の原稿を見ることなく、美しい所作で語りかける。
「素晴らしい青空ですね。まるで、今日という日を祝福してくれているようです。僕たちはこの日のために、血の滲むような努力を重ねてきました。図書館で夜を明かした日も、訓練場で泥にまみれた日も……すべては、この瞬間に咲き誇るためです。魔術というのは美しい。それは理論と感性が織りなす芸術です。ですが、それ以上に美しいものがある、私はそう思うのです」
会長の言葉に皆、息を呑む。人々の行動を左右するだけのカリスマ性が溢れ出ていた。
「それは限界に挑む私たちの『汗』と『瞳』だ。僕も一人の選手として、この舞台に立ちます。もちろん、手加減はしませんよ? たとえ相手が誰であろうと僕は僕の輝きを貫いてみせましょう」
少しおどけたように肩をすくめ、不敵に微笑む。
「教科書も、羽ペンも置いて行こう。今ここに必要なのは、燃え上がる情熱だけ……この四日間、王都で一番熱気溢れる場所はここです。全員が主役になれるのがこの四日間です!」
会場から爆発的な「オーッ!」という呼応。
「この四日間がすべての生徒にとって実りあるものとなることを祈っております」
この日、リーヤシュヴァレン魔術学院魔術大会が開幕した。




