世界は交錯する
「レナ、大丈夫?」
私はベッドの上でエリナに背中を擦られていた。何か、恐ろしいものを見ていた……気がする。実際に何があったかは覚えてないけど、いまだに体は震えて言うことを聞かない。唇もガタガタと震え、カチカチと歯が音を立てる。
「エ、エリナ……私、昨日、どう、やって、帰って、きたか……わかる?」
私は足の方の布団を握り、感触が確かにあることを確かめながら、ゆっくりと言葉を一つ一つ丁寧に発音しながらエリナに尋ねた。
「えぇっとね、昨日はレナが飛び出ていったあと、夕食を早めに摂って早く寝たからレナが帰ってきた時間はわかんないけど、何時までは覚えてないけど、夜中に喉乾いて起きたらレナ、制服姿で寝てたよ」
そんなはずない。だって昨日は……昨日は……
何が、あったんだっけ……
「取り敢えずレナは今日大学休みね! そんな状態じゃろくに研究もできないでしょ?」
「エリナは、どうするの?」
「私はレナの看病だよ。さすがに一人にはなりたくないでしょ?」
「…………ありがと」
「ふふっ、どういたしましてー」
エリナはそう言ってお湯を沸かしてくれる。何か食べれそうなものを作ってくれるらしい。
「エリナ」
「なにー?」
エリナには伝えておかなきゃいけない気がする。昨日何があったのかなぜか記憶が穴あきになったみたいだけど覚えてることも確かにある。
「昨日、レイ君と夜に話したんだ」
「そう……だったんだ」
エリナは私とレイ君が話し合うことを望んでいたように思える。そもそも荒事には関わりたくない、ことなかれ主義な女だ。そんなエリナが私には家の力を使ってでも協力してくれた。それなら話せることは話さないといけない。
「記憶を確かめるために、レイ君に襲いかかったわ」
一瞬エリナの息を呑む音が聞こえた。よくよく考えたらそうだろう。急に襲いかかるなんてどれだけ野蛮か、想像に難くない。
「そ、そうなんだね。それでどうだったの?」
「……返り討ちよ」
「えっ! レナが!」
驚いて急に振り返ったエリナに私は弱々しく頷く。
「現にこの状態。実際に何をされたのかは覚えていない。でも、明らかに私はレイ君に怯えてるわ。なら、もうレイ君の正体は一つしかないわ」
エリナの息を呑む音がまた聞こえた。エリナには少しきつい話かもしれないなと思いながらそれでも言葉にした。
「レイ君は私の敵よ」
「で、でも! それは流石に早計じゃない? ほかの可能性だって!」
「エリナが言ったんじゃない、『不適合だ』って。それに、私の弟があんな化け物なわけないでしょ」
エリナは黙り込み、地面に視線を向け、私に背を向ける。
「それに私にこんな事できる人間なんて正真正銘の化け物よ。破滅の狂人にそんな奴がいるなら弟とは関係なく早く排除しないと」
エリナには申し訳ないけど私のなかにはもうすでに一つの芯ができていた。
『レイ君を殺す』
《レイ視点》
穏やかなぬくもりに包まれながら僕は起きた。
目を開けると僕はレイラ様に抱かれ、頭を撫でられていた。
「起きましたか?」
「起き、ました」
レイラ様の頭を撫でる手のひらが気持ちいい。ずっとこのままでいたい。人を堕落させる魅力がそこにはあった。
「突然ですが、昨日何があったか覚えていますか?」
「昨日は……」
レイラ様に尋ねられ、昨日のことを思い出す。昨日はレティシア先生のところに伺って食堂でバルとご飯を食べて、そして……
「レナ先輩に、襲われました」
その事を思い出した途端、全身の毛穴から冷や汗が流れ出てくる。呼吸も乱れる。あの時のレナ先輩の威圧感、存在感。そして何よりも得体のしれない魂に直接訴えかけてくる恐怖を思い出した。
僕は無意識のうちにレイラ様に強く抱きついた。
「怖かったですね。大丈夫、大丈夫。ここは安全です。十五歳のあなたが、あの殺気を目の前にしてショック死しなかっただけで凄いんですから。大丈夫、大丈夫。私はここにいますよ」
しばらく僕はレイラ様の胸を濡らし続けた。次第に落ち着いていき、顔を上げるとどこか恍惚としたレイラ様がいた。
「こんな、時にも僕で、エッチな妄想してるんですか?」
「えっ! な、何のことかしら!」
頭がまだ回っていない、自分が何を言いたいのかよくわからないまま口を滑らせていた。でも反応を見る限り図星のようだ。
「そ、そんな事より! 今はあのレナって女について話しましょう!」
話をそらされた。でも、正直どうだっていい。
「あなたに危害を加えたあのレナって女。あなたはまずどうしたいの?」
レイラ様は僕にさっそく処遇を求めてきたがそれ以前に確かめないといけないことがある。
「レイラ様、僕は一体何者なんですか?」
レイラ様は目を見開き、口をパクパクさせ、言うべきか言わないべきか悩んでいるように見える。
「レナ先輩から、ずっと聞かれたんです。『あなたは何者』って。僕、昔の記憶がないんです。レイラ様と初めて話したときや、もらった知識はちゃんと覚えているのに五、六歳くらいまでの記憶がないんです。何か知ってませんか?」
レイラ様はしばらく悩んでため息をつき「分かったわ」と言って話し出した。
「あなたの本名はレイ・アレストライ。武家貴族の出身でレナ・アレストライの弟。五歳の頃に盗賊に誘拐され東の森で保護される。その後記憶を消されてカリフィスで育てられた。これがあなたの経緯よ」
「そう、だったんですね」
やっぱり、僕はレナ先輩の親族だったんだ。それも弟。薄々感づいていたと言うよりもほとんど確実だと思っていた。レティシア先生からレナ先輩の話を聞いてから僕はレナ先輩とどう接すればよいかを考えていた。
「それで、あなたはどうしたいのですか? レイ」
「え?」
「あのクソ女とどうなりたいのですか? あなたは記憶を消されています。それは神である私であっても戻すことはできません……あなたはレイでありたいのですか? それともレイ・アレストライになりたいのですか?」
「レイとして生きたいです」
レイラ様の質問に僕は即答した。
「どうして?」
レイラ様は真剣な表情で僕の目を見つめる。レナ先輩の時とは違う圧がある。でも不快じゃない。
「レナ先輩はきっとレイ・アレストライに執着してる。記憶のない僕はレイ・アレストライにはなれない。レイラ様でも記憶を戻せないんですから、もう僕はレイ・アレストライじゃありません」
でも、と僕は言葉を続ける。
「でも、僕はレナ先輩を救いたいです。どうやったら助けられるのか、何が救いになるのかはさっぱり分かりませんけど……血が繋がってるんだからそれくらいは許されるんじゃないですか? 執着の裏側にある悲しみからすくい上げたいんです」
僕の答えに満足したのか、レイラ様は微笑み、小さく頷いた。でも、少し不服そうだ。
「それが聞けてよかったわ」
目が覚めた。
「よっ! 起きたか!」
「…………おはよう、バル」
辺りを見渡す。自室だ。
「ねぇ、バル。昨日の夜の記憶がないんだ、僕はどうやって部屋まで戻ってきたか分かる?」
「はぁ? 知らねぇよー。俺が派閥会議から帰ってきたときにはお前寝てたもん」
何で部屋にいるんだろう、と思ったがバルにもよくわからないらしい。少し何か変な感触がするがそれ以上に僕のなかに一つの芯ができた。
『レナ先輩を救う』
《??????》
『へぇ、おもろいことになってきよったなぁ』
『まさか魂が二つある人間がいるなんてな!』
『まぁた、やかましい人が来たわ』
『アッハッハ! 俺はこういう性格さ!』
『日によって変わるくせに』
『まぁまぁ、それよりもこの盤面をどう見るかい?』
『……あんたにしては意外に真面目やね』
『なぁに、ちょっと面白く無さそうに見えてきたからね。一方的なものほどつまらないものは無いさ』
『なんや、あんたもチャチャいれるん?』
『ハハッ! そんな訳無いだろ!』
『チッ、腹立たしいわ』
『まぁ、それにしてもあの男厄介だね』
『レイラの寵愛を一身に受けてるさかいなぁ、厄介なんて言葉で表すほうが失礼ってものやで。まぁ、まだ力の使い方を理解してへんことが救いどすわな。まぁ、魂二つあるっちゅうのんはありえへんこっちゃあらへんしなぁ』
『アルトリアはどうすると思う?』
『あやつは静観に決まってるわ。そもそもあいつは帝国の方の神どす。王国にちゃちゃ入れる筋合いはあらへん思うけどなぁ』
『まぁ、これからもっと面白くなることを心待ちにしてるよ。取り敢えずポップコーンでも作っておこうかな』
『うちの分も作ってなぁ』
何が真実なのかね




