不穏の影
《ダリア・リーア王国城地下》
そこには一人の女がいた。数多ある研究資料に目を通している。
「ここに第七番があるって噂は本当みたいね」
女は紙の束を投げ捨て、死体の頭を踏みつけて潰しながらその部屋を出る。
「まさか『破滅の狂人』までこれを狙ってるなんてね。あの子を何処へやったのか聞きたかったけど……駄目ね、感情が抑えられないわ。《応えろ》」
女のその問いかけに応じるように虚空から鎌が現れる。漆黒の刀身に青色の模様の入った、まさに死神を連想させる鎌。その直後大量の足音と人の声が近づいてきた。
「取り敢えず、脱出しないとね」
この日の被害者は五十二名、うち三十名が警備兵、残りが所属不明団体の人間と判明した。被害者は全員死亡、警備兵の死因は大量出血、あるいは斬首。所属不明団体の人間二十二名は全員頭部がなくすべての関節が逆向きに曲げられていた。あたりには眼球や頭髪が散乱していたことから拷問の後、殺害。頭部がなく眼球のみの発見から頭部は潰されたと判断。明確な殺意による犯行と見て極秘に捜査中。目撃者がおらず、指紋、魔子形跡は見当たらなかったことから現在、調査は困難をきわめている。
《レイ視点》
一日の授業が終わり、僕は第三棟まで来ていた。目的はレティシア先生。
「確か、三階の一番奥って言ってたな」
中に入ると上級生ばかりで僕のことを奇異な目で見てくる。
「きみー、どうかしたのかな?」
後ろから話しかけられて振り返ると、そこにはレナ先輩がいた。
「あ、レナ先輩」
「あれ、レイ君?」
僕はレナ先輩に事情を話した。
「なるほどね、レティシア先生に用があったんだ」
それならボクが案内してあげるよ、とレナ先輩は提案してきてくれて僕としてもありがたいからその提案を受け入れた。
「レティシア先生の研究室は入り組んでるところにあるからねぇ、ボクも最初は迷ったなぁ」
「そうなんですか?」
「うん、ボクはレティシア先生によく戦闘技術の特訓お願いしてるから話し合いとか打ち合わせとかで寄る機会が多かったんだけど、その時もよく迷ったよ」
僕はレナ先輩の後ろをてくてくと着いて行く。周りの上級生はみんな背が高く、ちょっと怖かった。いや、怖いなんてものじゃない。何でかわからないけど魂が恐怖し、震える。
「レイ君……手、繋ごっか」
「え?」
「いや、なんか怯えてるに見えたから」
レナ先輩はそう言うと僕の左手を握った。レナ先輩の手は温かかった。
「あ、ありがとうございます」
さっきまで感じていた恐怖感は薄れ、不思議と温かい気持ちになっていく。
「どういたしまして。それで、レティシア先生には何の用なの?」
「えぇっと、派閥の事で……ちょっと」
「あっ、そういう話? それならあまり詮索しないでおくよ。こう言うのは知っちゃうと各派閥の頭領が黙ってないからねぇ」
暫くクネクネした道をレナ先輩の横を手を握りながら歩いていくと扉の前についた。そこには「レティシアの研究室」と書かれていた。
「じゃあボクはこれで」
レナ先輩はそう言って何処かへ行こうとする。僕もありがとうございます、と言おうとしたが、僕の左手はレナ先輩の右手を離さない。
「……レイ君?」
「えっ、その! これはちがくて!」
僕が必死に弁明しようとしたとき、レナ先輩は目を見開いていた。もう、それはあり得ないものを見ているかのような、死人を目の前にしているかのような鋭い眼光だった。
「っ……そ、それじゃあ、もうしばらく繋いでおこっか」
しばらくの間レナ先輩は手を繋いでいてくれた。だんだんと先輩の手を握る力も弱まりするりと手が離れた。僕はレナ先輩に感謝を述べて、レティシア先生の部屋に入った。最後に見えたレナ先輩の顔は黒かった。
それから、僕の前でレナ先輩は笑わなくなった。
《レナ視点》
講義と研究が一段落し何をしようかなぁとぶらぶらと第三棟を歩き回ってると一年生の子を見つけた。ここに一年生が来るのは珍しい、もしかしたら迷子なのかなと思って声をかけた。
「きみー、どうかしたのかな?」
「あ、レナ先輩」
「あれ、レイ君?」
なんか見覚えあるなぁって思ってたらレイ君だった。よくよく考えればボクと同じ白髪の新入生なんて彼くらいしかいない。事情を聞いたらどうやらレティシア先生に用があるそうだった。あそこは場所も入り組んでいていくら道順を説明されたとしても初見で行ける場所ではない。そこでボクはレイ君を案内することにした。
でも、何故かレイ君の様子がおかしい。まるで上級生に怯えているような、いや、それよりもよっぽど深い何かに怯えている。そんな表情だった。
ボクは弟が連れ去られる瞬間を思い出した。あの子も最後、連れ去られる瞬間こんな感じだった。
「レイ君……手、繋ごっか」
なんでそんな事を言ったのか自分でもよくわからなかった。今思うと、レイ君を弟と重ねてたんだと思う。そのまま手をつないでレティシア先生の部屋の前まで来た。でも、レイ君は離してくれなかった。本人もなんで離すことができないのかが分かってなかったみたいだった。
(ごめんね)
ボクはレイ君が混乱している今が好機と思ってレイ君の魔子を少し取り込んだ。どうせ今回も違う、やはり他人の空似だろうとダメ元で魔子を解析してみた。
(……は?)
結果はあり得なかった。あってはいけない、いや、何度も願ってきたことではある。だとしても、なぜか私は認めたくなかった。まるで、死人を見ているようだった。なぜか、なぜか、私の頭は私の心を否定してきている。
『この子が弟だ』
という私の心の声を……




