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「なんやかんや言うとりますけど、どこの国の法によっても、民法の領域なんかはそんな変わらへん、と思います。民法制定、と言うと、本当のそれは、議会によるものではありません。後期ローマ法を後の時代のビザンツ帝国のユスティニアヌス帝が纏めた法典の集合をこれまた後の時代の学者達が体系化したものを叩き台にして慣習法とか判例とかを混ぜ込んだものです。或いは、英米法だと、英国の古くからの判例を叩き台にしてローマ法なども取り込みつつ進化する判例の集積です。では、民法については、民主的正当性が無いのか、というと、議会で、それを明文化して法典化する場合には、それで確保されるし、法典化しない場合でも、特別法を作って修正は行えるので、何も行わないならば議会が承認しているのと同じでしょう。しかし、その性質からして、市民の動きが、政治を通さずに反映されるのが民法ともいえる。代わりに裁判所を通しているし、裁判所が法を創造している。英米法だと正に創造しているし、大陸法でも創造しているに近い。てことは、勝手に法が作られているのでは、ということにもなるが、内実を見てみると、作られている、というよりも、元からあるものを新たな事件に適用しているだけで、その適用の仕方を創造している、に過ぎないともいえる。つまり、次回の似たような事件を迅速に処理できるというくらいの創造。いずれにせよ、議会が一から法を作らねばならない、という原則はどこにもない。古代より続く巨大な時の流れの中での試行錯誤の積み重ねにより、やっと立法出来るくらいの慎重さが必要な事柄なので、一時代の個人や集団の能力を超えていると言わざるを得ない。それが民法であり、この国のそれを見ていこうと思うのであれば、ドイツから輸入している故に、大陸法系であり、ローマ法を起源としているから、ローマ法を見ていくのが筋となる。ローマ法は、意思主義的な発想が他の法律よりも強かった可能性が高い。つまり、ギリシャとか。意思主義的でない法律というのは、ハンムラビ法典に読めるように、身分の違いで同じ条件でも法適用により生じる効果が変わるとか、有無を言わさずに慣習に基づいて行うべき事柄が決定されるとか。そういうのは自然発生的に生じるので、現代でも、身分云々は兎も角、人によって、その置かれている立場等の違いで、同じ言葉でも、その意味するところが異なって受け取られることがある。企業勤めをすると平日は原則出社することになる。とはいえ、そういう次元の話であり、契約締結には宣誓や儀式が求められるのが普通というべきではないだろうか。ユスティニアヌス帝は、主に紀元後のローマ帝国にいた学者の本を纏めたものも出しているが、纏めただけであり、中身は、学者の想定した事例などである。それを、中世を通じて後世の学者達が研究して体系化していったので、実務と乖離したものになったが、それでも研究を続けて、論理的な体系化を模索した。体系化の過程で、自由意思を根本概念と置くことが便宜だった可能性がある。ナポレオン法典で、そういう民法は生じたが、現行日本法の直接の親は、より体系化しており、民法が適用されることで法律上の効果が生じる原因行為を法律行為として、それに必須の要素として意思表示があり、意思表示は自由意思によって行われることで完全なものになる、という発想を根幹として、では瑕疵ある意思表示は法律行為を生まず、法律効果は発生しないのか、しかしそれだとその法律行為を信頼して意思表示をした相手方を害する、取引安全を損なう、ということから意思主義に修正を加えるなどの発想を基軸としたパンデクテン方式を有するドイツ民法典となっている。パンデクテンというのは、先のユスティニアヌス帝の出した学者の本を纏めた法典のこと。ローマ法がそういう体系、というわけではなく、ローマ法研究者がそういう体系を作った、という意味で、そう名付けられている。つまり、大陸法系の学者は、机上で遥か昔のローマ法を研究することで現実の裁判に使用しようと考えた。故に、説得力を持たせ、実効性を持たせるためには、緻密な論理構造を有する明晰な体系化が必須とされた。演繹的に紛争を処理しようとしているのだから。物事を体系化するときには、樹形図のように、包括概念から枝葉に分岐していくように出来ると良い。そこで、包括概念として白羽の矢が立ったのが自由意思であり、法律の適用を受けるようになるための意思表示であり、その行為を指す法律行為であった。この辺りの概念は、英米法には無いか、あっても不完全なものと聞く。なので、古代ローマ法が、他の法律に比して特別自由意思を重視していたかというと、それは分からないということになる。しかし、私の記憶によれば、重視していたことは確かであった」
ゼロダは、目を擦りながら、天井を見たままで、そう言った。
「このホテル、壁が薄いのか、隣の部屋の声がめっちゃ聞こえますね。そのせいで全く眠れる気配がありません」
リカは、寝付けないので起き出そうかと思ったが、起き出して行うことも無かった。夜食を食うにも、既に腹はいっぱいなのだ。さっき菓子を食ったから。リカは「寝付けないのは、腹が膨れているから、ということもあるだろう」と考えた。




