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雑談  作者: waterflea
プロローグ
3/19

3

「法哲学と政治哲学の差が分かった気がする。民法や刑法は法哲学なのが原則だと思う。憲法は政治の話が絡むので政治哲学も絡む。つまり、一つの事柄を両面から見ることになるわけなんだけど、例えば、立法、行政、司法の役割について、後者では抑制と均衡を重視するけど、前者では仕事の分担を重視するかもしれん。今ちゃんは、前者の話として仕事の分担のことばかり書いていた。どうしてそうなるかというと、政治は清濁併せのむ必要があるから。そこには必ず嫉妬や裏切りが生じてくる。それで法に触れることをする場合がある。それでも許される場合がある。結果によっては寧ろ評価される場合さえある。しかし、法の観点からは、そうしたものが許されることはない。法に触れているのだから当たり前やねんけど。政治的には、そうしたことが起こっても目的を達成できたかが重視される。法的には、そうしたことが起こったこと自体が許すまじ、となる。だから、抑制と均衡は違法行為への歯止めとしての設計の評価だし、役割分担は主に効率的な運営体制の評価といえる。マァ、だから、役割分担も政治哲学寄りの話ではある。法哲学的には、その設計が自然発生的に最良の統治設計として存在することをまず証明したいのだろうが、それは難しくないかな。現に、完璧なものは無い。人が現実には個々人として動く以上。また、そんな制度設計なんざ、それを目的に人々は生きているわけではないという、もっともな主張が通る以上。一方で、政治哲学的に、制度設計の最良さを証明することは簡単である。そうしてみると、やはり、法というのは、守るべき対象なので、法が守られるならば、制度設計には拘らないし、守られないから、守るような制度設計を作る、ということで、制度設計を作る次元においては政治哲学のみが存在し、法哲学の問題には原則、ならないんぢゃないかな」

 ゼロダは、さっき、印度料理のピラフめいたものを生まれて初めて食い、「旨かった」と言っていた。しかし、彼女は、昨日も炒飯とか豚肉料理とかを食っており、「油の上に油を摂ってしまった、現に胸焼けがするし、昨日は頭痛もしていたのに、やってしまった。でも、マンゴーラッシー、これも初めて食ったが、めっちゃ甘くて旨かった。いつもは印度料理ではチャイを頼むけど、これからは悩むかもな、でも、チャイでいいか。スパイスが紅茶に入っているというのは面白いし」と内心考えていた。リカは、興味なさげにペットボトルのジャスミン茶を飲んでいた。

「やっぱり、制度が何も無いところから制度を作るとなると、法というより政治の話にはなるわな。法を作る作業は政治なのだから。法はやっぱり、実証法学的に言うと、規範があってこその学問だし、規範が無い場合でも、自然法か否かに関わらず、何らかの規範めいたものを感じ取れるときに論じることが出来るんぢゃないかな。抑制と均衡なんて、普通に生きていて感じ取れるかしら?」

 リカはジャスミン茶を置いて「マァでも、長い歴史の間に、その観念が出現し、かつ様々な苦境を乗り越え今に至っているからね」と言った。「そりゃ、国王がいる国もあったさ。その国王が専制的な政治をする国もあっただろうし、執政者は国王とは別の国もあった。そういう国の中でも、執政者と国王の関係性は色々だっただろう。現代に語り継がれている古代の民主政の国々は、執政者が市民自身だった。そういうのは、古代からあったわけだ。歴史の中では、近代でも専制君主は多く存在した。また、君主では無いが専制政治を敷いた者も少なからずいた。現代でもいる。そういうことを考えると、統治体制は全然一つじゃない。歴史的経緯により、今の制度設計がある、と考えるのがいい。そして、常に壊れかかっているようにみえるが、理念としては、合理性が、やっぱり他の体制よりも高いんだと思うよ。目的達成のための合理性が。もっというと、ある一人の為政者が独断で行なった政策の帰結に縛られる義務は何処にも無いので、人民は自分達自身が為政者になりたいと思う。決めたことを統一的に迅速かつ円滑、適正、公正に実行するためには会議対ではなくて、ピラミッド型組織がいる。両者の違法を第三者的視点から監視する役回りも必要になる。このくらいは、自然に分かりそうなものだけどね。でも、大事なのは制度設計よりも目的達成の如何だから、反対説は幾らでも作れる。でも、現実問題、それらは合理性の面で、やはり劣っているのだろう。ここらへんは、政治制度の話なので政治哲学であり、同時に、法作成の話なので法哲学でもあると思うよ。寧ろ、政治哲学であって法哲学でない、というのは、カリスマとは何か、とか、そういうのではないの?」

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