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ありがとうございます!

「……はぁ……はぁ……」


息が苦しい。身体中が痛い。


右肩は砕け、左脚からは血が止まらない。それでも、レオンは剣を手放さなかった。


目の前には、魔王がいる。


巨大な身体。黒い角。血のように赤い瞳。


その手には、人間ならば一振りで吹き飛ばされてしまうほど巨大な魔剣が握られている。


「立て、勇者」


魔王が低く唸った。


「貴様が人間の希望だというのなら、最後までその剣を握ってみせろ」


「……言われなくても……!」


レオンは立ち上がった。


膝が笑っている。


視界が霞む。


何度も死にかけた。


仲間たちと力を合わせ、ようやくここまで辿り着いた。


だが――魔王は強すぎた。


「来い」


魔王が魔剣を構える。


次の瞬間、大地が爆発した。


「――ッ!」


魔王の姿が消える。


直感だけで剣を掲げた。


ガァンッ!


凄まじい衝撃。


「ぐっ……!」


腕が痺れる。


レオンの身体が宙へ吹き飛んだ。


「――がはっ!」


壁に叩きつけられる。


肺から空気が吐き出された。身体が動かない。


「まだ終わりではないぞ」


魔王が歩いてくる。


一歩。


また一歩。


死神が近づいてくるようだった。


「立て」


「……くっ」


レオンは剣を杖代わりにして身体を起こした。


「まだ……だ……」


「なぜ立つ?」


「……決まってる」


レオンは血を吐きながら笑った。


「帰る場所があるからだ」


脳裏に浮かぶ、母の顔。


離宮で二人きりで暮らした幼い日々。


そして――アナ。


貧民街で生きてきたシーフの少女。


自分と共に旅をし、何度も命を預けてくれた少女。


「待っている人がいる」


「守りたい仲間がいる」


レオンは剣を握り直した。


「だから、俺は帰る」


魔王が笑った。


「ならば、その覚悟ごと砕いてやろう」


魔王が魔剣を振り下ろす。


「――ッ!」


レオンは横へ飛んだ。


床が真っ二つに割れる。


続けざまに二撃。三撃。四撃。


魔王の斬撃が雨のように降り注ぐ。


レオンは必死に避ける。だが、完全には避けきれない。


肩が裂ける。脇腹が切れる。頬から血が流れる。


「ぐあっ!」


魔王の蹴りが腹に入り、レオンの身体が転がる。


剣が手から離れた。


「……っ!」


手を伸ばす。


届かない。


魔王が近づいてくる。


「終わりだ、勇者」


魔剣が振り上げられる。


レオンは歯を食いしばった。


――死ねない。


死ぬわけにはいかない。


「……まだだ!」


懐からポーションを取り出す。


一気に飲み干す。


焼けるような痛みとともに、身体に力が戻ってくる。


立ち上がる。


魔王の一撃を紙一重でかわした。


「ほう」


魔王が目を細める。


レオンは走った。


正面からでは勝てない。


力も、速さも、経験も、すべて魔王の方が上だ。


ならば――。


「これなら!」


レオンは床を蹴った。


魔王の懐へ潜り込む。


魔剣が振り下ろされるより先に、聖剣を突き出した。


「――おおおおおおっ!」


聖剣が魔王の腹を貫く。


「……甘い」


「なっ――」


魔王の腕がレオンの首を掴んだ。


「――ぐっ!」


身体が持ち上がる。息ができない。


魔王が笑う。


「その程度か」


魔力が爆発する。


「――ッ!」


レオンの身体が吹き飛んだ。


壁を三枚突き破り、瓦礫の中へ叩き込まれる。


「……あ……」


もう、身体が動かなかった。


剣を握る力すらない。視界が暗くなる。


――負ける。


そう思ったけれど。


瞼の裏に、アナの姿が浮かんだ。


彼女は瞳に涙を浮かべながら笑っていた。


『早く魔王を倒して、世界を平和にして帰らなきゃね』


「……そうだったな」


レオンは呟いた。


「帰るって……約束した」


震える手で瓦礫を掴む。


「約束したんだ……!」


立ち上がる。魔王が振り返った。


「まだ立つか」


「当たり前だ……」


レオンは剣を拾う。


「俺は……勇者だから立つんじゃない」


一歩。


「母上のところへ帰るために」


一歩。


「アナと共に生きるために」


聖剣が光り始める。


「俺自身が……帰りたいからだ!」


聖剣から凄まじい光が溢れた。


魔王が初めて目を見開く。


「その光……」


「終わりだ、魔王!」


レオンが走る。


魔王も咆哮し、魔剣を振り上げる。


「来い、勇者ぁぁぁぁ!」


二人の剣が激突した。


轟音。衝撃波。床が砕ける。


魔剣と聖剣が火花を散らす。


「――うおおおおおっ!」


「――ぬぅぅぅっ!」


力と力のぶつかり合い。


レオンの腕から血が噴き出す。


魔王の身体からも黒い血が流れる。


押される。


少しずつ。少しずつ。


レオンの剣が押し込まれていく。


「人間が……!」


魔王が吠える。


「我に勝てると思うな!」


「……一人ならな」


レオンが笑った。


「俺は一人じゃない!」


聖剣が眩い光を放つ。


これまで旅を共にした仲間たち。


母。


アナ。


自分を信じてくれたすべての人々。


その想いを背負うように、聖剣が輝いた。


「――うおおおおおおおおっ!」


レオンは最後の力を振り絞った。


魔王の魔剣が砕ける。


「な――」


聖剣がそのまま魔王の胸を貫いた。


魔王の身体が硬直する。


「……見事だ」


魔王が呟いた。


「勇者……レオン……」


「……」


「貴様なら……あるいは……」


魔王の身体から黒い光が溢れ出す。


「この世界を……」


最後の言葉を残して、魔王の身体は、灰となって崩れ落ちた。


静寂。


レオンはしばらく動けなかった。


やがて。


「……終わった」


聖剣を地面に突き立てる。


そのまま膝をついた。


「終わったんだ……」


涙が落ちる。


勝った。


自分たちは、勝った。


苦しかった。


怖かった。


何度も死ぬと思った。


それでも――。


「……帰ろう」


レオンは立ち上がった。


 満身創痍の身体を引きずりながら、崩れかけた魔王城の出口へ歩いていく。


城の外には、朝日が昇っていた。


長い夜が終わる。


レオンはその光を見つめる。


そして、遠い故郷を思った。

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