表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/31

24

勇者レオンは、夢を見ていた。


魔王を討ち果たした。


その報せとともに自国の王都へ凱旋したレオンを、最初に出迎えてくれたのは母だった。


「おかえりなさい、レオン」


「……母上」


離宮に閉じ込められていた幼い頃から、ずっと恋しかった人。


王族でありながら、政争の道具になることを恐れられ、母と二人、離宮に監禁されるようにして育った。


外の世界を知らない。友もいない。ただ母だけが、レオンにとって世界のすべてだった。


だから、母の笑顔を見るだけで胸がいっぱいになる。


「よく帰ってきましたね」


「……ただいま」


レオンは母を抱きしめた。


そして、レオンの後ろに立っていた少女へ視線を向ける。


少し警戒するようにこちらを見つめる瞳。


けれど、その口元には嬉しそうな笑みが浮かんでいる。


「アナ……」


愛する少女。


仲間として旅をして、何度も命を預け合って、いつしか、かけがえのない存在になったシーフ。


レオンはアナの手を取った。


アナが笑う。その笑顔が愛おしくて、レオンも笑った。


魔王を倒した功績によって、レオンには公爵位が与えられた。王族としての立場もあり、巨大な屋敷を与えられた。


けれど、そんなものはどうでもよかった。


母がいる。アナがいる。それだけでいい。


三人で食卓を囲む。


「レオン、ぼうっとしてないで食べなさい」


「うん」


「アナも、そんなにレオンばかり見ていないで」


「えっ……」


「ふふ」


母が笑う。アナが顔を赤くする。


そんな光景を見ながら、レオンは思った。


――幸せだ。


これ以上、何を望む必要があるだろう。


母と愛する女性、二人に囲まれて暮らす毎日。


魔王を倒した英雄として称賛される必要もない。


王位などいらない。ただ、この生活が続けばいい。永遠に。心からそう願った。


その瞬間だった。


――ぱきん。


何かが割れる音がした。


「……え?」


世界に亀裂が入った。


母の笑顔が崩れる。アナの姿が霞む。


温かな食卓が消えていく。


「待ってくれ……」


手を伸ばすが、届かない。


「母上!」


「レオン……」


「アナ!」


二人の声が遠ざかっていく。


そして、世界は闇に包まれた。


「――違う」


レオンは呟いた。


「こんな未来……あり得ない」


暗闇の中から、別の光景が浮かび上がる。


大量の空になったポーション瓶。


その中央で、レオンが震えている。


手が震える。


身体が震える。


頭の中が焼けるように痛い。


理性が剥がれていく。


「……ポーションを」


一本。


また一本。


飲み干す。


飲まなければ、自分が自分でなくなる。


魔王との戦いで負った傷。暴走。


そして、それらを抑えるために過剰な量のポーションを摂取し続けた結果。


レオンは、ポーションなしではまともに理性を保てない身体になっていた。


「……僕が……」


膝をつく。


「こんな状態で、母上とアナと三人で幸せに暮らせるわけがない」


夢の中で見た幸せな食卓が、遠ざかる。


そして、次に浮かび上がったのは――アナだった。


「レオン……」


あの夜。


アナが自分に身を捧げてくれた。


何も持たなかった少女が。


ずっと自分を想ってくれていた少女が、自分を受け入れてくれた。


なのに、レオンはその優しさを信じられなかった。


アナの過去を知らなかった。


彼女がどんな場所で生きてきたのか。


どれほど傷ついていたのか。


何も知らなかった。


ただ、彼女が自分に身体を委ねたという事実だけを見て――勝手に決めつけた。


――この女は、男に身体を売ることに慣れているのだ。


そんな、あまりにも身勝手で残酷な誤解をした。


「……僕は……」


レオンは頭を抱えた。


その後、自分はアナを遠ざけた。


冷たく突き放した。


彼女がどんな顔をしていたのか、どれほど傷ついていたのか、考えようともしなかった。


そして、アナから目を背けるように、聖女ディアと身体を重ねた。


一度ではない。何度も。


アナがどんな気持ちでそれを見ていたのか、考えれば分かったはずなのに。


「……僕は、何をしていたんだ」


答えは返ってこない。


やがて、アナの過去を知った。


母親から虐待され、捨てられ、生きるために盗みを働き、高級娼館で身体を売り、前侯爵に身請けされ、妻となった。


そんな過去。


それを知った瞬間、レオンの中で何かが崩れた。


――アナは、そんな人生を生きてきたのか。


――それなのに僕は。


彼女を。


自分を好きになってくれた少女を、自分が愛していた少女を、自分から遠ざけた。


「……馬鹿だ」


レオンは笑った。乾いた笑いだった。


「僕は、本当に……馬鹿だ」


そして何より恐ろしいことに、アナへの想いは消えていなかった。


むしろ、再び燃え上がった。


以前よりも強く、以前よりも深く、アナを見るだけで胸が痛む。


彼女が笑えば嬉しい。悲しそうにしていれば苦しい。誰かと話していれば嫉妬する。


そして、アナも再び自分を慕ってくれている。そのことに、レオンは気づいていた。


だからこそ苦しかった。


「……僕は、君を幸せにできるのか?」


答えは出ない。


一度、彼女を傷つけた。自分から遠ざけた。


彼女の過去を知らなかったとはいえ、その罪は消えない。謝ったところで、傷つけた事実はなくならない。


それでも――。


「僕は、君を愛している」


その気持ちだけは嘘ではなかった。


だが、夢はさらに暗くなった。


次に現れたのは、魔王討伐の旅の記憶。


血。悲鳴。肉を裂く音。


人の姿をしていた。


人間と同じように話し。


怯え。


命乞いをした。


それでも、人間ではなく魔物だった。


だから殺した。


そして――食べた。


生きたまま。


レオンの喉が鳴る。


「……やめろ」


目を逸らす。けれど映像は消えない。


自分の手。自分の口。自分がしてしまったこと。


「僕は……」


震える声が漏れる。


「なんの罪もない、人型の魔物を……」


生きたまま解体した。食べた。


あのときは、生きるためだった。仲間を守るためだった。そう言い訳することはできる。


けれど、それでも。あの魔物たちは、生きていた。命があった。恐怖を感じていた。


死にたくないと願っていた。


そして自分は、それを奪った。


「僕は……幸せになっていいのか?」


暗闇の中で、レオンは一人呟いた。


「母上と暮らしていいのか」


「アナを愛していいのか」


「笑っていいのか」


「幸せになって……いいのか」


答えは出ない。


レオンは膝を抱えた。英雄と呼ばれた男とは思えないほど、小さく身体を丸める。


「僕には、そんな資格がない」


母に愛されて育った。


愛する人にも出会った。


魔王を倒した。


なのに。自分の手は汚れている。


アナを傷つけた。ディアと身体を重ねた。命を奪った。


そして今も、ポーションに縋らなければ理性すら保てない。


「こんな僕が……」


涙が落ちる。


「幸せになっていいわけがない」


「それでも」


「母上のために、生きて帰らなければ」



瞬間、目が覚めた。


魔王と目が合う。


「ほう、お前は魔法を打ち破ったか」


楽しそうな、興味深そうな声だった。


辺りには、4つの肉塊が転がっていた。


それが今まで旅を共にしてきた仲間だちだと一瞬で理解すると、レオンは立ち上がった。


「俺は、幸せになってはいけない人間なのかもしれない。」


「だけど、仲間をこんなにしたお前を許せるわけがない。」


レオンは立ち上がる。


「神々の盤上遊戯だって?そんなの関係ない」


「俺は、俺の犯した罪を背負って、お前を殺す!」


聖剣を手に取ったレオンは、凄まじい勢いで魔王へと肉薄する。


レオンの放った渾身の一撃は、魔王に易々と受け止められた。


それから何度も攻撃を仕掛けるが、レオンが消耗していくだけであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ