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魔王城まで、あと少し。


長く続いた旅も終わりが見え始めていた。


しかし、魔王城へと続く最後の道には、勇者一行にとって最後の難関とも呼べる場所が存在していた。


切り立った岩山。


その谷間に広がる、巨大な竜の巣。


ブレイドドラゴンの生息地である。


「……いるな」


岩陰から顔を覗かせたレオンが、低い声で呟いた。


次の瞬間だった。


轟音とともに巨大な影が舞い上がる。


翼を広げれば大地を覆い尽くすほどの巨体。


鋭い牙。


刃物のような鱗。


そして、燃えるような瞳。


ブレイドドラゴン。


魔物とは違う。


人間にも、魔物にも属さない。


遥か昔からこの地に生き、ただ己の力だけを頼りに生きてきた、孤高の存在だった。


「来るぞ!」


レオンが叫んだ。


ドラゴンの口元が赤く輝く。


「散れ!」


直後、灼熱のブレスが放たれた。


大地が爆ぜる。


岩肌が赤く焼け、凄まじい熱風が一行の身体を吹き飛ばした。


レオンは転がりながら炎を避け、すぐさま立ち上がる。


「くそっ……!」


聖剣を構え、ドラゴンへと駆け出した。


「おおおおっ!」


渾身の力で斬りつける。


だが。


ギィィン!


金属を叩いたような音が響いただけだった。


ドラゴンの鱗に浅い傷が刻まれる。


「やっぱり、効きが悪い……!」


聖剣は魔物を斬るための武器だ。


魔物ではないドラゴンには、その力が十分に通じない。


それでもレオンは攻撃を止めなかった。


一撃。


二撃。


三撃。


少しずつ。


ほんの少しずつ、ドラゴンの体力を削っていく。


「レオン、左!」


アナの声が飛んだ。


「分かってる!」


横から迫っていた巨大な爪を、レオンは紙一重で躱す。


その瞬間、アナがドラゴンの背後へ回り込んだ。


「こっちよ!」


短剣を投げる。


刃はドラゴンの鱗に弾かれたが、それでも注意を引くことには成功した。


ドラゴンがアナへと首を向ける。


「今!」


レオンが踏み込んだ。


その間にも、戦士は別の場所で必死にディアを守っていた。


「ディア、下がれ!」


しかし、ディアは動かなかった。


虚空を見つめ、何かを呟いている。


戦士は舌打ちすると、彼女の前に立った。


巨大な爪が振り下ろされる。


「ぐっ……!」


盾が大きく軋んだ。


「この程度で……!」


戦士は歯を食いしばり、ディアを庇い続けた。


その間、リュシーは後方で一人、魔法の詠唱を続けていた。


「……大気に眠る魔力よ」


長い詠唱。


極大魔法。


完成までに必要な時間は長い。


だからこそ、残る四人は死に物狂いでドラゴンの注意を逸らしていた。


レオンが斬り込む。


アナが死角へ回る。


戦士が攻撃を受け止める。


そしてリュシーが詠唱する。


「もう少し……」


リュシーの額から汗が流れ落ちる。


魔力が膨れ上がっていく。


その瞬間だった。


ドラゴンが動きを止めた。


「……?」


リュシーが顔を上げる。


巨大な瞳が、自分を見ていた。


「まずい!」


レオンが叫ぶ。


ドラゴンは、魔力の流れを察知したのだ。


その口が大きく開く。


「リュシー!」


戦士が走った。


同時に、ドラゴンの口から灼熱の炎が噴き出した。


「――完成!」


リュシーが叫ぶ。


極大魔法が完成した。


しかし。


ブレスもまた、リュシーへと到達した。


「リュシー!」


戦士が必死に手を伸ばす。


あと一歩。


あと、ほんの一歩だった。


「――っ!」


炎がリュシーを飲み込んだ。


「リュシー!」


戦士の叫び声が響く。


炎が消えたあと。


そこに倒れていたのは、見る影もないリュシーだった。


両手。


両足。


その全てが焼け落ちている。


そして、美しかった顔の半分も炎に焼かれ、皮膚が失われていた。


「……あ……」


戦士の顔から血の気が引く。


アナも、レオンも言葉を失った。


その時、リュシーが最後に完成させた極大魔法が発動した。


轟音。


巨大な魔法陣が地面を覆う。


ブレイドドラゴンの巨体が魔力に包まれ、その動きを完全に封じ込めていく。


やがて。


巨竜は完全に動きを止めた。


勝った。


間違いなく勝った。


それなのに。


誰一人として喜ぶことができなかった。


「リュシーに治癒を!」


戦士が叫ぶ。


「ディア!」


振り返る。


だが。


「…………」


ディアは何も反応しなかった。


地面に座り込み、虚空を見つめている。


口元から涎が垂れていた。


「おい、ディア!」


戦士が肩を掴む。


それでも、反応はない。


「……治癒を……使ってくれ……」


レオンの声が震えた。


「リュシーが……」


ディアは何も答えない。


レオンは、その姿を見つめた。


そして、理解してしまった。


「……俺のせいだ」


自分がディアを壊した。


あの夜、怒りに任せて彼女を傷つけた。


その結果、今、仲間が重傷を負っている。


「俺が……」


レオンは拳を握りしめた。


「俺がディアを壊したから……」


もし、あの時。


もし自分がもっと冷静だったなら。


今、リュシーは治癒を受けられた。


そう考えると、胸が張り裂けそうだった。


だが、幸いにもリュシーの傷には一つだけ救いがあった。


焼け落ちた傷だったため、出血はほとんどない。


感染症の心配も少ない。


命そのものは、まだ助かる。


「リュシー!」


激痛に耐えきれず、リュシーが身体を震わせる。


「痛い……!」


その声に、アナが駆け寄った。


「リュシー、これを飲んで!」


強力なポーションを口元へ運ぶ。


リュシーは震える唇でそれを飲み込んだ。


しばらくすると、激しい痛みが少しずつ引いていく。


「……はぁ……」


荒い息を吐く。


ようやく意識がはっきりした。


そして。


自分の身体を見た。


「…………」


何も言えない。


右手がない。


左手もない。


両足もない。


そして、顔の半分から皮膚が失われている。


「……そう」


リュシーは小さく呟いた。


「私……こんなになったんだ」


アナが何かを言おうとした。


けれど、言葉が出てこない。


リュシーは自分の身体を見つめた。


「手足は……魔法の義手と義足があるから……」


この世界では、失った手足を補う魔道具が存在する。


見た目も本物とほとんど変わらない。


魔法使いであるリュシーなら、義手や義足がなくても魔法を使うこと自体はできる。


だから。


戦えないわけではない。


死んだわけでもない。


それでも。


「……これで、どうやって魔王を倒しに行けっていうの?」


誰も答えられなかった。


魔王城は、もう目の前なのだ。


ここまで来た。


何人もの仲間を失い。


自分たち自身も壊れながら。


それでも、ようやく辿り着こうとしていた。


なのに。


あと少しというところで、仲間の一人が戦うための身体を失った。


レオンは俯いた。


戦士は拳を握りしめた。


アナは唇を噛みしめ、リュシーの身体を支え続けた。


四人の胸に、同じ絶望が沈んでいく。


――本当に、これで魔王を倒せるのか。


誰も口にはしなかった。


だが、その疑問は全員の心にあった。


ただ一人。


ディアだけは、別の絶望に沈んでいた。


彼女は自分の顔を撫でる。


その指先に触れたのは、以前のような柔らかな皮膚ではなかった。


焼けただれた皮膚。


失われた美貌。


「……こんな顔じゃ……」


小さな声が漏れる。


誰にも聞こえない。


「こんな顔じゃ……セルジュと……」


その先を、言葉にすることができなかった。


魔王を倒せたとしても。


英雄になれたとしても。


聖女として国へ帰れたとしても。


こんな顔になってしまった自分を、セルジュが愛してくれるはずがない。


そう思ってしまった。


そして、ディアは誰にも気付かれないまま、一人でさらに深い絶望へと沈んでいった。


魔王城は、もうすぐそこだった。


それなのに勇者一行は、勝利の喜びを一片も感じることができなかった。

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