5.勇者は、嫉妬される
この世界に転生して、はやくも二週間。あと10日でお嬢様の誕生日だ。
俺は日々、出来の悪い侍女の教育に励んでいる。それでも、努力の甲斐があり、お嬢様に関わる侍女は随分良くなった。アーリア夫人の侍女は知らないが。
今もエンマがお嬢様の用を勤めている代わりに、別の侍女が、お嬢様の為に日除けの傘をさしかけている。
以前はこれもランスロットがしていたが、本来は侍女の仕事だ。お嬢様がお年頃になった時の事を考えれば、今のうちから、変えておくべきだろう。
今、お嬢様は、ソードに花の名前や、次に育てる予定の花について、説明を受けて、頷いている。
ソードは、すっかり変わった。いや、ここまで変わるともはや別人だな。
粗野な言葉遣いはすっかりなりを潜め、だらしなく着崩していた服も、首元まで、きちんとボタンを閉めている。少し不潔な感じのする男だったが、常にこざっぱりしていて、とにかくお嬢様に対して、腰が低い。
うん。成長したな。頑張ったぞ。
以前より植木に対する知識も増え、最近では花言葉まで、マスターする勉強家になった。
時々俺をふりかえっては、褒めて褒めてと無い尻尾を振ってくるので、一言二言褒めてやるようにしている。
こいつの腕っ節はいいが、庭師。俺の補助となる護衛騎士が居れば、俺ももう少し動きやすくなるなぁと、余裕が出てきたので、欲が出る。
ううむ。護衛騎士かぁ。新しく雇うのも、難しいんだよな。となれば、今いる護衛の中から、スカウトするしか無いが、……俺が見る限り、余り良さそうな奴がいない。どうするかなぁ。
お嬢様が気に入りの花を受け取られたのを見て、俺は部屋に戻る支度を始める。お嬢様から花を受け取り、日傘を差していた侍女に渡し、部屋に飾るよう指示をした。
「はい。かしこまりました。」
「頼んだよ。量があるから、三箇所に分けてくれ。」
「はい。」
「花の組み合わせは、君に任せるからね。」
「嬉しいです。お任せ下さい。」
俺はニッコリと笑顔で、頷いた。
屋敷に入るお嬢様のすぐ後ろについて、お嬢様の部屋に戻ると、エンマが部屋の掃除とベッドメイクを終えて、俺達を迎えに出た。
「お帰りなさいませ。」
「エンマ、今日はソードに花言葉を教えて貰ったわ。花毎にあんなに違う意味を持っているなんて知らなくて、面白かった。次はエンマも一緒に行きましょう。」
「はい。お嬢様。」
嬉しそうに頷くエンマだが、俺は最近、彼女の顔に少し陰りがある事を心配している。
お嬢様が少し昼寝をするとの事だったので、俺とエンマは居間で待機することになった。
聞いてみようか。
「エンマ。」
「はい。ランスロットさん。」
「最近、表情が暗いですが、何かありましたか?」
驚いたように顔をあげたエンマは次に顔を伏せた。
「いえ、何も無いんです。」
「しかし。」
「最近、他の侍女達は、ランスロットさんに教育を受けて、皆立ち居振る舞いが綺麗になりました。それにお化粧や、髪型も前より素敵になって、皆綺麗になっていて。お屋敷の中でも綺麗になったって評判なんです。」
「え?」
「近くに居るのに、私は何も教えて頂けなくて、だから、何も変われなくて……」
「エンマ。」
「ご、ごめんなさい。私、何言ってるんでしょうね。本当にすみません。」
エンマは零れる涙をゴシゴシと袖で拭って、部屋を出ていこうとした。
ちょうど、さっき頼んだ花を運んできた侍女が来たので、それに背を向けるようにして、部屋の隅に離れて行ってしまった。
「では、失礼致します。」
「綺麗に生けられているね。ありがとう。」
俺は彼女が部屋を出ていくと、エンマに近づき、そっとハンカチを差し出した。
擦り過ぎで、目の周りが真っ赤になっている。
エンマがこの屋敷に来た頃はまだかなり幼くて、ランスロットは妹のように可愛がりつつ、使用人のマナーもきちんと教えこんでいた。
だから、俺は何も教える必要が無かったので、安心していたのだが、エンマにとっては、自分はほうって置かれているような気持ちになったんだろうか。
エンマも年頃の娘になったと言う事だろう。見た目も気になるんだろうな。
「エンマ、すこぉし、お洒落をしてみるかい?」
「でも、私なんて冴えないから。」
「女の子は皆可愛いんだよ。俺を信じて」
「ランスロットさん、俺って……。」
「お嬢様の前では、私だよ。だから、お嬢様には内緒でね。」
「内緒……は、はい。」
エンマの顔が赤い。ごめん。ランスロットのこの顔、罪作りだわ。
「少し髪を解くよ。」
「は、はい。」
エンマがギュッと目を瞑る。
三つ編みを解き、胸ポケットから出した櫛で、髪を梳く。
顔の横の毛を少し残し、残りの毛をまとめてゴムで留めて、結び目が見えないように、クルリと結び目を回す。
残った顔横の髪は、顔が隠れないように三つ編みに編み込み、さっき結んだ毛束とまとめてリボンを結ぶ。
更にポケットから、小さい ハサミを取り出し、手入れされていない眉を整える。
うん。可愛いじゃないか。
お嬢様の姿見の前に目を瞑ったままのエンマを連れていき、声をかけた。
「目を開けてご覧。」
恐る恐る目を開けたエンマが、鏡に見入っている。
「思ったとおり、顔の周りの毛がちょっと重かったね。どうかな?エンマ。」
「わ、私。」
「エンマは可愛いよ。それからね、エンマ。俺が、エンマに注意しないのは必要が無いからなんだよ。君には子どもの頃から、必要なことを全て教えてきた。君はね、エンマ、使用人の立ち居振る舞いだけで言えば、この屋敷一番なんだ。自信を持って欲しいな。」
「ランスロットさん。」
エンマは今度は嬉し泣きになっている。良かった。
年頃の女の子はちゃんと気を使ってあげなきゃいけなかったな、と、反省した。
お嬢様は、完璧だけど、やはり心が揺れるようになるのだろうか?




