15.勇者は、監査する
魔王城に向かう俺にはパーティーはいなかったが、一人だけ旅に同行した男がいた。
城から派遣された出納係だ。
この男がなかなか狡っ辛い奴で、俺の旅費をちょろちょろと誤魔化していた。
元々平民の俺には、支給金も少なく、無事に魔王城につけたのは、道中で依頼をこなして貰った報酬のお陰だった。
男はそんな支給金と依頼の報酬金を別々の帳面につけて管理していたが、ある日、俺は見たことの無い色の帳面をその男がつけているのを偶然目撃してしまった。
そして、俺の追及にあった男が教えてくれたものが、
【裏帳簿】
どうして、見つかれば使い込みの証拠になる帳簿をつけるのかと、その男に聞けば、正しい収支を記載した帳簿をつけるのは当然だと言われてしまった。
正直、俺には理解できなかった。
ついでのようにその男が言った理由は、自分が幾ら得したかを詳細に知りたい だった。やっぱり分からなかった。
なぜ、今、こんな事を思い出しているかと言うと、あの女から逃げて、屋敷をあちこちしている時に、俺はこの屋敷の調度があまりにお粗末な事に気づいたのだ。
まともなのは、旦那様ご夫妻、アラン様、マチルダ様の部屋だけ。お嬢様の部屋にもまともな調度は入っていない。リネンもしかり、カーテン等もそうだ。
旦那様はそんな部分に金を惜しまれる方ではないはず。
誰かが、金を盗っていると思うのは当然だ。
考えられるのは、あのカエルのように卑屈に頭を下げながら、上目遣いにいやらしい目を向けてくる、この屋敷の家令。
俺はお嬢様にお仕えする時間以外は、睡眠時間も削って、あの男を調べた。
そのおかげで、家令が隠した裏帳簿を見つける事ができた。
俺は、最初にお嬢様に裏帳簿の存在を告げ、それを調べ、この屋敷を正常化させたいとお願いした。
正直なところ、ランスロットの知識も、帳簿の不正を発見するまでのものではなく、勇者の頃の俺の知識にも無かったので、どうにかして専門の者に見てもらう必要がある。
「あ、あの。」
「エンマ、どうしましたか?」
「私が、監査させて頂いてもよろしいでしょうか?」
へ?エンマ?
「そうね、エンマ。あなたならできるはずだわ。お願いね。」
「お任せ下さい。お嬢様。」
俺はエンマに帳簿を渡したが、エンマは凄い勢でそれを書き写すと、書き写したものを俺に渡した。
「これを元の場所に戻して下さい。監査する時間を稼ぎたいので。」
俺は頷くとすぐに元の場所に戻してきた。
お嬢様の部屋に戻ると、既にエンマが正規の帳簿も持ってきていて、作業を開始していて驚いた。
お嬢様の説明によると、エンマは、代々城で、監査役を務める子爵家の次女で、女性とは言え、幼い頃から、教育されて育ったらしい。
素晴らしい。
「お嬢様、実態が分かりました。告げ、使い込みの手先になっていたのが、家令と侍女長。黒幕は、奥様の弟様に奥方でした。」
意外な相手が出てきてな。確か、旦那から、あの侍女長を引き剥がした人だよな?
実は癒着?
頷いたお嬢様は、サラサラとペンを走らせると、カレル宛に手紙を書き、帳簿とともに屋敷に急ぎ便で送るようエンマに指示を出した。
「お願いね、エンマ。あなたが、直接店まで持って行って、今日の便で送るように頼んでちょうだい。代金の金貨は余分に持っていって。」
「はい。お嬢様。」
「後の処理はカレルがしてくれるから、任せましょう。」
安心したら、疲れが出てきた。俺の治癒は精神疲労には全く効かない。俺は自分で思った以上に、あの女から逃げ回ることに疲れているようだ。
「ランスロット。」
「はい。お嬢様。」
「あなた、また、顔色が悪くなっていることに気づいてる?」
「え?私はどこも悪くないですよ。」
「前の倒れた時ほどではないけれど、かなり青い顔をしているわ。少しは自分を労りなさい。」
「はい。」
お嬢様に心配をかけるなんて、俺は駄目だな。情けない。
お嬢様に頭を下げて、部屋を出た。
ちょっと気持ちが塞いでしまって、周りを気にかける事ができなくなっていた。
だから、いきなり扉の中から伸びた手に反応できなかった。
「え?」
「捕まえたわ。ランスロット。」
目の前いっぱいにあの糞女の顔がある。
俺は基本、女子供には手を出さない。でも、この女は突き飛ばして、宇宙の果てまで蹴り飛ばしても良いだろうか?
「さあ、いい事しましょ。」
嫌だ!吐き気がするほど、嫌だ!
「ランスロットを離しなさい!」
パンッという小気味のいい音がして、俺から引き離された糞女の頬に、繊手が舞った。
「お前には、先日も、ランスロットに近づくなと命令したはずです。私の言う事が聞けないのですか!」
「お嬢様。」
お嬢様に気付かれていた事に俺はショックを隠せない。お嬢様だけには、逃げ回る俺を知られたくなかったのに。
「何を誤解されているのか分かりませんけど、私は、ランスロットと仕事の話をしていただけですわ。」
「あなたの声は聞こえていましたよ。」
「何がです?そんな誤解をされるなんて、お嬢様はランスロットをどんな目でご覧になっているのでしょうね。まだご入学前なのに。随分ですよね。」
俺の女子供に手を出さないと言う信念が、ボロボロと崩れていく。お嬢様にこんな失礼な口をきくなど許せるわけが無い。
「侍女長、その下品な口を閉じなさい。それ以上、お嬢様に失礼な態度をとるようでしたら。」
「何だと言うの?」
「あなたの命の保証はしませんよ。」
「は?」
俺を振り返った糞女が、ピシリと固まった。当然だ。俺はあの女に向けて、殺気を放ったのだから。
みるみる顔色が悪くなっていく。
「ま、まさか、命って……」
「言葉通りです。」
「ヒッ!」
「私に出来ないと思いますか?」
あぁ、最初から、こうすれば良かったのかなぁ。
侍女長は転がるように部屋から駆け出して行った。
「ランスロット、我慢は駄目よ。ほら顔色が少し良くなったわ。」
そうですね、お嬢様。
我慢は俺の苦手とするものでした。ありがとうございます。




