14.勇者は、熟女に迫られる
お嬢様を部屋に案内し、荷物を整理し終えると、俺は自分の部屋の片付けに向かった。
執事用に用意されたその部屋は、アラン様やマチルダ様の執事と同じフロアで、何かあった時、協力して対応に当たる事ができるようになっていると話には聞いていた。
自分の部屋の扉を開けて、部屋に入ると窓を開ける。空気を入れ替えて、少し疲れた体を休めようと寝室の扉を開ければ……俺のベッドに女が腰掛けていた。
あ、あれ?部屋間違えた?
俺の動揺を読んだ女は、艶然と笑みを浮かべてくる。
まるで、獲物を見つけた肉食獣のような……
「この部屋は、私に与えられた部屋のはずですが、なぜあなたはここに居るのでしょうか?」
よく見れば、女が着ている服は、屋敷の侍女長の服だ。
女が笑みを浮かべたまま、俺に一歩、また一歩と近づいてくる。
俺は、感じたことの無い、恐怖で、心臓が止まりそうだ。魔王より怖い。
ジリジリと後ずさり、身を翻すと、寝室から飛び出して、近くにあるソファを思いっきり蹴飛ばし、バリケードにして、部屋から逃げ出した。
その足で、アボットの部屋の扉をガンガンと叩く。
「誰だ!」
「アボット、開けてくれ!」
「ランスロット?」
アボットが開けてくれたドアの隙間から、部屋に駆け込み、部屋の隅に逃げ込んだ。
「どうした、ランスロット。」
「わ、私の部屋に、変な女が居る。」
「変な女??……あ、ああ、もしかして、侍女長のリンダかな?」
「た、多分、そいつだ。寝室に閉じ込めて逃げてきた。」
「あ、えっと、俺が追い出したら良いのか?」
「頼む。」
「君には借りがあるしね。仕方ない。ここで待ってて。」
アボットの部屋は俺の隣の部屋だ。耳を澄ませば、アボットがソファを動かす音がする。
彼が嫌がっているから、二度とこの様な真似をしないように注意する声が聞こえるが、それに対し、女のせせら笑う声が聞こえる。
間もなくアボットが戻ってきた。
「一応注意はしたが、警戒の為、部屋の鍵を変えて、内鍵もつけた方が良い。」
「アボット、あれは何?」
「ランスロット、お前、まだ独身だし、婚約者も居ないだろ?」
俺は無言で頷く。
「私は結婚しているし、ティムは婚約者がいて、来月結婚する。」
「それで?」
「狙われてるんだよ、既成事実さえあればって。」
「いやいや、彼女、俺より10は上だろ?ないない。絶対ない!」
「だから、自衛しろって言ってるんだ。」
「わ、わかった。しかし、どうして、あんな女を雇ってるんだ!?」
「王都屋敷の管理はどなたか知っているか?」
「奥様の弟のナハト男爵だろ?」
「そうだ。小心者で、何も出来なくて、何もしない。彼女は一時期彼の愛人だった。」
「ナハト男爵は小心者なのに怖いもの知らずか?」
「いやいや、強引に食われただけだよ。しかし、彼の奥方はあの女より強い。」
「じゃあ、追い出してくれたら良かったのに!」
「夫からは切り離せたが、あの女はこの屋敷に居座った。愛人であった時期に、男爵に一筆書かせたらしい。」
「旦那様はどうして放置しているんだ。」
「めんどくさいからだろ。若い独身男性しか迷惑は被らない。あれを世間に放って、侯爵家で働いていたと知れる方が、問題だ。私とティムは、噂を聞いてたからね、早々に対象から外れるようにした。カレルも結婚しているだろう?」
「俺は、カレルに聞いてない!」
「仕方ないだろ?お前、結婚する気あるか?お嬢様一筋だろう?」
「一生お仕えする。」
「だったら、自分で何とかしろ。私は、お前なら何とかしてくれるんじゃないかと期待しているんだ。よろしく頼む。」
なんて事だ。俺一人であの野獣に立ち向かえと?
とりあえず、部屋に戻ると、誰も入れないように結界をはる。部屋の掃除などは自分でするからいい。ドアのノブも俺以外には動かないように、結界はドアの表面から、窓の内側まで、部屋全体に必要だ。
もし、窓から来ようとされたら、怖くて窓も開けられなくなる。
そうだ。自分自身にもかけよう。体全体に沿うようにかけ、近づいても体に触れないようにしよう。
そこまでして、俺はやっと一息ついた。
落ち着け、落ち着け。
ベッドにも部屋の空気にも浄化魔法をかけた。
気を取り直して、窓の外を眺めれば、ヤールが屋敷の騎士達に囲まれていた。何か言われているようだ。あいつなら心配はいらないが、風魔法で声だけは拾っておこう。
「だからぁ、なんでお前みたいなガキが専属護衛なんだって言ってんだよ!」
「騎士団長に認めて頂いてます。」
「どうやって取り入ったんだ?とにかく、お前みたいなガキが出しゃばるんじゃない!今すぐお嬢様に言って、俺と代わってもらえよ!」
「断る!」
「生意気な奴だな!先輩の言う事が聞けないって言うのかよ!」
「聞けないな。俺より弱い奴にお嬢様の護衛は任せられない。」
「何だと!人が優しく出てやればいい気になりやがって。痛い目みなきゃ分からないようだな!」
「俺より強いって言うなら、立ち会ってやるよ。その代わり条件がある。」
「いいぜ。言ってみろよ。」
「俺が負ければ、俺に買った奴を推薦してやる。ただし、俺が勝てば、今日からお前達は全員、俺の部下だ。逆らうことは許さない。それでも良いか?」
相手が鼻で笑う声がする。馬鹿だな。お前達でヤールにかなう訳が無い。まあ、これで、行儀の悪い騎士はヤールに任せて大丈夫だろう。
俺は侍女……うん、そうだな、……侍女の教育、かな……
それから5分もせずに、ヤールにコテンパンにやられた奴らが泣きながら謝る声が聞こえてきた。




