12.勇者は、パーティーへ行く
新しい年になった最初の土曜日。ついにお嬢様の社交界デビューの日がやってきた。
エスコートはカレル。
「ランスロット、本当に私がエスコートでいいのか?君がお嬢様のエスコートをした方が良いよ。もしかしたら、お嬢様のエスコートができる最初で最後の機会かもしれないんだよ。」
困ったような顔で聞いてくるカレルに、大丈夫と答えたのは俺だった。俺は、お嬢様の社交界デビューを祝って、当日のドレスの裾全体に細かくて、精緻な刺繍を施した。俺はこれで満足しているんだ。
な、なのに!どうしてこうなった!
俺は長女のマチルダ様のエスコートをして、今、会場に入ろうとしている。それも、マチルダ様好みの華美な夜会服を身につけて……
元はと言えば、マチルダ様のエスコートは、次男のアラン様の予定だった。
ところが、アラン様が急に他の令嬢のエスコートをする事になり、マチルダ様の執事は、階段から落ちて足を挫いてしまった。
カレルが側近になってから、俺は、他の執事達と親しくするようになった。話してみれば、お互い得ることは多く、空き時間を見つけては情報交換をするようになった。
そのマチルダ様の執事のアボットの、見舞いに行った時に何気なく聞かれた一言に俺は素直に返事した。
「そういえば、マリアお嬢様は、今回、社交界デビューだね。エスコートは、もちろんランスロットがするんだろう?」
「いや、カレルに頼んだよ。」
「そうなの?あんなに大切にしているお嬢様なのに。」
「だからこそだよ。カレルの方が場馴れしているから、不慣れなお嬢様を完璧にエスコートしてくれる。」
「ふうん。」
たったこれだけの会話が……。
この翌日に、俺はアーリア夫人に呼び出された。
「ランスロット、あなたも知っていると思うけど、アボットが怪我をして、マチルダのエスコートができなくなりました。」
「アボットから聞きました。」
「そうね、それで、あなたにマチルダのエスコートをしてもらう事になりました。」
え?なんで?
「ティムではないのですか?」
「マチルダの希望です。良いですね。これは命令です。あなたの夜会服はマチルダが用意します。あぁそう。マリアにはきちんと伝えておきなさい。」
「はい。奥様。」
俺は呆然として、お嬢様の元に戻った。どう歩いたかも覚えていない。
「ランスロット、どうした!」
「カレル、俺、マチルダ様の、エスコート。」
「やはり狙われたか!」
「え?」
「以前からマチルダ様は、お前を狙っていたから。」
そうなの?全く気づかなかったよ。
でも、どうしようもない。
俺はパーティーまでの日、ただ黙々とお嬢様のドレスの袖口と、胸元に刺繍をした。既に達人技に至った、俺の刺繍は美しい。
何も考えたくない。お嬢様以外とダンスを踊るなんて……
お嬢様は、俺と目を合わせると、よしよしと頭を撫でて下さる。俺、どんな顔をしているのかな。お嬢様に心配かけて。情けない。
カレルはマチルダ様に、自分では駄目かと、直接交渉してくれたらしい。断られてしまい、すまないと謝られた。
カレルのせいじゃ無い。
アボットにも、ごめんと謝られた。でもアボットのせいでもない。
俺が、お嬢様のエスコートをしたいと言わなかったせいだ。
俺は、お嬢様に恥をかかせるわけにはいかないと、気合いを入れ直した。どうか、お嬢様が会場の俺を見て、ガッカリしませんように。
笑顔のマチルダ様をエスコートして、会場に入るなり、俺達は5人のご令嬢に囲まれた。
「マチルダ様、彼が噂の?」
「そう。ランスロットですわ。」
「まるで本から抜け出したような綺麗な方ですわね。」
「素敵ですわ!」
「後ほど、私とも踊って頂きたいわ。」
ギュッと絡めた腕を握りしめてくるマチルダ様。空いたもう片手も見知らぬ令嬢に腕を絡められている。
もう、笑顔を向けるしかないな。うん。ないない。
俺はほんの少しだけ、口元を緩め、口角をあげる。
「キャー!麗しいわ!」
「なんて素敵。」
そうですかぁ?もう、早く終わらないかなぁ。
向かい側から、なんだかこちらを威圧する雰囲気で近づく令嬢が。
「あら、マチルダさん、今日は、欠席されるかと思いましたわ。」
「まあ、とんでもないですわ。ナターシャ様。ランスロットが私をエスコートして、参加したいと申しますので、今日はお兄様ではなく、彼と参りましたの。」
ナターシャ様の後ろにアラン様が、視線をこちらから外すようにして、立っている。
どうやら今回のアラン様がエスコートした令嬢のようだ。俺の顔をガン見して、なんだか悔しそうなのだが?
マチルダ様は優雅に、ニッコリと微笑みを浮かべ、俺の腕をとって、令嬢から離れて行く。
あちこちで、挨拶し、俺の見せびらかしが終わったのか、やっと少し休憩を許された。
遠くにマリアお嬢様が心配そうにこちらを見やるのが見える。
大丈夫です、お嬢様。俺、頑張れますから。
俺のメンタルは強いから。……ごめんなさい。今日は薄紙みたいです。泣いて良いでしょうか。
今も知らない令嬢の手が、俺の腰を這ってます。
「ランスロット、ダンスよ。」
「はい。」
俺はマチルダ様に礼をして、ダンスフロアに誘い出す。社交は初めてだが、お嬢様の練習相手として、ダンスはバッチリ身につけた。どんな曲も踊れるぞ。
「ランスロット、凄く踊りやすいわ。」
「マチルダお嬢様も、羽のように軽やかでいらっしゃいますよ。」
「ふふっ。今日のお礼に、今度、マリアに優しくしてあげるわ。」
「ありがとうございます。一番のご褒美です。」
「そうね。だから、今日は頑張りなさい。私のお友達とも踊ってあげてね。」
「お嬢様のお望みのままに。」
俺はその後、あの5人の令嬢と次々にダンスを踊った。
マチルダ様のところに戻ると、顎で、マリアお嬢様を指し示される。何人かの令息がお嬢様にダンスを申し込んでいた。
「マリアと踊っていらっしゃい。」
「良いのですか?」
「良いから言ってるの。その代わり、ラストダンスは私とよ。」
「はい。」
俺は背中を押され、お嬢様に歩み寄り、ダンスを申し込んだ。
お嬢様は俺の手を微笑んで取られ、フロアに進み出た俺は、もう、夢心地だ。お嬢様が誰よりも美しく見えるように踊りたい。すぐ側で他の令嬢と踊るカレルが俺達を見て、優しい笑顔を投げかけた。
お嬢様と踊る時間は、まるで魔法のようだった。
曲が変わって、俺はカレルにお嬢様を託し、マチルダ様の手を取った。
「ランスロット、今日は上出来。楽しかったわ。ありがとう。」
「もったいないお言葉です。」
マチルダお嬢様も楽しそうだった。ただ、あのナターシャ様が何度も睨んでくるのだけがとても怖かった。




