10.勇者は、失神する
最近の俺の毎日は順調だ。
お嬢様の侍女達は優秀だし、庭園も美しい。食事もバランスが取れていて、お嬢様の健康状態も良好。
護衛の教育も順調だ。
やっと自分磨きの時間も取りやすくなってきた。
ランスロットも、俺も、一生懸命に勉強するのには、それなりの理由がある。
公爵家には5人の執事がいる。おかしいだろ?普通は1人だよ。
ご主人様に1人、子ども1人に各1人。
公爵家の後継者は実力主義で選ばれる。俺達執事もご主人様の戦力の一端と見なされる。総合的に判断され、後継者はお嬢様が学園を卒業する際に決まることになる。
アーリア夫人の産んだ長男はお嬢様の3つ上、次男と、長女は双子で、2つ上だ。
後継者決定後は各自が、公爵の持つ、余った爵位を譲り受け、分家する事になっているが、その爵位は伯爵ひとつ。子爵ふたつ。領地はいずれも狭い。その時、それぞれの主人を守って家を支えるのが、俺達4人の執事となる。
現在、せっかく優秀な執事が着いているのに、馬鹿な長男のルドルフは既に旦那様から見込み無しと思われている。
将来、子爵は決定だ。
次男のアランと、長女のマチルダはどっちこっち。執事はアランの方が上。アランは顔立ちも良く、アランの執事も伯爵家の三男なので、社交界にも顔が効く。この部分では、俺にも叶わないが、お嬢様が年末の社交界デビューを果たされるまでに貴族の繋がりを勉強しなければならない。
長男の執事が、一番社交にも長け、優秀なんだ。俺は、その不遇な執事を目標にしている。
できれば、彼ともう少し親しくして、情報交換がしたい。
ダメだろうな。
何とか彼と親しくなるチャンスは無いだろうか?
お嬢様の誕生日まで、あと5日。
ご主人様が戻られない事が決まった為、祝い事は中止になった。しかし、せめて、食事はいつもと違うものにしたい。
料理長と相談を繰り返してメニューを決め、王都で流行っているスイーツをチェックする。できるだけ特別感のあるスイーツを用意したい。
考え事をしながら歩いていたら、正面から来た人に腕を掴まれた。
「大丈夫か?ランスロット。」
ん?何が?
顔をあげてみれば、長男の執事、カレルだ。
「え?」
「顔色が悪い。無理をしているのではないか?」
俺の顔色?いや、そんなはず無いでしょ。自動治癒使ってるから。
「鏡で自分の顔を見たか?」
そんなはずは、と言おうとした俺の言葉は告げられることも無く、目の前が急にぐにゃりと歪んだと思うと、俺に声をかけるカレルの声も遠ざかっていく。
誰かに倒れる体を支えて貰ったと思ったのを最後に、俺は意識を失った。
夢の中で、俺はうす暗くて、心地良い場所にいた。何故か、所々に綻びがあり、その場所に光が入ってくる。
俺はその差し込む光を遮りたいのに、遮る道具が無い。
復元魔法も効かないようだ。
俺は、あぁ仕方ない。これはランスロットの魂の器が傷ついているのだと、何故か納得してしまった。
ごめん。ランスロット。お前の事を忘れていたよ。
でも、お嬢様は大切にしてる。だから、どうか傷つかないでくれ。俺に協力してくれよ。
お前が傷つけば、俺も傷つくんだからさ。
お前の知識に、俺はすごく助けられているよ。
あぁ、だから、信じろよ。お前の嫌がる事はしないから。少しだけ、その美貌を使わせて貰うことはあるかもしれないけど、我慢しろよ。な?
ボロボロの綻びが、少しだけ収まっていく。納得は出来てないけど、協力はするって?よろしく頼むよ。
絶対にお嬢様は守るから。お嬢様を守るためにこの体を無くす訳には行かないから。
綻びが更に消えていく。
うん。よろしくな、ランスロット。
額に心地良い冷たさがあって、目を覚ましたら、カレルが額の手拭いを取り替えてくれていた。
「目が覚めたか?」
「カレル?」
「いきなり目の前で倒れられたので、驚いた。医者に見てもらったら、過労だろうと言う事だった。執事たるもの、自分の体調管理ができなくてどうする。」
「申し訳ない。」
慌てて起きようとすると、肩を押さえられた。
「まだ起きない方が良い。丸一日意識が無かったんだ。」
「そんなに?」
「お嬢様の誕生日が気になっているのか?」
「そうです。」
「手伝ってやるから、少し休め。」
ありがたい話だが、良いのか?
「俺の主は、もうダメだろう。子爵を貰っても、あの性格ではやっていけない。私は年末にお役御免のお願いをご主人様にするつもりだ。」
「もったいない。」
カレルはクスッと笑うと、また俺の手拭いを水で冷やし直してくれる。
「お前はいい主に仕えられて良かったな。大切にするんだぞ。」
「辞めて、どうするつもりですか?」
健康なのに、主家を見捨てたとなると、次の勤め先に響くことになる。この人がそんな目に合うのは理不尽だろう。
「雇って下さる所を探すしかないな。実家は没落貴族だから、戻るところは無いしね。」
彼の実家は侯爵だったが、投機の失敗で、借金を背負い、没落してしまった。家が苦しくなってきてすぐ、三男の彼はこの屋敷で働くようになった。随分と苦労をしたらしい。
この人が欲しい。俺は痛切にそう思った。




