ゾルドにて
朝だ。昨晩のシチューの残りを朝食とし、今日も馬車での移動が始まる。
「リリー、ゾルドへは後どれくらい掛かるんだ?」
「そうですね、このまま何も無いと今日の昼過ぎには着くでしょうね」
「昼過ぎか……」
「何かご予定でもあるんですか?」
「いや、ただ馬車に揺られているだけだと暇でね」
「すいません、遊具の1つでも積んであれば良かったのですが……」
「あぁそんな気にすんな?単なるワガママだからな」
「ゾルドに着けば娯楽もありますので、それまでの間、我慢して下さいますか?」
「分かった」
ゾルドが何れ程の町かは知らないが、まぁ馬車数台が荷物を運搬する目的地だ。それなりに栄えているのだろう。何が待ち受けているのか、楽しみだ。
馬車は順調に街道を走り、予定通りに太陽が真上に来た頃に町に到着した。町は高い石壁で囲まれており、門以外からの侵入は出来そうに無い。
「これはフラン様。どうぞお入り下さい」
門番をしていた衛兵は、リリーを見るとろくに馬車の中を確かめもせずに通した。それだけリリーの顔が知られているという事だろう。
馬車はゆっくりと町中を進む。
「おぉ〜」
町並みは確かに中世のヨーロッパを模したかのように煉瓦造りの家々が建ち並んでいた。道幅も広く、石板が敷き詰められているお陰で馬車の揺れは少なくなった。
暫く町を眺めていると、馬車が1軒の大きな建物の前で停止した。
「ゼロさん、着きましたよ?」
リリーに次いでシュウトさんが馬車から降り、最後に俺が降りる。
「んーっ!」
思いっきり背伸びをすると体の関節がポキポキッと鳴った。
「シュウト、荷物の運び入れお願いしますね?」
「かしこまりましたお嬢様」
「ゼロさんはこちらへどうぞ」
「ん」
リリーに案内されながら建物の中へと入っていく。するとリリーそっくりな女性が出迎えて来た。
「お母様、ただいま帰りました」
「お帰りなさいリリー。道中無事でしたか?」
「街道で1度賊に襲撃されました。商品は無事でしたが、馬車が1台使えなくなったので置いて来ました」
「賊の襲撃!?貴方は大丈夫だったの!?」
「はい、こちらのゼロさんに命を助けてもらいました」
「どうも」
「あらあら、どうやら娘の命を救って頂いたようで、ありがとうございます。私はリリーの母、リール・フランと申します」
「そんなに気にしないで下さい。成り行きで助けただけですから」
「リリー、お礼はしたの?」
「お礼はこれからです。ゼロさんは旅人で、特に行く宛ても無いそうなので我が家でお泊まり頂こうかと思うのですが……宜しいですか?」
「えぇ、娘の命の恩人ですもの、それくらいは当たり前です。ゼロさん、いくらでも泊まっていって下さい」
「いや流石にそれは甘えすぎじゃないかと」
「これでもフラン家は商売を生業にしており、それなりに栄えさせて頂いてます。1人娘であるリリーの命の恩人となれば、フラン家の恩人と一緒です。どうぞ心行くまでお世話させて下さい」
ダメだ、あまり聞いちゃいないようだ。でも当分の宿が確保出来たと考えれば問題無いか。
「……それじゃあお言葉に甘えて、お世話になります」
「はい、こちらこそ。リリー、先に客室に案内してもらえる?」
「分かりました。ゼロさん、こちらへどうぞ」
リリーに案内されて客室にやって来た。紅茶を煎れてもらい菓子をつまんでいると、壮年の男性がやって来た。
「ゼロ殿、だったかな?」
「はい」
「リリーの父、カイゼル・フランと申します。この度は娘の命を救って下さったようで」
「まぁ結果から見ればそうなりますかね」
「実にありがとうございました」
ペコリと頭を下げるカイゼルさん。
「お礼は奥様からも頂戴してます。どうぞ頭を上げて下さい」
「では失礼して……」
カイゼルさんは頭を上げると俺に対面する席に腰を下ろした。
「失礼ですがゼロ殿はこれからの身の振り方はお考えなさっておりますか?」
「何分田舎の出でして、これから職を探していこうかと思っている所です」
「そうですか……ならば私どもフラン家に雇われるのはいかがでしょうか?これでも豪商と呼ばれております。給金の方は月に金貨10枚をお約束いたしますが、いかがでしょうか?」
金貨10枚がどれだけの価値かが分からない。恐らく相当な金額なんだろうけど……
「……すいません、有り難い話ではあるんですが、俺はこの世界を旅して回りたいんです。暫くはここに根を付かさせて貰いますが、いつかは出ていこうと思っているので……」
「そうですか……非常に残念ですが、分かりました。ではその暫くの間、我がフラン家がお世話させて頂きます」
「すいません。世話になります」
話が終わるとカイゼルさんは予定が詰まっているとの事で退室していった。その代わりにリリーがやって来た。
「ゼロさん、お部屋の準備が整いましたのでこちらへどうぞ」
再びリリーに案内され屋敷の中を歩く。案内された部屋は10畳程の広さにベッドとテーブルに椅子が揃っていた。
「他に何か必要な物がありましたらいつでも仰って下さい。直ぐに用意しますので」
「分かった。ありがとね」
そのまま返すのも何だから、俺はリリーに少し話し相手をしてもらった。そこで分かった事だが、この世界の通貨単位はセル。貨幣は小銅貨、銅貨、小銀貨、銀貨、小金貨、金貨とあり、それぞれ10枚で貨幣が代わっていくらしい。普通のお店で食事をするなら小銀貨1枚で十分という事は、小銀貨は大体1000円程度だろう。1セル10円で計算すると、金貨10枚は100万円になる。カイゼルさんの誘いは破格の給料だったわけか……
また身分を証明する物が無いかと聞くと、リリーは冒険者ギルドがあると答えた。異世界ときたらやっぱり冒険者ギルドの存在は欠かせないな。早速リリーに冒険者ギルドまで案内してもらった。
「ゼロさん、本当に良いんですか?冒険者ギルドは荒くれ者ばかりですよ?」
「大丈夫さ。これでも腕にはちょっと自信があるからな」
何せ完ストした鬼オンのキャラクターの能力持ちなのだから。
ギルドに入ると3つのカウンターが並んでいた。
「右から登録、依頼受注、報酬となっています。今回は登録ですから1番右のカウンターですね」
「ん、分かった」
登録のカウンターは他の2つと違って人が並んではいない。閑職なのだろう、受付嬢もお茶を飲みお菓子をつまんでいた。
「すいません、ギルドに登録したいんですが?」
「んんっ、はい、新規登録ですね?それではギルドの説明をさせて頂きます」
受付嬢は饒舌に喋りだした。
受付嬢曰く、ギルドは依頼を受け付ける場所であり、依頼は庭の草刈りから魔獣の討伐まで何でもあるそうだ。ギルドランクはFから始まりF・E・D・C・B・A・Sと上がっていき、Sを超えると二つ名と呼ばれる称号を与えられるらしい。二つ名持ちの冒険者は現在片手で数える程度しかいないそうだが、その誰もが人智を超えた強さを持っているらしい。
「あと大事な事ですが、冒険者同士のイザコザは、余程の事が無い限りギルドは介入しません。また犯罪に手を染めた者にはギルドから指名手配されるのでお気をつけ下さいね?」
「要するに、喧嘩は勝手にやれ、しかし犯罪に手を染めると追い込むぞ、と言う事ですね?」
「……端的に言えばそうなりますね」
「ふむ、分かった。それで?登録するにはどうしたら良いんだ?」
「こちらの水晶に手を触れて下さい。後はカードが出ますのでそれが冒険者の証になります」
ゴトリと置かれた水晶に掌で触れる。すると水晶の中に光の粒子が集まりだし、水晶自体が光り出した。しかしいくら待ってもカードが出てこない。
「あれ?おかしいな。そろそろカードが出てきてもおかしくないはずなんですが……」
その間も水晶は光り輝いている。受付嬢も首を傾げ始めた。
故障かと思ったらカシュッとカードが出てきた。
「やっと出ましたか」
「あぁ」
俺はカードに記載されている情報に注目した。
名前:ゼロ
ランク:F
称号:竜殺し(ドラゴンスレイヤー)
巨人殺し(タイタンキラー)
神殺し(ゴッドキラー)
一騎当千
スキル
・キャラクターチェンジ
・魔眼
・神速
・二撃必殺
・気配感知
・気配遮断
・状態異常無効化
祝福
魂の管理者
何コレ?鬼オンの能力モロバレじゃないですか。
「何かありましたか?」
「いやっ、何でも無いです」
「何か特殊なスキルでもありましたか?」
「まぁあると言っちゃある、かな?」
「ギルドではスキルの情報も取り扱っております。もし宜しければ新しいスキルは登録させて頂きたいのですが……」
「ん〜、まぁ良いですよ。公開します」
「ありがとうございます。カードをお貸し頂けますか?」
ちょっと抵抗はあったが、俺は受付嬢にカードを渡した。
「キャラクターチェンジ?魔眼、神速、二撃必殺、気配感知、気配遮断に状態異常無効化……何ですかこのスキルの数は!?」
「まぁ……記述の通りですね」
「まさか一度にこれだけの新スキルが出るなんて!それに称号が4つも!」
「あんまり騒がないでもらえますか?変に目立ちたくは無いんで」
「す、すいません……しかしこれだけ新しいスキルが出るとは……」
受付嬢はそう呟きながらその1つ1つを登録していった。
でも、このスキルは鬼オンだから取得出来たのであって、現実に獲得する方法は無いだろうけどな。
「……はい、ありがとうございました」
受付嬢からカードを返してもらい懐に仕舞う。
「カードを紛失されましたら再発行になります。再発行には金貨1枚が必要となりますのでご注意下さいね?」
「分かりました」
「以上で登録は終了になります。お疲れさまでした」
登録が終了すると俺は一旦リリーの所へと戻った。
「お疲れさまです。何やら揉めてましたね?」
「あぁ、新スキルでちょっとね」
「新しいスキルが出たんですか!?」
「うん。一応ね」
「新しいスキルはここ30年は出ていないそうです!ゼロさんはやっぱり凄かったんですね!」
「うん、分かったから落ち着こうかリリー?」
「あ、はい……すいません」
「取り敢えず今日はこれで終わろうか。昼飯も食ってないし、腹減って来たよ」
「それなら良いお店を紹介しますね!こっちです!」
リリーに連れられ俺はギルドを後にした。
リリーに連れられて町の中を歩く。改めて見ると、この町がとても栄えているのが分かる。通りには露店が数多く並び大声で客引きをしている。それに並ぶ客達。ここら一帯は商業区なのだろう。賑やかな区域だ。
リリーに案内された店は1軒の露店だった。そこには数多くの行列が出来ている。
「ここのロームはかなり有名なんです」
「へぇ、お嬢様なのにこんな店を知ってるのか」
「何事も経験が必要ですからね。お父様から貰ったお小遣いで食べ歩くのが私の趣味なんです」
「変わったお嬢様だな」
俺達が苦笑混じりの会話をしていると、ゆっくりと客が回転していき、俺達の番となった。
「ロームを2つ下さい」
「はいよっ!100セルだ!」
リリーが小銅貨を手渡し支払いを済ませる。
「はいお待ち!」
手渡された料理はタコスのような物だった。先ずは一口食べてみる。
「ん、美味いなコレ。」
見た目はタコスだがタコスよりも若干ピリリと辛い。その分野菜が甘味を出して中和しており、丁度良い辛さになっている。
「ここのロームは評判良いんですよ。私も週1で食べに来ます」
これを週1か。これは舌が肥えそうだ。
ロームを食べ終えると今度は違った店に案内される。2軒、3軒と露店を回ると、いい加減腹も満たされた。今は喫茶店で紅茶を飲んでいる所だ。
「しかし意外だったな。リリーはもっと箱入りかと思ってた。」
紅茶を啜りながらそう告げる。
「父の影響ですね。何事も経験が必要だと学んでいますから。」
「家の仕事を手伝うのもその内の1つ?」
「はい。私はいずれフラン家を継ぎますので、その為の勉強です。売買時の交渉術や注意点、品物の価格の把握等、覚える事はいっぱいあります」
「……リリーは今いくつだ?」
「今年で16になります」
「16でそれだけ考えているなんて凄いな。俺なんて21なのに根なし草だ」
「ゼロさん21歳だったんですか!?」
「見えないか?」
「はい……同じ歳ぐらいかと思ってました」
「まぁ思考回路は16歳とあんまり変わらないがな」
「そうですか……」
リリーは黙り込み、ジパングの若さの秘訣等とブツブツと呟き出した。
「まぁギルドに登録もしたし、俺もリリーを見習って明日から働きに出るかな」
「……あまり無茶はしないで下さいね?」
「ん〜、大丈夫だよ。何とかなるもんさ」
「だと良いのですが……」
冒険者なんてヤクザな稼業は誠実な仕事をしているリリーからすればかなり危ない橋なんだろう。心配してくれているのがありありと分かった。
「まぁ無理はしないつもりだからそんなに心配するな」
「ゼロさんに何かあったら夢見が悪くなりそうです」
「ん、ありがとな」
残っていた紅茶を啜り、俺は店の外に意識を切り替えた。
「しかし何処も繁盛してるなぁ」
「王都であるカルディアを除けば、ゾルドはここいらでは1番栄えている町ですからね。ゾルドに行けば手に入らない物は無いとまで言われてます」
「へぇ、そんな言葉まであるのか」
「はい、本当にゾルドでは何でも手に入ります。ゼロさん、何か欲しい物はありますか?」
「ん?ん〜、今はコレと言って無いかな」
「何か必要な物がありましたら遠慮せずに仰って下さいね?フラン家の力を使って、必ず手に入れてみせますから」
「あぁ、何かあったらその時は頼むよ」
残りの紅茶を一気に飲み干すと俺は席を立った。
「取り敢えず今はゾルド見学がしたい。案内頼めるか?」
「はい、勿論です!」
支払いを済ませて俺達は更にゾルドの商業区や居住区を見て回った。居住区では子ども達が遊び回っており、ゾルドという町が平和だと表現しているようであった。
「ゼロさん、そろそろ夕食の時間です」
「ん?あぁもうそんな時間か」
見れば日は傾き出している。電気の無い世界だ、夜の時間は早いのだろう。
「結局全区域は見て回れなかったな」
「ゾルドの全区域を見て回るには1日以上掛かりますよ」
「ん〜、だろうね。まぁ暫くはゾルドを拠点に動くんだ。後は追々見て回れば良いか」
「私に空いている時間がありましたら、また案内させてもらいます」
「ん、ありがと」
リリーに礼を言い、俺達はフラン家へと戻った。
フラン家に戻ると直ぐ様夕食となった。テーブルの上には明らかに食べきれない量の料理が揃っている。
「リリーの命の恩人ですもの、今日は豪華にしました」
リールさんがそう告げる。確かに豪華だ。だが食いきれなかった場合はどうするのだろうか?謎である。
「さぁ食事にしようか?」
カイゼルさんの言葉を受けて一堂が席に座る。
「いただきます、と」
両手を合わせてそう口にする。その光景を見たリリーが聞いてきた。
「ゼロさん、昼間もそうでしたけど、いただきます、とは?」
「ん?あぁ……ジパング流の食事の前の挨拶、かな?」
「ほぅ、それは興味がありますな」
カイゼルさんも話に乗ってきた。
「例えば、だ。リリー、この料理は何だ?」
「チャコ鳥の唐揚げですが?」
「この料理がここに並ぶには、チャコ鳥を捕らえた人の苦労、料理人が料理をした苦労、また命を差し出してくれたチャコ鳥の恩恵があるんだ。その何れもに感謝する言葉みたいなもんさ」
「……ふむ、中々考えさせられる挨拶ですな。それでは私達も見習って、いただきます」
「「いただきます」」
カイゼルさん達も俺に倣って食事の挨拶をし食事を取り始めた。
「ん、美味いなチャコ鳥」




