第7話 帝王エンペラーと掴んだ栄光
控え室。煌が一人で灰猫の応急修理をしていた。ウェーブインパクトで内部がボロボロの灰猫。とても決勝を戦える状態ではない。
その時——控え室の扉が次々と開いた。
最初に入ってきたのは、ミカド重工のチームだった。手には、両手両足分のチタン複合材の爪装甲。
「あのジャンク機は、うちの三億の装甲を自滅させやがった。その腕を認めて——爪をやる。全身に付けろ」
続いて、海斗が現れた。手には、疾風から外したウェーブインパクトの腕部機構。
「壊れた右腕の代わりだ。使い方は——お前なら分かるだろ」
サンダーボルト陣営が関節部品の予備を差し出した。
「一回戦であっさりやられたが、あんたの技は本物だった」
鷹取誠一郎が無言で灰猫の傍に立ち、修理を手伝い始めた。三十年のベテランの手が、灰猫のフレームを補強していく。
「鉄心の孫の機体だ。手を貸さない理由がない」
天野遥がデータ端末を差し出した。
「データで負けたのは悔しいが——データの使い方なら教えてやる。覇王の癖と弱点、全部入ってる」
煌は戸惑った。
「なんで……敵だろ」
鷹取が笑った。
「敵だったのは試合の間だけだ。いい戦いを見せてもらった借りがある」
鉄心が目を潤ませながら、静かに見守っていた。テンが嬉しそうに「キュキュッ」と鳴いた。
灰猫が生まれ変わった姿でアリーナに現れた。
両手両足にチタン複合材の爪。右腕にはウェーブインパクト機構。関節は新品のパーツで補強され、フレームは鷹取の手で修復済み。だが見た目はさらにジャンク度が増している。各陣営のパーツが継ぎ接ぎになった、まさに「寄せ集めの究極形」。
「あのジャンク機、さらにジャンクになってるぞ……」
観客がどよめいた。だが煌は知っている。この機体には、大会で出会った全ての人の想いが詰まっている。
——試合開始。
覇王の圧倒的な力が襲いかかった。最初の一撃で灰猫が吹き飛ぶ。だが猫のように着地した。
皇龍が驚く。
「あの機体、なぜまだ動く?」
煌が反撃した。ウェーブインパクト機構を使った浸透攻撃。覇王の装甲の上から、内部にダメージを与える。
「貴様……この技術、どこで——」
皇龍の目が見開かれた。だが突貫工事のウェーブインパクト機構は不安定だった。煌が完全に使いこなすには時間が足りなかった。威力にムラがあり、決定打にならない。
灰猫の四肢の爪で切り裂く。覇王の装甲を削っていく。天野が提供したデータで覇王の癖を読み、攻撃を紙一重でかわす。全ての学びを総動員した戦い。大会で培った全てが、ここに結集していた。
「あのジャンク機、覇王と互角に戦ってる!」
観客が熱狂した。
覇王の剛腕が灰猫を掴んだ。持ち上げられ、叩きつけられる。灰猫のフレームが悲鳴を上げた。
だが煌は立ち上がった。走馬灯のように——全試合の記憶が蘇る。
——全部、使え。
灰猫のリミッターを解除した。限界突破の機動。覇王を追い詰め、渾身の爪とウェーブインパクトの複合攻撃を叩き込んだ。
覇王がよろめく。会場が沸く。——いける!
だが——突貫工事の限界が来た。
ウェーブインパクト機構が暴走し、灰猫自身の内部にも衝撃が逆流した。寄せ集めのパーツのバランスが崩壊し始める。関節の一つが外れ、爪の一本が折れた。煌の操縦でカバーしきれない不具合が連鎖する。
「見事だ。だが——限界が見えた」
皇龍がつぶやいた。
覇王の剛拳が、灰猫を捉えた。
灰猫が崩れ落ちた。あらゆるパーツが限界を超え、沈黙した。
——試合終了。煌の——敗北。準優勝。
だが会場は大歓声に包まれた。
敗者復活のジャンク機が、覇王を本気にさせ、ここまで追い詰めた。「ジャンク機の魔術師」の名が、アリーナ中に轟く。
皇龍がコックピットから降り、煌に手を差し出した。
「見事だ。お前は——本物の技術者だ」
煌はその手を握った。
観客席で、鉄心が静かに微笑んでいた。対戦相手たちが拍手を送っている。
灰猫は完全に沈黙していた。限界を超えた代償。この東海リーグ最後の試合が——灰猫の「卒業」でもあった。
だが灰猫の中に詰まった全ての人の想いは——煌の中に、確かに残っている。
*
試合後。
煌が控え室に戻ろうとした時——
「煌」
振り返ると真島ユウキがいた。
茶色い髪に、痩せた体。
昔は明るかったはずの瞳が、どこか曇っている。
「久しぶりだな。お前、すげえよ。あのジャンク機で準優勝なんて」
「見てたのか」
「たまたま通りかかったらさ、人だかりができてて」
沈黙が流れた。かつては何時間でも喋れた仲だった。でも今は何を話していいのかわからない。
「お前は、今何してんの?」
「別に。何も。学校も辞めた。ホロウ・シンドロームだってさ」
煌は息を呑んだ。
「俺さ、ロボット設計コンテストに出たことあるんだ。去年。三ヶ月かけて設計したのに、AIが一秒で俺より上の設計を出した。『人間が設計する意味ある?』って笑われたよ」
煌は言葉を失った。
「お前はすげえよ。俺には、もう何もないけど」
「お前もまたロボット作れよ。昔みたいに」
「俺が作っても意味ねえよ。AIの方が上手いんだから」
ユウキは背を向け、人混みの中に消えていった。
煌は立ち尽くしていた。伸ばしかけた手が、空を掴む。
テンの毛並みが柔らかく逆立った。心配するように煌を見上げている。
何もできなかった。何も言えなかった。
かつての親友が壊れていくのを、ただ見送ることしかできなかった。
ユウキとは小学校の頃からの付き合いだ。
放課後になると二人で古い橋に座り、ノートにロボットの設計図を描いた。腕が四本、足が六本、頭からビームが出る「最強のロボット」。ユウキが外装を描き、煌が内部構造を描く。役割分担は自然に決まった。
何時間でも飽きなかった。あの頃はロボットを作ることが世界で一番楽しくて、それを一緒にやれる相手がいることが、当たり前だと思っていた。
その当たり前が壊れていく様を、煌は目の前で見た。
何か言うべきだったのに、言葉が見つからなかった。「お前は最後に楽しいって思ったの、いつだ」——そう聞きたかったのに、口が動かなかった。
「行こう、テン」
煌はテンを抱き上げ、控え室へ向かった。胸に重いものが残っていた。
深夜。
大会の喧騒が遠ざかった後。
煌は店の二階で、疲れた体をベッドに預けていた。テンが胸の上で丸くなっている。
「準優勝か……」
悔しさと、誇りが入り混じる。負けた。でも——全力を出し尽くした。
「キュッ……」
テンが寝言のように鳴いた。
だが煌は知らなかった。
この大会が、新たな嵐の始まりであることを。
観客席にいた黒服の男たち——彼らが、煌の情報を「ある場所」に報告していたことを。
嵐の前触れは、もう始まっていた。
そしてその夜——テンの琥珀色の瞳が、眠る煌の胸の上で、微かに——微かに光った。




