第6話 疾風のカイト
「同じ機体なんかじゃねえ。ジャンクの寄せ集めだからこそ、昨日と今日で別の機体になれるんだ! お前のAIがいくらデータを集めても、俺の灰猫は——毎試合、生まれ変わる!」
天野が最後の手を打った。
「まだだ——爪攻撃のデータは生きている。右手のクローを警戒しろ!」
AIが灰猫の右手を重点的にガードする体勢を取る。右手の爪——それが灰猫の必殺技だとAIは学習していた。
だが灰猫の右手を見た天野が凍りついた。
「爪が——ない……!?」
右手に爪装甲がついていない。では、どこに——
灰猫が跳んだ。前重心の機体が、全体重を乗せた跳躍。
——足裏にチタン複合材の爪が煌めいた。
AIが予測できなかった角度。学習データにない攻撃。
灰猫のキックが、プレディクターの頭部を正確に蹴り抜いた。爪が装甲を切り裂き、メインセンサーを破壊する。
——試合終了。
天野が呆然とモニターを見つめていた。
「脚と腕を入れ替えて……爪を足に……そんな発想が、AIのデータベースにあるわけがない……」
煌はコックピットの中で息を吐いた。
(猫の爪は、手にも足にもある。——そうだよな、テン)
テンが胸元で「キュッ」と満足げに鳴いた。
歓声が轟いた。一回戦で漏れていた嘲笑は、いつしか熱狂的な声援に変わっていた。
「ジャンク機の魔術師」——いつからか、そんな二つ名が煌に付けられていた。継ぎ接ぎだらけの機体で、格上の相手を次々と打ち倒す少年。観客たちはその姿に、理屈を超えた何かを見ていた。
観客席の隅で、黒服の男たちが静かにメモを取っていた。その視線は、煌の一挙手一投足を逃すまいとするかのように鋭い。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
準決勝 vs 疾風のカイト
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
準決勝。
対戦相手の名前を見た時、煌は息を呑んだ。
「疾風のカイト」。
風祭海斗、十七歳。煌と同い年。
彗星のごとく現れた天才少年。整備も操縦も一人でこなし、ここまで圧倒的な強さで勝ち上がってきた。
控え室で海斗と顔を合わせた。銀髪に碧眼。どこか人を寄せ付けない雰囲気。
だが煌の目は、海斗の機体「疾風」に釘付けになっていた。継ぎ接ぎのない、流線型のフレーム。見たことのない素材。
(あれは……自作機じゃない。あの精度は個人の工房じゃ出せない)
「お前の機体、どこで手に入れた?」
海斗は一瞬だけ目を逸らし、「拾った」とだけ答えた。
「お前が藤堂煌か。ジャンク屋の孫が、ジャンク機で勝ち上がってきたってな」
「悪いか」
「いや。むしろ面白い。俺も似たようなもんだ。誰にも頼らず、一人で這い上がってきた」
煌は、海斗の中に自分と似たものを感じた。孤独と、それでも諦めない強さ。
「——全力で来い。手加減なんかしたら、許さねえぞ」
テンが煌の胸元にしがみついていた。微かに震えている。煌の緊張が、そのまま伝わっているのだ。
「大丈夫だ、テン。次も——一緒だ」
——試合開始。
互角——と思われたのは最初の十秒だけだった。
疾風は灰猫以上に速い。煌の俊敏性を上回る機動力。灰猫が回避しようとした先に、疾風がもういる。
そして最初の一撃が入った瞬間——煌は異変に気づいた。
疾風の拳が灰猫の胸部装甲に触れた。表面上は軽い打撃に見えた。装甲にヒビも入っていない。
だが——コックピット内の計器が一斉に異常を示した。
内部フレームの歪み。回路の断線。動力伝達系の異常振動。
「外は無傷なのに、中がやられてる……!?」
装甲を貫通せずに、衝撃が内部に浸透している。見たことのない攻撃だった。データにもない。煌には理解できない技術——だが確実に灰猫を内側から壊していく。
ウェーブインパクト。
インパクト時の衝撃が装甲表面で止まらず、内部に浸透する特殊攻撃技術。「外は無傷なのに、中がズタズタ」——恐ろしい攻撃だった。
灰猫が追い詰められた。ウェーブインパクトを受けるたびに、外見は変わらないのに、内部損傷が蓄積されていく。操縦系のレスポンスが鈍り、駆動系に異常が出始める。
(こいつ……何者なんだ)
だが煌は諦めなかった。クロー攻撃で反撃した。灰猫の爪が疾風の装甲を切り裂く——だが疾風も速い。深手は与えられない。
しかし煌は気づかぬうちに、疾風の右腕の付け根にある重要な駆動パーツに爪の一撃を叩き込んでいた。この時点では——誰も気づいていない。
疾風のウェーブインパクトの渾身の一撃が灰猫を捉えた。
灰猫の内部フレームが悲鳴を上げ、機体が崩れ落ちた。外見はまだ立てそうに見える。だが中身が限界を超えていた。
——煌の敗北。
会場が静まり返った。「ジャンク機の魔術師」が、初めて負けた。
煌は悔しさで唇を噛んだ。テンが胸元で心配そうに鳴く。初めての敗北。未知の攻撃に為す術がなかった。その重さが、煌の胸に突き刺さった。
だが直後——疾風に異変が起きた。
海斗が操縦桿を握り直そうとした瞬間、右腕が動かない。右腕の付け根の駆動パーツが断裂していた。煌のクローが切り裂いた箇所だ。あの一撃が、疾風の腕部駆動系の主要パーツを致命的に破壊していた。
海斗が苦笑した。「あの爪……やられたな」
疾風の右腕は完全に機能停止。修理は試合間の短時間では不可能だった。片腕の機体では決勝を戦えない。
審判がアナウンスした。
「準決勝の勝者・疾風が機体損壊により決勝出場不能。大会規定第十七条に基づき、敗者復活枠として準決勝敗退者・灰猫の決勝進出を認める」
海斗が煌の元に来た。
「お前の爪にやられた。——負けたのは俺の方かもな」
「いや。負けたのは俺だ。あの攻撃……何なんだ?」
海斗は少しだけ目を伏せた。
「俺にもわからない。この機体に最初から組み込まれていた技術だ。——いつか、お前に話す時が来るかもしれない」
「約束しろよ」
「ああ。その時は——もう一度、戦おう」
「ライバル」——その言葉が、煌の胸に浮かんだ。そして、未解明の謎が残った。
煌はコックピットに戻り、灰猫の状態を確認した。外見はそこまで酷くない。装甲は残っている。だが——中身がボロボロだった。ウェーブインパクトによって、内部フレームが歪み、回路が断線し、駆動伝達系がズタズタになっている。見たことのない壊れ方だった。
(装甲は無事なのに、骨がやられてる。こんな壊れ方……普通の修理じゃ直せない)
煌は手探りで修理を始めた。ウェーブインパクトによる損傷は通常の衝撃破壊とは違う。歪みのパターン、断線の箇所、振動の残留——初めて見る症状に、煌は一つ一つ向き合った。
テンがゴーグルに損傷箇所のデータを投影し、修理を補助する。
この経験が——煌の整備士としての引き出しを、決定的に広げることになる。だが、それはまだ、煌自身が知るよしもない未来の話だった。
決勝の対戦相手が、モニターに映し出された。
「帝王」——前年度優勝チーム。東海リーグの絶対王者。
煌は、ボロボロの灰猫を見下ろした。
この状態で、絶対王者と戦う。——勝てるわけがない。
だが煌は、工具を握り直した。震える手が、疲れきった体が、それでも「やる」と決めた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
決勝 vs 帝王
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
決勝。
対戦相手は、前年度優勝チーム「帝王」。三年連続優勝を狙う、東海リーグの絶対王者。
パイロットは皇龍一郎、二十五歳。通称「皇帝」。
機体は「覇王」。重装甲・高出力の王道パワー型。最高級の装甲、最新の駆動系、そして完璧な整備。弱点を探す、などという生易しい戦い方は通用しない相手だ。




