表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/35

第5話 老匠の爪と老兵・鷹取 / コード・ゼロ

——試合開始。


 煌は最初の三十秒で悟った。

 勝てない——少なくとも、これまでの戦い方では。


 鷹取の動きには、一切の無駄がなかった。

 攻撃は最短距離を通り、防御は最小限の動きで成立する。三十年の実戦で培われた「型」が、完璧に体に染みついている。

 煌が仕掛ける。灰猫の素早い拳が飛ぶ。だが鷹取は見切っていた。最小限の動きで軸をずらし、拳を掠らせ、同時にカウンターを叩き込む。的確に。無慈悲に。

 灰猫のボディに衝撃が走る。二発、三発。胸部装甲にヒビが入った。


(経験じゃ、絶対に敵わない——)


 煌が弱点を探ろうとしても、隙がない。整備も万全。駆動系に遅延も歪みもない。一回戦の「整備不良を突く」も、二回戦の「設計の弱点を突く」も通用しない。鷹取の機体には弱点がないからだ。

 灰猫の拳が鉄騎の装甲に当たっても、傷一つつかない。攻撃力が足りない——その壁が、また煌の前に立ちはだかる。


(あと一発まともに受けたら——コックピットまで届く)


 追い詰められた煌の頭に、祖父の言葉が蘇った。


(猫の爪は、出すのは一瞬だ)


 灰猫の右手。じいさんが取り付けてくれた爪装甲。まだ出していない。

 だが——いつ出す? 鷹取は三十年の経験で全ての攻撃パターンを見切っている。普通に振っても読まれる。一撃に懸けるなら、鷹取が「知らない攻撃」でなければならない。


 煌は動きを変えた。セオリーを無視した、型破りな機動。教科書には載っていない、ジャンク機ならではの不規則な動き。関節の遊びを利用した予測不能の軌道変化。

 鷹取の目が、初めて揺らいだ。


(こんな動きは……見たことがない)


 三十年の経験が裏切られた一瞬。鷹取のリズムが僅かに乱れた。


 ——その一瞬を、煌は逃さなかった。


 灰猫が猫のような低姿勢から懐に飛び込んだ。

 そして——爪を出した。


 チタン複合材の爪が、灰猫の指先からするりと伸びる。鈍い金属光沢が、アリーナの照明を反射して一瞬だけ煌めいた。

 鷹取が知らない武器。三十年間、一度も見たことのない攻撃。

 最新素材の爪が、鉄騎の胸部装甲の継ぎ目を正確に切り裂いた。


 ——灰猫には効かなかった打撃が、爪になった瞬間、牙になった。


 鉄騎の胸部装甲が割れ、内部回路が露出する。煌はさらに爪で追撃し、駆動系の主要ケーブルを断ち切った。

 鉄騎の動きが止まった。


 ——試合終了。


 静寂の後、割れんばかりの歓声が湧き上がった。


 コックピットから降りた鷹取が、まっすぐに煌の前に歩み寄った。厳しい顔つきの中に、深い敬意が宿っている。

 だが鷹取の目は、煌ではなく灰猫の右手を見つめていた。爪装甲に目が留まっている。


「この加工……職人の手仕事だな。機械じゃない。人の手で、一本ずつ打っている」


 煌は息を呑んだ。


「誰かが——お前のために、これを打ったんだろう」


「じいさんが——」


 その名を聞く前に、鷹取の表情が変わった。何かに気づいたような——懐かしいものを見つけたような顔だった。


「藤堂……まさか、藤堂鉄心の孫か」


 今度は煌が驚いた。


「じいさんを知ってるのか」


 鷹取が遠い目をした。厳しかった目元に、かすかな温もりが灯る。


「知っている。軍にいた頃、藤堂鉄心が整備した機体に乗ったことがある。最前線の紛争地帯でな。他の整備士が手がけた機体は次々に故障した。だが——あの男の手が入った機体だけは、一度も俺を裏切らなかった」


 鷹取が息を吐いた。


「俺が今ここに立っていられるのは、あの男のおかげだ。三十年前の話だが——忘れたことはない」


 大きな手が差し出された。


「完敗だ。お前の腕も見事だったが——お前の背中にいるのは、俺が生涯で最も敬意を払う整備士だ。あの男が打った爪なら——俺の鉄騎が斬られても、文句は言えん」


 煌はその手を握った。指先が震えていた。

 祖父の名前が、こんなところで出てくるとは思わなかった。じいさんが作ったものが——三十年の経験を持つ伝説のパイロットの記憶に今も残っている。


 観客席で、鉄心が静かに微笑んでいた。

 その目には、誇りと——かすかな涙が光っていた。



           *



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

       準々決勝 vs コード・ゼロ

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 準々決勝。相手は「コード・ゼロ」。帝都工科大学のAI研究チームが送り込んだエリート集団だった。


 リーダーの天野遥、二十二歳。AIシミュレーションを駆使し、戦術を完全に最適化する。過去の対戦データをすべて解析し、相手の行動パターンを九十八パーセントの精度で予測する——それが彼らの戦い方だった。大会の三試合分の灰猫のデータは完全に解析済み。俊敏性、回避パターン、爪装甲の攻撃軌道まで、全てが丸裸にされていた。


 試合前、天野が煌に声をかけてきた。眼鏡の奥の瞳には、学者特有の冷たい自信が光っている。


「確かに君の機体はデータベースにない。だが大会の三試合分のデータは十分だ。行動パターンも、あの爪も——全て解析済みだよ。AIの前には、もう君の手札は残っていない」


 天野のモニターには灰猫の全データが表示されていた。俊敏性のパラメータ、回避パターン、爪装甲の攻撃軌道。九十八パーセントの精度。残り二パーセントは誤差の範囲だ、と天野は確信している。


 だが——煌には準備があった。


 三回戦の後、煌はAIが過去データを完全に学習していることを察知していた。AIが当たり前の時代。ならば——逆手に取る。

 灰猫はジャンクの寄せ集めだからこそ、パーツの組み替えが容易だ。既製品は設計通りにしか組めないが、自作機は自在に再構成できる。

 煌は大胆な決断をした。

 脚部と腕部のアクチュエータを入れ替えた。脚の高出力ユニットを腕に移植し、腕の俊敏性重視のユニットを脚に。結果——腕の出力が大幅に上がる代わりに、脚は俊敏性を失った。

 さらに重心バランスを後ろ重心から前重心に変更。これまでの灰猫は「回避特化」の後ろ重心だった。新構成は「攻撃特化」の前重心。まったく別の機体だ。

 そして——三回戦で使った爪装甲を、右手から足裏に付け替えた。AIは「右手の爪=必殺のクロー攻撃」とデータ学習しているはず。足に爪がある——それはAIの想定にない。


 ——試合開始。


 開始直後から異変が起きた。

 AIの予測では灰猫は「後ろ重心で素早く回避する」はずだった。

 だが灰猫は——前に出た。重い一歩を踏み出して、正面から突っ込む。

 天野が目を見開いた。


「動きが……違う?」


 灰猫の動きが、これまでのどの試合とも違った。俊敏さが消えている。代わりに、一歩一歩が重く、力強い。腕の振りが速い。拳の威力が段違いだ。

 プレディクターの装甲に灰猫の拳がめり込む——これまでなら弾かれたはずの打撃が、今度は確かなダメージを与えている。


「なぜだ! 同じ機体のはずなのに——パワーが違う!」


 天野が叫んだ。AIの予測精度が急落していく。モニターに警告が点滅する。

 予測精度——七十一パーセント。五十四パーセント。三十八パーセント……。

 AIが学習した灰猫のデータと、目の前の灰猫が全く一致しない。後ろ重心が前重心に。回避型が攻撃型に。同じ機体なのに、中身が別物になっている。

 AIは「まったく別の機体」と判定し、汎用対応モードに切り替わった。だが汎用モードの精度は低い。灰猫の前重心攻撃を捌ききれない。


 テンの瞳が、一瞬だけ虚空を見た。琥珀色の大きな目が焦点を失い、どこか遠い場所を見つめるような表情。それはほんの刹那の出来事だった。

 直後、煌の頭がクリアになった。


 ——まただ。テンの、あの「不思議な瞬間」。だが今は、その意味を考えている余裕はない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ