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第3話 ロボット闘技大会「東海リーグ」開幕

大会前日の夜。工房の灯りだけが、暗い通りにぼんやりと漏れていた。

 煌は自分一人で作り上げた灰猫グレイキャットを見上げた。

 継ぎ接ぎだらけの機体が、作業灯の下で鈍く光っている。明日が本番だ。最終確認を兼ねて、コックピットに腰を据えることにした。

 蓋を開け、狭い操縦席に体を滑り込ませる。


 シートが固い。スポンジのへたった旧式のバケットシートだ。

 背中を預けると、フレームの骨格が直に伝わってくる。だが不思議と収まりがいい。何度も座面を削り直して、自分の体に合わせたのだ。

 ペダルに足を載せた。遊びが大きい。踏み込むと、わずかに遅れて駆動系が応答する。その遅延の幅を、煌は体で覚えた。

 操縦桿を握る。冷たい金属の感触。使い古されたグリップには、煌が巻き直した滑り止めのテープが掌に馴染んでいる。

 右腕——動かす。ギアが噛み合い、灰猫の右腕がゆっくりと持ち上がった。

 左脚——曲げる。膝関節が軋みながら屈折する。

 右拳——握る。五本の指が、一本ずつ順に閉じていく。

 一つ一つの動きに、煌は耳を澄ませた。モーターの唸り、ギアの歯が噛み合う微かな音、フレームを伝わる振動——機体の声を聴く。どこが痛んで、どこが快調か。対話だ。人と機械の、言葉のない対話。


 ——お前、左肩がちょっと重いな。


 操縦桿をわずかに傾けると、灰猫が頷くように胴体を揺らした。まるで「わかってる」と応えるように。


「キュルル」


 テンがコックピットの縁を飛び越え、計器パネルの横にちょこんと着地した。狭い隙間に器用に体を収め、大きな瞳を煌に向ける。


「お前の定位置はそこか」


 煌は思わず笑った。テンは満足そうに尻尾を揺らし、パネルの端に前足を載せている。まるで副操縦士のような顔だ。

 工房の床から、鉄心の低い声が上がった。


「煌。一つだけ言っておく」


「なんだよ」


「お前とこいつは、もう一つの体になれ。機械は道具じゃねえ。心を込めて作ったもんには、心が宿る。お前の手で組み上げたこいつは——お前自身の延長だ」


 煌は黙って操縦桿を握り直した。掌に汗が滲む。

 灰猫の振動が掌を通じて腕に伝わり、自分の心臓の鼓動と重なるような錯覚を覚えた。こいつにも——鼓動がある。


「よし、やってやるぞ」


 静かに、だが確かな声で呟いた。

 テンが翼膜をふわりと広げ、煌の拳を包むように寄り添った。小さな体温が、指先にじんわりと沁みた。



           *



 数日後。ロボット闘技大会「東海リーグ」地区予選。


 アリーナは熱気に包まれていた。数千人の観客が詰めかけ、巨大スクリーンには対戦カードが映し出されている。


 控え室で、煌は自分の機体を見つめていた。


灰猫グレイキャット」。


 全身ジャンクパーツの寄せ集め。継ぎ接ぎだらけの装甲、古い型のモーター、廃棄品から流用したフレーム。お世辞にも美しいとは言えない。

 だが——煌にとっては、自分の全てを注ぎ込んだ相棒だった。


 テンが煌の肩で翼膜をぴくりと震わせた。


「緊張してんのか?」


「キュキュッ」


「嘘つけ。お前、尻尾が震えてるぞ」


 煌は自分こそ緊張していた。手が僅かに震えている。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

          一回戦 vs サンダーボルト

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「次の試合! Dブロック一回戦! 『サンダーボルト』対『灰猫』!」


 対戦相手のチームがアリーナに姿を現した。五人編成。揃いのユニフォーム。地元の中堅チームだ。機体は重量級パワーファイター。腕力は灰猫の三倍以上——一撃でも当たれば即終了の破壊力を誇る。

 煌の「灰猫」を見た瞬間、彼らは笑い出した。


「おいおい、なんだあのポンコツ」


「全身ジャンクじゃねえか! 廃品回収業者かよ!」


 嘲笑が飛び交う。観客たちもどよめいている。


 煌は黙ってコックピットに乗り込んだ。


 ——試合開始。


 サンダーボルトが地面を踏み砕く勢いで突進してきた。重い足音がアリーナに響く。

 煌は灰猫を横に跳ばした。猫のような低姿勢の急旋回。サンダーボルトの拳が、灰猫のいた空間を砕いた。

 かすりもしない。観客が一瞬どよめく。


「速い——!?」


 サンダーボルトが追撃する。剛腕が横薙ぎに振り回され——灰猫の左肩をかすめた。

 たったそれだけで、左肩の装甲板がひしゃげた。会場に悲鳴が走る。


「当たったら終わりだ!」


 灰猫の装甲がいかに薄いか。一瞬でアリーナ中に示された。

 だが煌は冷静だった。かすっただけだ。致命傷ではない。


 灰猫が距離を取り、サンダーボルトの周囲を旋回し始めた。猫が獲物の周りを回るように、低く、速く。サンダーボルトが追おうとするが、重量級の旋回速度では追いつけない。灰猫は常に視界の外にいる。

 観客がどよめいた。


「あのジャンク機、めちゃくちゃ速えぞ!」


 煌が反撃に出た。灰猫の拳がサンダーボルトの胴に入る。

 ——だが、効かない。

 サンダーボルトの厚い装甲に阻まれ、ダメージが通らなかった。


(軽すぎる……!)


 煌が歯を食いしばった。速さでは圧倒している。だが攻撃力が足りない。このままでは時間切れか、スタミナ負けだ。


 焦りが生まれかけた。だが煌は目を閉じ、祖父の言葉を思い出した。


(駆動系の弱点は、動きの「間」に出る)


 煌は回避しながら、サンダーボルトの動きを「整備士の目」で観た。腕を振り上げるたびに、右膝にわずかな遅延がある。締め付けが甘い。グリスの塗りが不均一。可動部に微かなガタつき。

 煌には見えた。五人の整備チームの誰かが、右膝の整備を手抜きした。あるいは担当の引き継ぎで見落とした。

 服の中で、テンが微かに身じろぎし、煌の視線をそっと誘導する。


 煌が仕掛けた。灰猫が急加速し、サンダーボルトの懐に飛び込む。

 サンダーボルトが迎撃の拳を振り下ろした。その瞬間、灰猫が横に跳んだ。

 重量級が全力で腕を振った反動で、不具合のある右膝に全体重がかかる。

 ——ぐらり。サンダーボルトの巨体が一瞬だけバランスを崩した。


 その一瞬を、煌は逃さなかった。

 灰猫の拳が、露出した右膝の関節部に叩き込まれた。分厚い装甲に覆われた胴体ではない。整備不良の弱点——関節の隙間。装甲が薄い場所に、正確に、全力の一撃。

 膝が折れ曲がり、サンダーボルトが崩れ落ちた。

 そしてもう一撃——倒れた巨体の首元に、止めの一撃。


 ——試合終了。会場が沸騰した。


 観客たちの反応が、嘲笑から驚嘆に変わった瞬間だった。

 実況が叫ぶ。


「信じられない! あのジャンク機が! パワーでは歯が立たない相手の弱点を正確に見抜き、一撃で仕留めました!」


 煌は無言でコックピットを降りた。



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          二回戦 vs フォルトゥナ

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 二回戦の相手は「フォルトゥナ」。ミカド重工が威信をかけて送り出した重装甲機だった。

 チタン複合装甲の多層構造。全方位からの打撃に耐えるよう設計された要塞のような機体で、総額は三億円を超えると噂されていた。パイロットの桐生誠也、二十三歳。防御に絶対の自信を持ち、「まず壊されない。相手が疲れた頃に仕留める」を信条とする堅実派だ。


 アリーナに並んだ二機。

 フォルトゥナの輝く白銀の装甲の隣に、継ぎ接ぎだらけの灰猫が立つ。その対比に、観客席からまた失笑が漏れた。


 三億円の完璧な装甲。灰猫の拳が通じるはずがなかった。

 ——だが煌は、「整備士の目」で機体を見つめていた。


 完璧な装甲には、必ず代償がある。それを見抜けるかどうかが、この試合の全てだった。

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