第25話 囚われの老匠と密使の接触
帝国の最高機密施設。
地上からは見えない場所に、その建物は存在していた。周囲を高い塀と監視塔で囲まれ、二十四時間体制で警備ロボットが巡回している。
正式名称は「第七特別研究所」。だが内部の者たちは、こう呼んでいた——「天才の檻」と。
その一室に、藤堂鉄心は軟禁されていた。
部屋自体は豪華だった。調度品は一流、食事も悪くない。書斎には技術書が揃い、製図台も用意されている。
だが窓はなく、扉は二重の電子ロックで封じられている。壁の監視カメラが一挙手一投足を記録し、銀色の監視アンドロイドが部屋の隅に無言で立っている。無機質な電子眼。人間らしさを排除した、純粋な「監視装置」。
窓がないから、今が昼なのか夜なのかもわからない。
時間の感覚が薄れていく。一日が経ったのか、三日が経ったのか。
それが鉄心にとって、最も堪える拷問だった。
鉄心は与えられたデスクに座り、設計図を睨んでいた。
帝国から与えられた課題——新型防衛ロボット「ティターン」の設計。
煌は無事だろうか。
ふと、孫の顔が浮かぶ。逃がしたはずだ。連邦の領土まで行けただろうか。
わからない。確かめる術もない。
五歳で両親を失い、頼りない老人と二人で暮らす日々。それでも、煌は真っ直ぐに育った。優しく、強く、自分の信念を持った若者に。
せめて煌だけは。
その思いが、鉄心を今日まで動かしてきた。
だが今、自分は帝国に捕われ、煌の安否すらわからない。
その不安が、夜ごと鉄心の眠りを奪っていた。
*
一方、同じ頃。
深夜の地下闘技場アジトに、見知らぬ人物が現れた。
フードを深く被り、顔の見えない男。警備担当のマルコが銃を向ける。
「誰だ、お前」
「敵ではない」
男は静かに答えた。
「藤堂煌に会いたい。東亜連邦からの使者だ」
煌はその報告を受け、警戒しながらも男の前に姿を現した。テンは服の中に隠れている。ナターシャが隣に立ち、身構えていた。
「お前は誰だ」
「名乗れる立場にない。だが、ドラグノフ局長からの密使だ」
「ドラグノフ——じいさんの弟子か」
男が一枚の紙片を差し出した。暗号で書かれた文書。
「『先生を救う方法を、君に託したい』と」
煌の胸が、鷲掴みにされたように締め付けられた。
*
帝国・第七特別研究所——
扉が開く音がした。
入ってきたのは、アルベルト・フォン・ヴァイス。ヴァルハイム帝国「兵器開発省」長官。
プラチナブロンドの長髪、端正な顔立ち、貴族的な物腰。常に白い手袋を着用している。
「ご機嫌いかがですか、『鋼鉄の老匠』殿」
ヴァイスは優雅に椅子を引き寄せ、鉄心の向かいに座った。
「何の用だ」
「進捗の確認です。ティターンの設計は順調ですか?」
「協力しろと脅しておいて、進捗確認とはな」
鉄心は鼻を鳴らした。
「お孫さんの安全は、あなたの協力次第なのですから」
鉄心の拳が、膝の上で握りしめられた。
煌は脱出に成功した。その情報は得ている。だが帝国は、まだ煌を追っている。鉄心が協力する限り、帝国は煌への追跡を「控えめに」行う。それが暗黙の取引だった。
「設計は進めている。だが俺の条件もある。俺が作るのは防衛用の機体だ。攻撃用には使わせん」
「まあ、いいでしょう。防衛と攻撃の境界は曖昧ですからね」
「それと、設計の細部は俺に任せろ。口を出すな」
「了承しましょう。しかし、もう一つ、お願いがある」
ヴァイスの目が光った。
「『生体学習型AI』——その技術を、ご提供いただきたい」
鉄心の目が細くなった。
「知らんな」
「隠しても無駄ですよ。生身の人間のデータを元にAIを学習させる——かつて存在し、今は失われた技術。倫理問題で封印され、技術者の多くは粛清された。しかし——あなたは生き残った。唯一の継承者として」
「知らんと言っている」
「本当に?」
ヴァイスが身を乗り出した。
「あなたのお孫さんが持っている、あのムササビ型アンドロイド。ただのペットにしては、随分と『人間らしい』動きをしていましたね。まるで——誰かの魂が宿っているかのように」
鉄心は表情を変えなかった。
だが、拳を握る力が、強くなった。
「その技術があれば、最高の指揮官のデータを元に最高のAIを作れる。死んだ天才の知識を、永遠に利用できる。素晴らしいと思いませんか?」
「狂ってるな、お前は」
「褒め言葉として受け取っておきましょう」
ヴァイスは立ち上がった。
「ティターンの設計と、生体学習型AIの技術。両方を提供していただきます」
*
会話が終わり、ヴァイスが立ち去ろうとした時、ふと、咳き込んだ。
「失礼」
白い手袋で口元を押さえる。一瞬、苦しそうな表情が浮かんだ。
「体は大丈夫なのか」
鉄心が尋ねた。敵を気遣うつもりはない。ただ、何かが気になった。
「ご心配には及びません」
だが声には、僅かな疲労が滲んでいた。そして、無意識に、胸元に手を当てた。服の下で何かを握りしめているように見える。
(ペンダント、か?)
「私には、時間がないのです。だからこそ、あなたの技術が必要だ」
ヴァイスの目が、一瞬だけ遠くを見た。
「いずれ私がいなくなった後も、大切なものを守り続ける『自分』が欲しい。——帝国のために、ですよ。もちろん」
「帝国のため」——その言葉が建前だと、鉄心にはわかった。
この男は何かを隠している。守りたい「誰か」がいる。
ヴァイスが立ち去る。
鉄心はその背中を見つめた。
「何を背負っているのだ、お前は」
ヴァイスは立ち止まった。振り返った顔には、いつもの冷徹さがなかった。
「藤堂先生。あなたは、なぜ、孫を守るのですか。帝国に協力しても、孫の安全など保障されない。わかっているはずだ」
「わかっている。それでも、俺は諦めない」
「なぜ、そこまで」
「お前に子供はいるか」
ヴァイスが一瞬、息を呑んだ。
「いた。妻と、娘がいた。十五年前に失った」
「お前の娘——見つかるといいな」
ヴァイスは驚いたように顔を上げた。そして、僅かに、微笑んだ。
「ありがとう」
*
地下闘技場アジト——
その夜、緊急の作戦会議が開かれた。
出席者はエリザベス、ナターシャ、マルコ、煌、そしてヴィクトルからの密使。
「状況を説明しよう」
密使が地図を広げた。帝国の首都とその周辺、軍事施設の配置が記されている。
「藤堂鉄心は現在、帝国の『第七特別研究所』に軟禁されている。首都から五十キロ東、二重の防衛線で守られた最高機密区域だ」
「強襲は?」エリザベスが尋ねた。
「正面からは自殺行為だ。防衛線を突破するには最低でも百機以上が必要になる」
「そんな戦力、私たちにはないわね」
「だからこそ、別の方法を取る。二重作戦だ」
密使が地図の一点を指差した。
『表の作戦』——東亜連邦軍による大規模攻撃。帝国軍の注意を引きつけ、防衛線を分散させる陽動。
『裏の作戦』——煌による潜入救出。混乱に乗じて、煌が単身で第七特別研究所に潜入し、鉄心を救出する。ヴィクトルが密かに支援する。
「失敗したら?」
「全員死ぬ」
重い沈黙が落ちた。
「俺がやる」
煌が言った。
「じいさんの設計には『癖』がある。俺はそれを知ってる。帝国がじいさんに何を作らせてるか知らねえけど、もし戦うことになったら——俺なら弱点を見抜ける」
少年の瞳に、迷いは微塵もなかった。
命懸けの潜入救出作戦。祖父を取り戻すための、最後の戦いが幕を開けようとしていた。




