第24話 第3戦 vs紅の悪魔 後編
「装甲を——噛み破っただと……!?」
レイヴンが驚いた。
【第二段:WI】
噛みついたまま——灰犬の牙がウェーブインパクトを発動した。
装甲の内側から、直接、煉獄の内部フレームにWIを叩き込む。多重装甲で防ぐ? 関係ない。もう装甲の内側にいるのだから。
WIの衝撃が煉獄の内部を駆け巡り、駆動系が一斉に悲鳴を上げた。
「牙で噛み砕いて——中からWIを撃ち込む! お前のWIに壊されたから、俺はWIを知った。守り方も、壊し方も——全部、あの敗北が教えてくれたんだ!」
煉獄の全身が異常振動を起こした。内部から崩壊していく。駆動系が停止。動力が断絶。煉獄の紅い目の光が、ゆっくりと消えた。
灰犬の多重装甲も限界を超えて崩壊寸前だった。だが——その前に、煉獄が沈黙した。
——試合終了。
煌の勝利。
会場が爆発した。三年間無敗の王者が敗れた。
レイヴンはコックピットから降り、煌の前に立った。
仮面越しに、何かを感じ取っているようだった。
「多重装甲……WIの対策を、自分の機体に組み込んだのか。そして牙でWIを攻撃に変えた。壊された経験を、武器に変えた——見事だ」
「……お前は、俺と同じだな」
「え……」
「何かを守るために、戦っている」
レイヴンは背を向けた。
「また、会おう」
そして、闇の中に消えていった。
*
試合後。
煌は医務室のベッドで、満身創痍の体を休めていた。
ナターシャが隣に座っている。テンは煌の胸の上で丸くなり、穏やかな寝息を立てている。
さっきの光は、何だったのか。テンの目が光ったことも、両親の声が聞こえたことも。
煌はテンの小さな背中を撫でた。答えはまだ、わからない。
無意識に、口ずさんでいた。五歳の記憶の底に沈んでいた、旋律の断片。母が歌ってくれた子守唄だ。歌詞はもう思い出せない。ただメロディだけが、指先の記憶のように残っている。
テンが、ぴくりと動いた。
寝ていたはずの体が、微かに震えた。耳がゆっくりと煌の口元に向けられ、大きな瞳が薄く開いた。金色ではない。いつもの薄青い瞳だ。だが、その奥に、一瞬だけ見慣れない光が揺れた気がした。
テンの前足が煌の胸をそっと掴み直した。ぎゅっと。まるで「やめないで」と言うように。
煌は歌うのをやめなかった。テンが再び目を閉じるまで、同じ旋律を繰り返した。
不思議だった。テンは音楽に反応するプログラムなど持っていないはずだ。それなのに、この子守唄にだけは、毎回何かを感じているように見える。
(テン。お前は、本当はこの曲を知ってるんじゃないのか)
聞けなかった。聞いても、テンは答えられない。
「……よくやったわね」
ナターシャが静かに言った。
「……ああ」
気づけば、俺は一人じゃなくなっていた。
人付き合いが苦手で、誰にも頼れなかった俺が、仲間と呼べる人たちに囲まれている。
いつの間に、こうなったんだ。
窓の外——夜空に、星が瞬いていた。
*
試合から数日が経っていた。
煌の体はまだ回復しきっていない。肋骨の痛みは引いたが、左腕はまだ上手く動かないし、体中に青黒い打撲痕が残っている。それでも——生きている。勝った。
夜。アジトの屋上。
煌とマルコとナターシャが、三人で並んで座っていた。コンクリートの縁に腰を下ろし、夜空を見上げている。風が心地よい。地下にいる時間が長いから、こうして空の下に出ると、それだけで贅沢な気がした。
マルコが懐から瓶を取り出した。琥珀色の液体。ラベルには帝国語の文字が並んでいる。
「帝国産のウォッカだ。祝勝会だろ、飲め」
「未成年だ」
「堅いなあ。闘技場の王者が酒も飲めないとは」
マルコが豪快に笑い、自分でぐいっと煽った。喉が鳴る。
「私が代わりに」
ナターシャが瓶を受け取り、一口含んだ。途端に顔をしかめる。
「強っ……! 何これ、喉が焼ける」
「当たり前だ。帝国軍ご用達の安物だからな。味なんてあるわけねえ」
マルコがまた笑う。ナターシャが咳き込みながら瓶を返した。煌は二人のやり取りを、黙って眺めていた。
テンが煌の膝の上で丸くなっている。試合の疲れが残っているのか、いつもより静かだ。それでも尻尾だけは時折ぱたぱたと動いて、煌のそばにいることを伝えている。
「……俺、変わったのかな」
煌がぽつりと言った。
「当たり前だ」
マルコが即答した。
「最初にここに来た時のお前は、怯えた子犬みたいだった。誰とも目を合わせないし、飯もろくに食わないし」
「今は……噛みつく野良犬ね」
ナターシャが付け加えた。
「褒めてんのか、けなしてんのか」
「褒めてるのよ。野良犬は強いもの」
三人で笑った。テンがキュッと尻尾を振った。
煌は夜空を見上げた。半年前の自分を思い出す。祖父とテン以外の誰にも心を開けなかった。友達もいなかった。同年代のユウキとさえ、うまく話せなくなっていた。人が怖かった。信じることが、怖かった。
今は違う。マルコがいる。ナターシャがいる。エリザベスがいる。仲間がいる。
人付き合いは相変わらず苦手だ。女子と話す時はまともに目も合わせられない。でも——こうして誰かの隣にいることが、怖くなくなった。それだけで、十分だと思えた。
「次は、じいさんを助けに行く」
煌の声は静かだったが、揺るぎがなかった。
マルコが煌の肩を叩いた。大きな手のひらが、ずしりと重い。
「俺たちも一緒だ。一人で行かせるかよ」
ナターシャが頷いた。テンが顔を上げ、尻尾を振った。
星空が広がっている。帝国の空の下でも、星は変わらず輝いていた。どこにいても、空は繋がっている。祖父のいる場所にも、この光は届いているだろうか。
煌は目を閉じた。温かい夜だった。
*
こうして、煌は地下闘技場の王者となった。
しかし、これはまだ通過点に過ぎない。
「待っててくれ、じいさん。必ず助け出す」
少年と相棒のアンドロイドは、ついに帝国の闇へと足を踏み入れる。真の戦いが、今、始まろうとしていた。




