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第21話 第2戦 vsデッドマンズ・ハンド

——軍人だ。


 その夜、エリザベスが短く告げた。


「帝国の間諜よ。『鋼鉄の老匠』の孫がここにいる——その情報が、帝国に届いたかもしれない。今後は慎重に動きなさい」


 煌は拳を握りしめた。


 見つかったかもしれない。だが、引き返すわけにはいかない。



           *



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

          第2戦 vs 元傭兵「デッドマンズ・ハンド」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 二戦目。


 対戦相手は、元傭兵チーム「デッドマンズ・ハンド」。

 リーダーのガルシア「屠殺者」が、自ら出場する。


 三十八歳。世界中の紛争地域で戦ってきた男。その目には、人を殺すことへの躊躇がなかった。

 機体は「処刑人エクセキューター」。元帝国軍の軍事機体をベースにした戦闘特化型だ。帝国の闇市場で流出した軍事技術を搭載しているという噂がある。


 試合前、煌は整備ピットで灰犬に新たな装備を取り付けていた。

 頭部から顎部にかけてのアタッチメント。チタン複合材で加工した——牙だ。


 マルコが首をかしげた。


「頭に武器をつけるのか? 見たことねえな」


「犬は牙で噛みつく。爪じゃなく——牙が武器なんだ」


 祖父が灰猫に仕込んだ爪装甲の技術を、煌自身の手で「牙」に再設計した。灰猫の爪が「切り裂く」攻撃だったのに対し、灰犬の牙は「食い千切る」——一度噛みついたら、相手が壊れるまで離さない。

 祖父の技術の継承と発展。それが、この牙に込められていた。


 控え室で、ガルシアが煌に近づいてきた。


「坊主」


 低い声。戦場で鍛えられた、凄みのある声。


「俺は『試合』なんかしねえ。——『戦争』をする。覚悟しとけ」


 ——試合開始。


 ガルシアの処刑人が、圧倒的な殺意を纏って迫ってきた。これまでの相手とは、次元が違う。動きの一つ一つに殺意が込められている。


 処刑人の連打が灰犬を叩く。だが多重装甲が衝撃を受け止める。灰犬は耐えていた。


 テンが服の中で、小さな体を煌の胸に押しつけた。震えている。だがそれは恐怖ではなく、煌を支えようとする、必死の温もりだった。


「——俺は、逃げない」


 その時——ガルシアの攻撃が変わった。

 処刑人の拳が灰犬の胸部に触れた瞬間——浸透攻撃。


 煌の全身が凍りついた。この衝撃を、知っている。


 ウェーブインパクト。


 東海リーグの準決勝で味わった、あの恐怖。外は無傷なのに内部がズタズタにされる、あの悪夢の攻撃——


(WI……! こいつの機体にも搭載されてるのか……!)


 地下闘技場では、帝国の軍事技術が闇市場から流出している。WIを持つ機体は珍しくない。

 煌は身構えた。あの時は為す術がなかった。灰猫の内部がズタズタにされた。あの敗北の記憶が蘇る——


 だが——灰犬の計器に異常は出なかった。


 内部フレームの歪みも、回路の断線もない。WIの衝撃が——効いていない。


 ガルシアの目が見開かれた。


「なぜだ——WIが効いていない……!?」


 もう一発。さらにもう一発。ガルシアがWIを連打する。

 だが灰犬は壊れない。多重装甲の各層が、WIの浸透波を境界で分散し、減衰させている。


(一度壊されたから、わかるんだ。WIは単一素材の中を伝播する。だから——層を変えた。この装甲を通り抜けられる波はない)


 観客がざわめいた。


「あの装甲、WIを弾いてるぞ……!」


「WIが効かない機体なんて、見たことねえ……!」


 地下闘技場でWIは「最強の攻撃」として知られている。それを無効化する機体は前例がなかった。


 ガルシアが本気になった。WIが通じないなら、純粋な力で押す。処刑人の凄まじい連打が灰犬を追い詰めていく。

 装甲は耐えている。だが灰犬の出力では反撃が難しい。パワーの差が圧倒的だ。押され続け、アリーナの壁際まで追い込まれた。


「なぜ立つ」ガルシアが呟いた。「もう体は限界だろう」


「……守りたい人がいるんだ」


 煌は血を吐きながら言った。


「じいさんを——助けるまで——俺は止まらねえ……!」


 追い詰められた灰犬が——処刑人の腕を掴んだ。

 離さない。犬が獲物に食らいつくように、しがみつく。

 ガルシアが振り払おうとする。だが灰犬は離さない。


 そして——灰犬の頭部が突き出された。

 顎部のチタン複合材の牙が、処刑人の肩装甲に食い込む。


 金属が軋み、装甲が引き裂かれていく——一度噛みついたら離さない。


「この機体……犬か……!」


 ガルシアが叫んだ。


 処刑人の肩装甲が食い千切られ、内部の駆動系が露出した。灰犬がさらに噛みつき、主要ケーブルを断ち切る。

 処刑人の右腕が動かなくなった。


 ——試合終了。灰犬の勝利。


 観客が呆然としている。多重装甲で耐え、牙で噛みついて勝った。力ではなく——タフネスと意志で。


 ガルシアがコックピットから降り、煌の前に立った。


「……お前の装甲……WIを弾いた。あんな技術、見たことがない」


「一度、壊されたことがあるんだ。だから——守り方がわかった」


 ガルシアが少し笑った。「傷が教師か。俺も同じだ」


「お前、人を殺したことはあるか」


「ない」


「そうか。そのままでいろ。その目が曇る日が来ないことを——俺は祈る」


 ガルシアの殺意に満ちていたはずの目に、別の光が宿っていた。後悔だ。この男も、何かを背負っている。


「俺には、守れなかった家族がいる。金を稼いでいる間に、病気で死んだ。だからもう守るものがない。ただ戦い続けるだけだ」


「だがお前は違う。まだ守るものがある。——生き残れ。俺みたいになるな」


 ガルシアは背を向け、去っていった。


 煌はその背中を見つめていた。


「……ありがとう」


 小さく呟いた。ガルシアには聞こえなかっただろう。



           *



 勝利報酬として、処刑人のWI機構パーツを手に入れた。


 整備ピットで煌はWI機構を分解し、内部構造を研究した。多重装甲の波動減衰構造をさらに最適化するためだ。敵の技術を知れば、もっと効率的に防げる。


 だが——分解していく中で、煌は別のことに気づいた。


「待てよ……WIは『外から内に浸透させる』技術だ。でもこれを牙に仕込んだら——噛みついた内側から直接撃てる。装甲の外から通す必要がなくなる……!」


 ——新たな武器の産声が、地下の静寂に響いた。それは、やがて来る決戦への強力な布石となる。



 多重装甲でWIを防ぐ方法を知っているからこそ——逆に、多重装甲を無視してWIを叩き込む方法も見えた。牙で装甲を噛み砕き、露出した内部に直接WIを叩き込む。守る技術と壊す技術——両方を知っている煌にしかできない発想だ。

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