第11話 墜落と反政府組織「黒い翼」
地響きのような駆動音とともに、黒き巨人「夜叉王」の単眼が赤く怪しく輝いた。
「我が孫に手を出す愚か者どもめ……夜叉王の前に平伏せよ!!」
鉄心の怒号とともに、夜叉王の鋼鉄の巨拳が振り下ろされた。
——ドォォォンッ!!
作業場を埋め尽くしていた兵士たちが、爆風と衝撃波で壁まで吹き飛ばされる。
夜叉王の圧倒的な装甲は、兵士たちのサブマシンガンの集中砲火を弾き返し、火花を散らすだけでビクともしない。
「な、なんだあのロボットは!? データベースにない旧大戦の機体だと!?」
怯む帝国軍兵士たち。だが、敵の数は無数だった。
次々と増援の装甲車が店の周囲を取り囲み、重機関銃と粘着榴弾が夜叉王の装甲を徐々に削っていく。
鉄心は夜叉王の胸部ハッチを開け、足元で呆然と立ち尽くしていた煌とテンを力強い腕で抱え上げた。
「じいさん!? なにを——」
「聞け、煌! テンを連れて地下の脱出ポッドに入れ!」
作業場奥の床がスライドし、旧式の脱出ポッドが姿を現した。
「嫌だ! じいさんも一緒に来いよ! 一緒に逃げよう!」
煌が叫ぶ。涙が溢れ、声が裏返った。服の中のテンも「キュウウゥ!」と叫ぶように甲高い声を上げ、鉄心の腕にしがみつこうとする。
だが、鉄心は静かに、しかし固い決意を込めて首を振った。
「俺はここに残る。夜叉王で敵の追撃を食い止める。……お前たちを逃がすには、それしか道はない」
「そんなの……そんなの嫌だ! じいさん!!」
「生きろ、煌!!」
鉄心の手が煌の肩を強く掴んだ。その節くれだった大きな手の温もりが、煌の心に焼き付く。
「テンと一緒に生き延びろ! お前の手で……命を守る技術を完成させるんだ!」
鉄心は煌とテンを脱出ポッドへと押し込み、強行射出のレバーを引いた。
「じいさあぁぁぁっ!!」
ガコンッ!と重厚なロックがかり、分厚いハッチが閉ざされる。
透明な耐圧ガラス越しに見えたのは、迫り来る帝国の装甲車の大群に向かって単身突撃していく、鉄心と夜叉王の勇猛な後ろ姿だった。
直後——衝撃的な爆発音とともに、ポッドは斜め上方の地下射出口から夜空へと一気に打ち上げられた!
*
ごうごうと吹き荒れる高度数千メートルの風切り音。
ポッドの小窓から見えたのは、炎上する下町の商店街と、遠ざかっていく懐かしい藤堂機械店の明かりだった。
「……じい……さん……」
声にならない叫び。涙で視界が歪む。
テンが小さな体を壊れそうなほど硬く震わせ、煌の胸元に顔を埋めていた。
その時、ポッドの警報装置が赤く点滅し始めた。
『警告。帝国軍対空レーダーに捕捉されました。地対空ミサイル接近中』
——ドガァァァンッ!!
爆発の偏向衝撃がポッドを襲った。
右翼の推進スラスターが吹き飛び、ポッドはきりもみ状態となって漆黒の夜空を落下していく。
「うああああああっ!!」
猛烈なGと旋回。意識が途切れそうになる中、煌はテンを抱きしめた。
遠くに見える地平線の先——連邦の国境を越え、独裁国家「帝国」の極寒の領土へとポッドは火を吹きながら墜落していく。
衝撃。激しい金属の悲鳴。
そして、煌の意識は暗黒の底へと落ちて行った。
*
「……おい。しっかりしろ、生きているか?」
冷たい手触り。頬を打つ激しい寒風。
煌は重い瞼をゆっくりと開けた。
視界に飛び込んできたのは、一面の白い雪と、黒く切り立った岩肌。そして、ひしゃげて黒煙を上げる脱出ポッドの残骸だった。
「くぅ……ん……」
胸元で、テンが薄っすらと瞳を開けていた。怪我はないようだ。テンの温もりに、煌は生きていることを実感した。
「ほう、あの激しい墜落でピンピンしているとは……強運な少年だな」
頭上から降ってきたのは、低く澄んだ女性の声だった。
視線を上げると、そこには漆黒の防寒耐圧服に身を包んだ数人の男女が立ち集まっていた。
腰には軍用の火器、背中には黒い翼を模した刺繍のエンブレム。
先頭に立つ凛々しい表情の女性戦士が、手袋を嵌めた手を煌へと差し出してきた。
その隣には、工具ベルトをいくつも巻き付けた強面の整備士の男が立っている。
「私はナターシャ。反帝国組織『黒い翼』の遊撃隊長だ。……少年、君の名は?」
雪の上に横たわったまま、煌は震える口唇を開いた。
「……とうどう……こう……」
「そうか。よく耐えたな、煌。ここは帝国の最前線地下領域だ。……祖父を救いたくば、我々と来い」
ナターシャの手を握り返した瞬間、煌の瞳に消えることのない逆襲の炎が灯った。
奪われた日常。囚われた祖父。
テンを連れ、少年の真の戦いが今、ここから始まる——!
(第一章【嵐の前触れ】 完)




