009
有栖川が教室にいるという事実に皆が胸を高鳴らせていた。
篠崎、一体なにものなんだ! とか、羨ましい! なんて男子の悲鳴も上がっている。
そんな中、第二の爆弾が落ちた。
「た、高井さん、龍ケ崎さん」
教室の扉から羽白が顔を覗かせている。
「げっ!」
俺は思わず声を上げた。
羽白? ……なんで? 彼女から俺たちのところへ来るなんて今までになかったし……余程のことがあったのだろうか。
突然の羽白の登場により、教室の熱気がさらに増す。
おい! あの噂、本当だったのかよ! なんて、声も聞こえてくる。
「ど、どしたの? 急に……」
「自信をだ、出してみました……」
いや、前にそんな話したけど……。
いいよ。とてもいい一歩だとは思う。しかし、羽白は自分の影響力を理解してなさすぎる。この混沌とした空気を感じとれないのか?
クラスメイトは俺や篠崎、どっちの動向も気になって仕方がないらしい……首を左右に振り回している。
星空は篠崎と有栖川をそっちのけでこちらをガン見している……。
「よければ、お話しませんか?」
よくないよ!?
「と、とりあえず、場所変えようか」
◇
俺たちは羽白を連れて中庭へ移動した。幸いにも俺たち以外の生徒はいないようだった。
中庭には自販機とベンチが設けられており、俺と榊はたまにそのベンチに座ってどうでもいい会話を繰り広げていた。まるで、セカンドライフを謳歌しているかのように、ただボーっとしているだけのこともあった。いや、ある意味、既にセカンドライフなのだが……。
「羽白さん、なんか話したいことがあるの?」
「えっと……そういうわけではないんですけど」
ベンチに腰掛けている羽白は下を向いてモジモジしている。
「……あの、前に公園でお話してから、それ以降は会ってないじゃないですか。それで……、ちょっと、またお話をしたいなって思って」
「雑談でもしようってこと?」
「そ、そうです! 雑談です!」
てっきり、深刻な悩みでも聞いてほしいのかと思っていたから、ちょっと安心した。
「……前のときもそうでしたが、僕、友達がいたことなくて。だから、学校でも誰かと雑談なんてしたことなくて。もちろん、話しかけてくれる人はいるんですが……。上手くできないんです」
「まぁ、黒木なら、半分は自分みたいなものだから、話しやすいよな」
榊は俺の方を見て微笑んだ。……わかってる。自信を出したってそういうことだろ。確かに、人目は気になるし……噂話の常連になるのは御免だが。だからといって、羽白の一歩を止めるなんてことはできない。
「はい……。見慣れた顔を見て話すのは、やっぱり、他の人と比べて気が楽です」
「よし! これからは遠慮せずに話しかけてきてくれ! こっちは大歓迎だ!」
「……あ、ありがとうございます!」
羽白の口角が少し上がった。
「それにしても、大丈夫だったのか? うちのクラスには湖月もいるのに」
「……そうですね。前のように直接、関わるようなことがなければ、まだなんとか……。それに、多少は我慢してでも、お話に行くべきだと思いましたので」
思い切りのよさは高井らしいな……。しかし、危うい部分でもあるのだけど。
「つか、連絡先交換してるんだから、事前に連絡くれれば」
「はっ! そ、そそうでしたね……ごめんなさい。けれど、行こうって決めたのは……直前でしたので」
ホントに思い切りがいいな!
「けれど、今日は戻ろうか。もうすぐ、授業だし」
「そ、そうですね」
羽白は俺の知っている原作の高井と比べて、前向きになっているように感じた。これまでの彼女の人生の中で何かそういうきっかけがあったのだろうかと、少し気になった。
相変わらずなところもあるけれど、羽白としての人生が少しでも良いものになってくれているのなら、素直に嬉しく思う。
しかし、こうも思う。
それはもう――高井ではなくなってきているのかもしれない、と。
◇
教室に戻ったとき、隣の席の女子に話しかけられた。
「やるじゃん、高井きゅん」
「……だれ?」
俺は思わず本音を吐露した。
「は? 同じクラスなのに!? 隣の席なのに!? わからないの!?」
高井の記憶では、湖月以外は眼中にないって感じだったし、うっすらと隣の席にギャルっぽいのがいるなというくらいの認識だった。
「いや、わからないっていうか、名前が」
「ヤバ……? 髪の毛と一緒に記憶も抜けちゃった?」
「……恐らく」
「恐らくじゃねぇよ」
この隣の席の、いわゆるギャルファッションを纏った彼女の名前は早瀬陽菜というらしい。
なんとなく原作にもこういう感じのモブキャラはいた気がするが。
「それで、なんすか?」
「見てたよ~。羽白さんと仲良いってホントだったんだねぇ」
早瀬はニヤニヤしながら、頬杖をついた。
「隣同士のよしみでさ! どういう関係なのか教えてよ」
「いや、ただの友達だよ」
「きっかけは?」
「それは言えない」
「えぇ……なんでよ」
いつまで、これが通用するかわからないけど、今はこれしか言えない……。
早瀬がしつこい感じだったら嫌だな……。
「超面倒くさそうにするじゃん」
「え?」
しまった……顔に出てたか。
「じゃぁさ、代わりに高井くんと龍ケ崎くんの関係を教えてよ。最近、よくつるんでるみたいだし」
「それは、アレだよ。たまたま、イメチェンした日が一緒だったから」
「それに、影響受けた自己啓発本も同じだったんだよな」
前の席の榊が振り返った。やはり、聞いてたか。
「なにそれ! 超読みたい! 名前教えてよ」
「それは、できないな」
「えぇ……なんで」
「次の日に丸坊主で来られても困るだろ?」
「するかよ! ていうか、話してみて改めて思ったけど、高井くんも龍ヶ崎くんもキャラ変わりすぎ!」
「俺は喋るとこんなもんだぞ」
「はい、嘘! 普段は、あ、とか、う……とか、もはや相槌にすらなってない感じだったし」
これには何も言い返せない。
「龍ヶ崎くんだって、久しぶりに学校来たと思ったら、なんか、真面目系のイケメンに様変わりしてるし。言っておくけど、クラスのみんな、気になってるんだから。二人のこと」
「高井、俺、イケメンだって」
「話聞けよ」
「まぁ、高井きゅんもさ? 髪を切ったお陰で、ちゃんと顔がわかるようになったけど、かなりのイケメンだよね」
「龍ヶ崎、俺、イケメンだって」
「お前もかよ」
ちょうど、チャイムが鳴ったので俺たちの会話もお開きとなった。
早瀬は不完全燃焼という感じで、不満そうにネイルを眺めていた。




